目の前に広がる海が太陽の光を反射している。眩しい、そう思いながら目を細めた。
いくら湿気が無いとはいえ、直接日を浴びると肌がチリチリと焼けている感覚がした。日焼けなど今更気にしないが急に焼くとヒリヒリとするのが少し、苦手だ。それも修行の内だと考えているにしても少し触れるだけで痛み、かゆみが肌を走り回っているのだから本当に困る。
「…それにしても、海に呼び出すとは。なんだ?」
リュウがこの海に来たのは遊びに来た訳でも観光に来た訳でもまたまた通った訳でもない。ケンに指定されてこの海にやって来たのだ。
周りは人だらけ、リュウ以外は皆水着姿で、一人道着のまま立ち尽くした男がいては浮いてしまっている事だろう。
(フム…だがここに来い、以外何も書かれていなかった…。それとも見つけてみせろ、と?)
何方にせよケンと会わなければ始まらない。
くしゃりと懐に手紙を突っ込むと同時にトン、と肩を叩かれる。まさかまた不審者として声を掛けられてしまったか、と振り向くとサングラスに何やら色んな道具を抱えている同じ体格くらいの金髪男がそこには立っていた。
「よぉ、思ってたより早く来てたんだな!電話持ってねぇから探すのに苦労するかと思ったが」
「すまない、ああいうのは…俺には向いてないと思う。」
「…向いてるかどうかはさておき毎度お前の行方を色んな奴に聞かれる身にもなって欲しいもんだぜ。」
「それは…すまない。」
「ま、それよか早く行くぞ。海も良いけどお前の事だから体を鍛える方が気分はいいだろ?」
「!」
体を鍛える。その一言でふと思い出した。そういえば前に来客用のジムを作ったと。それとは別に昔の、道場のような場所もあるとも聞いた。
「それは楽しみだな…。」
ケンの楽しげな表情を見つめながら何度か頷くと、髪をかきあげてからあっと口を開けてすぐに悩ましそうな顔をして口を曲がらせた。首を傾げてなんだ、と口を開けばケンがうぅんと唸って顔を近付けてくる。無意識に体を引くとそれを見透かしていたかのように背中を手で押さえられる。
「なんだよ、今更だろ。…それともキスされるかと思ったか?」
「…。」
「黙るなよ、ん?本当にしてやろうか、俺はいいぜ。」
「馬鹿を言うな。まったく…」
これでは悪戯好きの子供の様だ。ケンの頭を掴み顔を伏せさせて体を離した。相変わらず、というか何というか。安心したも少しおかしいのはリュウも分かっているが、とにかく言葉で言い表すのは大変だった。
「冗談も伝わらねぇときたか。」
「冗談?お前がそういう冗談を言うのは周りの目があるからだろう。」
「俺はいいんだぜ、ここで今、舌突っ込んでおっぱじめても………っておい、あ、リュウッ、話は最後まで、なぁ!そっちじゃねぇって!」
最後まで聞くのが馬鹿らしい。そう思いながら背を向けた。ケンを煽った所で挑発程度で収まるとは思えない。背後から聞こえる声を無視して砂場をサクサクと歩いて行く。人の間を通り抜けながら、全身に当たる風に揺れる鉢巻を手で掴んだ。
鉢巻に目線を落としてから、バタバタと走ってくる音に振り返るとケンがその勢いのままぶつかってきて思わず声が漏れたが、体そのものは微動だにしなかった。
「嘘じゃねぇけど、冗談だよ。ここでやる訳ねーだろ。」
「分かっている。」
「へぇ…そうかよ。それで?さっき言ったことは本当にしていいわけか?」
「好きにすればいい。」
「俺がなんか…無理矢理言わせてるみたいだな…。」
体温がじんわりとお互いの熱を共有し始めるほどに密着している。別に無理矢理引き寄せられている訳でも掴まれている訳でもない。
ただケンの体を受け入れているのは自分自身だから。
久しぶりにあったから距離感が掴めない、何処かのテレビで聞いたような言葉を思い出す。距離感が掴めない。そんなのは誰に対しても同じだ。拳を交わしただけでは、到底分かり合えない。それでもこうして時折、ケンの気まぐれで来いよと言われる事に関しては闘う時とは違う喜ばしいものがある。
懐かしい、とはまた違う。
なんだろうか。
言葉に詰まって考え込んでいるとケンがパシリと急かす様に腰を叩いてきた。
「ま、いいよ。お前にはっきりおねだりしてくれなんて言わないからさ。」
大袈裟に肩をすくめながらスタスタと歩き出す。この砂場には向かない格好だな…と思いながらも後を追いかけるように小走りで近寄った。
ケンのほんの少しの隙を突くかのように、頬触れるだけのキスをして。
「は」
「…すまないな、やはり俺にはケンの様に出来ない。」
そう、一言謝ったがケンは微動だにしなかった。もしかしてまずかったのかと頬を拭おうとしたが腕を掴まれて大きな深い溜息をつき始める。かと思うとぶつくさと独り言を繰り返しながら顔を伏せた。
「はーっ………そういうのはさ…こう…いや、いい、お前に何言ったってどうしようもねぇよなァ…。」
「ケン?」
ほとんど聴き取れず困惑していると、ケンの前髪の間から覗く鋭い瞳がこちらを捉えていた。
「後でちゃんとお返し、してやるからな。」