無題「俺、先生の事好きかもしれない」
秘境周回を終えた帰り道、顔を赤らめてどこかを眺めながら照れくさそうに公子がそう言った。あまりの驚きに思わず近くに流れていた川に足を踏み外した
「え…………」
「えっ大丈夫!?」
「大丈夫じゃない!!!!」
川に足を入れたまま公子を凝視してそう答えた。驚くのも声を荒らげてしまうのも無理はない、何故なら私は腐女子だからだ。共に冒険する仲間にイケメンが複数人いれば当然の様にBLを考えてしまう、いくらそれが現実にならなくても妄想はタダだし。そう思っていたのに、今彼はどう見ても友人としてではなくいかにも恋愛対象として好きだという顔をして私にそう言った
「やっぱり気持ち悪かった…?」
「そんなことない、少し驚いただけ。というかどうして私に相談するの?」
「告白しようか悩んでて」
「………。しても大丈夫だと思うよ。先生は告白されて断ったとしても、その後はいつも通り接してくれるような人だから」
「そうだよね、ちょっと考えてみる。ありがとう相棒」
もっともらしい助言をして告白を促した。自分に報告してくるぐらいだ、きっと告白してくれるに違いない。でも振られたらなんて声をかけてあげればいいのだろうか、そもそも振られたらこのカップリングに可能性を感じられなくなる、そんなの辛すぎる。自分が告白するわけでもないのにとても胃がキリキリしてきたのでお腹にパイモンを抱いてその日は寝た。
数日後、公子から夕食に誘われた。文面はとても明るかったが、伝えたいことがあるの一文に緊張が走った。先生に振られたからその話を聞かされるのだろうか、このメールは悲しさを見せないように頑張って明るく振る舞っているのだろうか。彼が振られた事を前提で考えながら待ち合わせの店へ向かう。足取りが重い…
「おい!蛍なんでそんな遅く歩くんだよ、お腹空いてないのか?」
「空いてるけど…空いてるけど行きたくない」
やっと店の前に着いたが中に入りたくなくて暫くゴネていると
「どうした、中に入らないのか?」
「あれ?ちょっと着くの遅れるって連絡したんだけど相棒も今着いたの?」
「えっ、あれ?」
向かい側の道から公子と鍾離先生が歩いてきた
「よお!鍾離、タルタリヤ!今日はいっぱい美味い飯奢ってくれよな〜!!」
「うんうん、気分が良いからいくらでも奢るよ。とりあえず中に入ろうか」
笑顔の2人、そして気分が良い公子…ということはもしかして告白が成功したのだろうか。個室まで案内される道中彼らの話の内容が全く入ってこなかった。友達から始めようみたいなもんでしょ、と思いながら席に座って早々公子は鍾離に腕を組んで見せてこう言った
「俺、鍾離先生と付き合うことになったんだ!」
「へ…」
緊張のしすぎだったのかその言葉を聞いて全身から力が抜け、座っていた椅子から落ちそうになった。本当はここまで頑なに付き合えなかった時の事しか想像しなかったのは期待しすぎて成功しなかった時、彼に自分が上手く対応できる自信がなかったしなにより落ち込みたくなかったからだ。まあそうだよね、と心を落ち着かせるつもりでいたのにまさか付き合うことになっていたとは
「おめでとう…!」
「よかったな!だけど、鍾離もタルタリヤの事が好きだったのか?なんか意外だぞ」
もうその話題を聞いてしまうのかパイモン
「ああ、実は先生恋愛とかしたこと無いみたいで、俺の事を恋愛対象として好きって訳じゃないけどそれなりに好意的に思ってるから願いを聞いてやりたいって」
「恋愛というものがよく分からなくてな、だが公子殿とは趣味も多少合うし一緒に居て楽しい。だから承諾した」
「そうなのか、財布になってもらってる見返りかと思ってたぞ」
「パイモン!」
「冗談だぞ〜…」
確かに一理あると思ったがタルタリヤが可哀想なので料理で膨れたパイモンの頬をつまんだ
胃痛が引いてきたので普通に料理を食べることができた。その後の彼らとの会話はいつもと変わらないものだったが"付き合っている"という要素が付くだけでいつもより箸が進んだ気がする
店から出ると日が暮れてあたりが暗くなり始めていた。
「じゃあ俺達はこっちだから」
「今日はありがとう、蛍、パイモン」
「こちらこそ、じゃあ…待って、先生の家こっちじゃなかったっけ」
前に鍾離とこの店に来たことはあるが、家の方向が同じだからと暫く一緒に歩いたはずだ。
「なんだお前らもう一緒の家で暮らしてるのか?夫婦みたいだな!」
「ちょ、パイモン!」
ズケズケ踏み込むんだなパイモン。でもなんだかんだ一番その時聞きにくいけど聞きたいことを聞いてくれて助かる
タルタリヤがまた照れくさそうに、そうなんだ〜と答えた。すごくかわいい
「バイバイ相棒〜!」
「じゃあな!」
「バイバイ〜…」
二人の影が遠くなった所でパイモンに掴みかかる
「ね、ねえ!!!お、推しカプ付き合ってる!!?!」
「うっ、うおお!?急になんだよ痛いぞ!」
「ごめん。でも絶対そうだよね、まだシてなさそうだけど絶対そうだよね!!!」
「おう、そうだといいな」
心なしかパイモンの返しが冷たかったのはその時気にも留めなかった
そのまた数日後、骨董品店で二人を見かけた。すぐに近づいて話しかけようとするパイモンを抱きかかえ、遠くから彼らの会話を盗み聞く
「同じような壺前に買ってあげたよね?」
「全く違う、これは素材がまず違って…」
「素材が違うから必要なの?要らないでしょ、ほら行くよ」
…
「おい、なんかギスギスしてないか」
「でも付き合ってるって感じしない?」
「そうか?あっおい見ろ」
パイモンに言われて再び二人に目を向けると鍾離先生が公子の耳元に顔を近づけていた
「〜〜…」
どうやら耳元で何かを告げた直後、公子の顔が一気に赤くなった
「なっ!?そ、そういうの外でやめてよ………分かった、買ってあげるから離れて」
「ふふ、ありがとう」
「次は通じないからねそれ」
そう言ってそそくさとポケットから公子は財布を出していた
…
「何あれ、絆されてんじゃん。」
「おう」
「なんて耳打ちしたのかな!!?」
「なんだろうな」
…
次の日、彼らのその後が気になった蛍はパーティーに一緒に編成して探索を手伝ってもらうことにした
「相棒昨日繁華街で俺達の事見かけたの?声かけてくれればよかったのに」
「声かけないほうがいいかなって雰囲気だったから」
「どういう雰囲気!?……まさかあの時見られてたのか」
「ん、いつだ?」
「先生なんて耳打ちしたの?」
「あっやめろ!だから外でああいうことするなって言ったのに」
「ああ、骨董品屋にいた時か。それなら身体
「先生!!!言わないでよね、これ契約だから」
「だ、そうだ。すまない蛍」
「つまらないな」
「ちょっと俺頭冷やしにそこのギミック解除してくるよ、余計なこと喋るなよ先生」
「分かった、気をつけて行って来い」
顔を真っ赤にした公子は珍しく声を荒らげて焦っている様子だった。よっぽど知られたくないことをされたのだろう、そう想像して私はニヤニヤしながら鍾離に話しかけた
「昨日の俺のことならもう話せないぞ」
「じゃあ公子の事は?」
「余計な事、なら言えないが…余計な事とは具体的にどんな事なのだろうか」
「夕食に何を食べたかとかだよ」
「なんだ、そんな事か」
「え、ええ」
「しーっパイモン…、それで昨晩の公子はどんな様子だった?」
「昨晩か、俺より寝るのが早かったぞ」
「そうじゃなくて、夜にエッチしたんでしょ公子と」
「何聞いてんだよ!」
「えっち…ああ性交か、したぞ」
「その時の公子はどうだったかってこと」
「答えなくていいぞぉ……」
「ふふ、愛らしかったぞ」
…
その日の夜
「はぁ……………」
「…」
「〇〇しないと出られない秘境作っちゃおうかな」
「そんなことに力を使うなよ、オイラはもう寝るぞ」
「ねえ、あの二人って子供作れそうじゃない?」
「………………」
「あれ、寝たのパイモン?おーい、パイモン」
そんな会話をしたのも忘れた半年後のこと、公子から伝えたいことがあると食事に誘われた。ファデュイ関連ではなさそうな明るい文面にまた二人の進展を聞けるのだろうかと胸を躍らせる。店に早めに着いてしまったがもう個室で二人が待っていた。公子はいつもの事なのだがその日は鍾離も少し照れくさそうな様子だった
「もしかして挙式でも挙げるの?」
「それもすぐしたいんだけどね、それよりもっと凄いことだよ…!
実は子供ができたんだ!」
「子供!?」
「お、おめでとう!よかったな!!」
「おめでとう〜!…公子、子供欲しいって言ってたもんね」
「そうなんだ、すごく嬉しい。ありがとう二人共」
「ありがとう。凡人として生きていこうと決めてはいたのだが、公子殿に俺の力を使ってでも授かることができるのならどうしても欲しいと言われてな」
「岩神の力ってすごいね…」
「それで今日から出産した後の暫くの間、俺達は探索とかに駆けつけられないって伝えたかったんだ。何があるか分からないし、できるだけ一緒にいたいって先生と話して…だからごめん、でも何か困ったことがあったら相談しろよ」
「できることなら協力するぞ。もし暇があったら様子を見に来てくれると嬉しい。」
「おう!見に行くぞ!赤ちゃん楽しみだなぁ」
「パイモンも赤ちゃんみたいなものだけどね」
「うるさいぞー!!」
…
数カ月後、稲妻の任務でとある商人と契約の話になった。エンヒを呼んでもなかなか解決しなかったので先生を呼ぼうと連絡をしてみた。
その時自分はとんでもない勘違いをしていたのにまだ気づいていなかったのだ
「…ってことなんだ。公子の調子が良さそうならちょっとこっちに来てほしいんだけど」
「ちょっと待て!やっぱりオイラたちだけで解決した方が…」
何か不安な様子でパイモンは考え直すよう促した
「なるほど、公子殿は外出中だ。俺の体の調子も悪くない、置き手紙をしてそちらに向かおう。待っていてくれ」
「ありがとう!」
「いいのか……?」
だがその連絡から1時間ほど経ってもなぜか鍾離は現れなかった。ワープポイントを使えばすぐだと思ったが、途中で何かあったのか心配になって近くのワープポイントへ向かうと
真っ青な顔をした公子が慌てた様子でそこにいた
「はぁ…あ、相棒…?先生は?まだこっちに来てないの?」
「うん、迷ってるのかな。それより公子は大丈夫?今何ヶ月目だっけ」
「俺のことなんてどうでもいいよ!そろそろ4ヶ月目になる、早く見つけてあげないと…ああ、どうしよう」
「あ、あれ…?」
「あああやっぱり思ってた通りだ…急いで鍾離のこと探すぞ!」
三人は急いでリーユエ港街にワープすると、鍾離と公子の家までの経路を隅から隅まで探した。
ふと小さな女の子が誰かを心配する声が聞こえてきた
「お兄さん大丈夫?具合悪いの」
「だ、大丈夫だ…少し休めば」
そこには道の端にうずくまる鍾離の姿があった
「先生!」
「鍾離ー!大丈夫か!?タルタリヤ、鍾離がいたぞ!!」
「あぁ…先生…!具合悪いのか、無理するなって言っただろう!先生の身体は凡人じゃなくてもまだ安定期じゃないんだから、何が起こるか分からないんだよ!」
「す、すまない…はぁ…はぁ。今日は調子が良かったものだから」
公子は苦しそうにしている鍾離を立ち上がらせてから優しく抱きかかえた。
「怒ってないよ、強く言ってごめん。
でも、先生の身体はもう自分一人のものじゃないんだ。お腹の赤ちゃんも心配だけど、妊娠中は母体にも影響がある事を忘れないでくれ。ほら帰ろう」
公子のその言葉で自分が勘違いしていた事を完全に理解した。そう、妊娠していたのは鍾離だったのだ。
「ごめん先生、公子!私なんてこと…」
「気にしないでくれ、相棒だって無理に来いなんて頼んでないだろ?」
「えっと…それもそうなんだけど」
「先生の体調が心配だからそろそろ失礼するね。また今度話そう、家に来てくれるなら助かるよ」
「あっ…うん、お大事にね。今度会いにいくよ」
「お大事にな〜鍾離!!」
そう言って鍾離を抱えながら小走りで公子は家に帰っていった。とても申し訳ない気持ちになり落ち込んでいるとパイモンが慰めてくれた。確かに抱えられている鍾離は少しお腹が膨らんでいたと思う
数日後、鍾離と公子の家に手土産を持って訪ねた
「本当にあの時はごめん!私…」
「だから、そんなに気にするなって。先生が行けるって言っちゃったのも俺は悪いと思うよ、もう少し自分の身体を大切にしてほしいね」
「大丈夫だぞ蛍。俺も中々実感が沸かなくてな、すまない」
「違うそうじゃなくて…」
「オイラもすぐに訂正してやればよかったな」
「どういうことだ?」
パイモンが頭を抱えると公子は言葉の意味を理解したのか顔を曇らせた
「………。あー、分かったかも。君たち反対だって思ってたんだろ、妊娠してる方が」
「…うん」
「どうりで俺の体調ばっか聞いてくると思った。恥ずかしいなぁ、俺そんなに彼氏っぽくなかった?」
「オマエは鍾離の前だとへなちょこだもんな〜」
「そうそう、だから間違えた。それに先生に前聞いたとき公子の事"愛らしい"って言ってたから」
「は!?そんなこと言ってたの、やめてくれよ」
「ははっ、本当の事を言ったまでだ」
「じゃあ壺を見てたあの時は先生なんて耳打ちしたか覚えてる?」
「今夜身体で支払ってもいいか?と聞いた」
「あああああ!!なんで言うんだよ!」
「へぇ、身体で支払って貰ったんだ」
「チョロいな〜タルタリヤ」
「勘弁してくれよ〜…」
数カ月後、先生は無事元気な赤ちゃんを産んだ。