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    がたはし

    ツイッタで流した妄想小説をまとめています。文庫ページメーカーで作ったss置き場です。元気に妄想しているオジサンを見て元気を出してください😄😄‼️‼️‼️

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    POIPOI 5

    がたはし

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    チリポピちゃんです。捏造しかありません。えっちなお話になる予定ですが、まだまだえっちではありません。雰囲気だけで楽しんでいただけたらと思います。(えっちでは、チリちゃんが攻めをさせられてしまう展開になります。私が攻めをやらされてしまう受けが好きなため…複雑ですみません)

    途中まで:チリポピちゃん小説1.

     六月のパルデアは湿度の高い暑さが続く。今日もその例に漏れず、チリはテーブルシティの自宅である集合住宅から、街の西側にあるポケモンリーグ本部に行くまでの間、じりじりと熱い朝の日差しに耐えかねてアイスコーヒーを一杯買わなければならないほどだった。始業の三十分前にリーグ本部に着いて、エレベータで自身のデスクがあるフロアに行く。リーグ本部のオフィスエリアは建築への深い造詣を持つリーグ委員長オモダカの趣向もあって”職員のモチベーションを向上させる”ことを目的とした開放的かつクリエイティブなオープンオフィスになっている。別地方に目を向けても、ここまで素晴らしいリーグ本部はそうそうないだろうとチリは思う。そんな”人々の集い”や”自然との融和”を見事に表現したオフィスを尻目に、チリは理事長室と同じフロアに位置する、極めて事務的なオフィスを自身の定位置としていた。

     ジョウトで生まれ育ったせいか、元来の性格か。チリは明るく開かれた空間で働くよりも事務室然としたオフィスの方が落ち着いて仕事ができた。自身がノートPCを叩く横を足早に通り抜ける職員がいること、和やかな打ち合わせに興じるグループが近くのフロアにいることは、チリの集中力を削ぐのに十分な材料だった。
     元々、パルデアリーグは別地域と比較して開放的な雰囲気だったものの、四天王が挑戦者と戦うために利用するバトルコートにも見られるように、オフィスそのものは質実剛健な造りだった。少なくとも、チリがリーグに招聘された時の最初のオフィスはそうだった。どのフロアも似たり寄ったりのつくりで、ジョウトの一般的な企業のようにすべてがオフィスらしいオフィスだった。休憩や交流のためのスペースだけは切り取られた別空間のように明るかったが、そのくらいの棲み分けはチリにとっても好ましかった。

     そんなオフィスを、オモダカは自身の理想の赴くままに(そして予算を適切に獲得し、使い切ることで)改修してしまったのだ。だからパルデアリーグに来て半年も経った頃の記憶は、ほとんど工事現場で働いているような様相だった。一時期はリーグ本部のオフィス機能がテーブルシティ都市部のオフィスに仮設されたこともあったが、やはりリーグテストのための設備はリーグ本部の方が整っている。そしてオモダカもまた、理想を追いつつも現実的な落とし所を把握することができる人物だったことも幸いして、面接室やバトルコート、理事長室が位置するフロアだけは当時のままを維持していた。そのおかげでオフィス部分は総入れ替えのような有様になったものの、最低限のポケモンリーグとしての機能だけは別地域を踏襲する形として残ることができた。

     チリのワークスペースは工事前後でまったく変わらない。改修工事の轟音と振動の中でも、チリは理事長室の隣に位置するフロアで働き続けた。天変地異のようなオフィス改修であっても、四天王としての役職を全うするためにはリーグで働いた方が都合が良かったし、それは他の四天王であっても、天変地異の震源地であるオモダカとして同じことだった。そしてそれと同じ理由で、リーグの中でも大穴の監視やパルデア内ジムとの連携、別地方との折衝役や渉外担当者たち、リーグ運営のための職員たちも同じオフィスで働き続けたし、結局のところ、今でもほとんど同じメンバーが同じオフィスで働き続けていた。
     そういった経緯もあって、このフロアがチリにとって最も適したワークスペースだった。始業の三十分前に職場に着いても、既にイヤホンを耳に詰めたままノートPCを叩く職員がいるし、別地域との時差に合わせた打ち合わせに臨む職員もいる。朝の挨拶だって軽いもので、自身とそれ以外には干渉しない。職場というのはそのくらいの場所で良いと思っている人間だけがこのフロアにいるのだと思うと、チリは心が落ち着いた。そして、あえてそういった場所を残したオモダカに対しても、チリは良い感情を持っていた。オモダカは人間の性質というものを良く理解している。明るさを好む人間もいれば、最低限の明るさで十分という人間もいる。オモダカの建築はアカデミーにも反映されるように開放的で知性と明るさが共存する空間だが、そうでない部分が必ず残されている。オモダカは多少強引だが、それだけでは動くものも動かないことを良く分かっている。そんな彼女の思慮分別に触れることができるようで、チリは今のリーグ本部も少なからず好んではいるのだ。

     チリは自身のデスクに着くと、置きっぱなしのノートPCを手早く立ち上げた。本来はこのフロアも誰がどのデスクを使っても構わないオープンスペースとして銘打たれてはいるものの、誰がどのデスクにいて、どの部署の人間がフロアのどのあたりにいるかは暗黙の了解として定められている。特にチリは在宅での仕事もほとんどしないし、出張以外でPCを持ち出すこともない。本来であれば私物は個人ロッカーへの収納が義務付けられているが、律儀に守っている人間はパルデアという地域性も相まって少ない印象だ。オフィスの刷新を図ったオモダカも、オフィスがどのように使われているのかに関しては、あまり興味を持っていない様子だった。それでも「せめてチリには個室を作れば良かったでしょうか」と小言めいて言われたことはあった。「面接室がありますやん」と返すまでだったけれど。
    「ほな、今日もやろか」、PCの起動画面を眺めつつ、チリはイヤホンを耳にした。「ロトム、今日の予定よろしゅう」
    「ロト〜、予定を読み上げるロト!」
     チリのロトムは彼女の声に反応して、今日のスケジュールの読み上げを始めた。自身のロトムとの会話は声に出すが、ロトムが読み上げる業務内容は自分だけが聞けば良いことだ。ロトムが軽快に口にするスケジュールを反芻しながら、チリは必要な準備や資料を確認した。アカデミーの宝探し期間は学期末までだから、六月半ばに位置する今はリーグに学生が集中する期間となっている。
     リーグ挑戦に挑む学生は多いが、その大半はジムへの挑戦で自身の実力に気付いて探すべき宝物を考え直したり、そのシーズンの宝探し期間は鍛錬に明け暮れたりする。そんな課外授業期間で、通常授業のためにテーブルシティに戻った学生が現状の力試しだったり、あるいはただの度胸試しのようにパルデアリーグに面接依頼を出してくるのだ。今日も例年通りにそんな学生で午前も午後も面接の予定は埋まっている。

     チリの業務都合に合わせてスケジュールが組まれてはいるものの、繁忙期は隔日とはいえ午前は九時から十一時まで、午後は十四時から十六時までが面接時間だ。面接時間は二十分を予定枠として、休憩時間は十分。なので、一日最大八名と面接しなくてはならない。そして二週間に一度、一次試験合格者を集めたチャンピオンテストが行われる。一次試験の通過者は二週間あっても一人か二人いれば良い方で、五人も出た時にはリーグ内が盛り上がるほどだ。例外的に一次試験と二次試験を同時に行う例もあるが、四天王とトップチャンピオンのスケジュールを急に抑えるのはもちろん不可能に近い。そもそも、一次試験を一回のチャレンジで突破できたのは二人きりしかいないのだ。よほどの期待株でジムチャレンジ時からジムリーダーと四天王の注目を集めていなければ、一次試験日に合わせたスケジュール調整は発生しないし、実際にそんなスケジュールが組まれたことも二回限りしかない。
     六月が始まったばかりとはいえ、六月の末までのスケジュールはびっしりと埋まっている。夏のホリデーシーズンを目前に控えているとはいえ、この時期はチリとしてもくたびれる時期だ。チリに面接官としての負担が集中する事態にオモダカ含めたリーグ職員が対応を考えてくれたことはもちろんある。しかし面接官を増やしたところで、リーグとしては迂闊に挑戦者を通されても困るし、逆に通したことでその職員に注意が飛ぶのもよろしくない。対応職員が多ければ、職員の割り当てや教育まで考える必要がある。

     現在のパルデアリーグにとっての直近課題はポケモンバトルへの熟練度が高い職員の育成と、ポケモンバトルの広域な啓蒙活動、そして教育の支援だ。パルデアのような過去の厄災でポケモンへの脅威度が高い地域では、まずはポケモンに対抗可能なトレーナーをいかに増やせるかが重要な課題なのだ。それに、大穴という特大の厄ネタを抱えるパルデアには別地域からの厄介事も舞い込みがちだ。だからといって、リーグとしてはトレーナーの質もバトルの質も落としたくないとなると……委員長でなくとも、頭の痛い問題であることは分かる。
     様々な事情を鑑みて、チリは現状維持を続けることにした。ロトムが読み上げるスケジュールを聞きながら、そんな過去のことをふと思い出した。一応、業務時間の大幅な超過の有無や手持ちの育成のための時間は管理されている。チリとしても面接は不快な仕事ではない。至らない点の多いトレーナーもいるとはいえ、チャンピオンクラスという輝きを目指す原石たちだ。アカデミーを出た後の進路のためという現実的な側面はもちろんあるが、それらを見定める第一線に立ち続けるというのは自分の背筋も自然と伸びる。それを思うと、チリにとっても面接と初戦を担当することは重要な仕事なのだ。
    「今日は十八時に配達が来るロト。一昨日頼んだ空気清浄機ロトね」
    「ああ、そうやったね」とチリは言い、眼鏡の位置を直した。「今日は定時上がり目指さんと」
    「ロト。それに今日はビッグな予定も入ってるロト!」とロトムはくるくると回りながら言った。オフィスに入る日差しが、ちょっと傷っぽいスマホロトムの表面をそっと撫でるように見えた。「今日はポピーちゃんと食事ロト! 自宅でポピーちゃんと食事、準備はチリちゃん。十九時にポピーちゃんが家に来るロト!」
     ロトムは一際気分が良さそうに宙を跳ねると、チリのPCを勝手に操作して十八時からの予定をでかでかと画面に表示した。スケジュール上は「快復祝い」というタイトルと、「ポピーと夕食」しか書いていない予定なのに、ロトムは随分とウキウキしながら喋り始めた。

    「いや〜楽しみロトね〜、ポピーちゃんとの約束は二ヶ月前から入ってるロト! ポピーちゃんとは昨日も会ったロトけど、ディナーなんて初めてロトね! 快復祝いサマサマ! ポピーちゃんがチリちゃんの家に来るのも初めてロト! お仕事が終わったら、まずは空気清浄機を受け取ってマーケットに行くロト! オススメのお店はこっちでピックアップするロト、お花は絶対ここロトよ! チリちゃん、今日のお仕事はキバるロトよ!」
    「……」
     チリは画面に映る予定と次々にポップアップするウィンドウをぼんやりと眺めた。今日の予定。二ヶ月前に入れた予定。たったそれだけの予定を見ながら。
    「チリちゃん? 画面見えてるロト? ケガは治ったってお医者さんも言ってたロト! ロトムネットワーク評価でも星4.8の優良病院のスーパードクターが言ってたロトよ? ロトムは知ってるロト。それとも聞こえなかったロト? じゃあ音量調節するロト」
    「ちょ、やめ」とチリは言うと、PC付近をウロウロと飛ぶロトムを片手で掴んだ。「アホ、うるさいねん。自分の予定くらい把握しとるわ。あと勝手にいらん予定立てんでええねん。花はいらんし、マーケットなら家の近くにあるし、それで十分やん」
    「だって二ヶ月前から入ってる予定ロト。チリちゃんの予定で、プライベートだと初めてロト。ロトム、感無量ロトよ。パルデアでチリちゃんに会ってからスケジュールの管理をしてきて、こんなこと初めてロト!」
     ロトムが楽しげにわあわあと言うのを聞いて、チリは軽く頭をかいた。このロトムとの付き合いは、ロトムが言う通りチリがパルデアに渡った時から続いている。最初の頃は街中で見かけるスマホロトムらしく、ちょっと元気なところはあったがこんなに喋る方ではなかったように思う。いつの間にこんなにズケズケとした物言いをするロトムになったのだろうか。日頃会話する分にはチリとしてもむしろ気が合うくらいだが、いつからこんなに強気な性格になったのか、チリには見当もつかなかった。
    「初めてちゃうやろ。チリちゃんかてプライベートで人と会ってるやん」
    「ノー、ノー」とロトムは言った。ちっちっ、と振る指はなく、にやにやしながらスマホごとゆっくりと頭を振ってみせた。「ロトムが把握するのは初めてロト。だってチリちゃん、いつもロトムの監視防止が入ったアプリばっかりでロトムは予定、」
    「アホ!」
     チリは掴んだロトムを壁に向かって勢い良く投げた。強く投げたが、ロトムが壁にぶつかるという愚かな真似をしないと分かった上での行いだった。
    「見えなっ、ロトッ、危ないロト!」
     ロトムは壁にぶつかる前に、危なげなく中空で止まってみせた。チリはそれを見越して、すでに投げたロトムに向かってずんずん歩み寄っていた。そしてロトムを掴み上げると、自分の目の前にロトムの顔を引き寄せた。

    「お喋りなやっちゃな!」とチリは控えた声でロトムに言った。「いらんこと言わんでええねん。ここ職場やで? 分かる?」
    「ロト〜、だって本当ロト」
    「この、」
    「チリさん。一人漫才ですか」
     ロトムのニマニマ顔に何を言おうか、そんな時に聞こえた声にチリは考えを改めた。ここは職場だ。同僚だって来る。ロトムの画面はいつの間にか暗く落ちていて、うんともすんとも言わない。うまく逃げおおせたロトムに心中で悪態をついて、チリは声が聞こえた方に顔を向けた。
    「アオキさん、おはようございます」とチリは言った。ひとまずは冷静に。「あと、一人漫才ちゃいますよ。相方はすっとぼけてますけど」
    「そうですか」
     アオキは大して気にする様子もなくデスクにつき、ノートPCを立ち上げた。
    「珍しい。今日はずっとリーグですか?」とチリは尋ねた。
    「いえ。これから資料を印刷してボウルに行きます。お客さんとの打ち合わせと、STCの視察です」
     それを聞いたチリは肩をすくめて、それから自身のデスクに戻った。そして乱雑にならないように注意して椅子に座った。
    「ほんま、今日もお互いえらい忙しいわ」
    「ええ。チリさんも今日は面接詰めでしょうから、昼は一緒にどうですか。店はこっちで選びますよ」
     アオキはPCから目を逸らさないままチリに投げかけた。ぱちぱちと響くタイピング音は会話中とは思えないような軽快さがあった。

    「店ってどうせ宝食堂やないですか」
     チリは呆れまじりに返した。
    「はい」
    「奢ってくださいね」
     アオキはカントーの出身だ。宝食堂はパルデアでは珍しくカントー、ジョウト風の食事が食べられるのは、これら地方の出身者の間では有名すぎる話だった。カントーとジョウトはシロガネ山を挟んでいるとはいえ、距離も別の地方ほど遠くはない。なのでチリにとっても宝食堂は故郷の味だ。それに味も良いときたら、宝食堂に文句はない。問題は店を選ぶと言いながら、アオキが選ぶのは九割方宝食堂というところだが、アオキにそれを指摘するのは無粋な話のように思えた。
    「はい、大丈夫です」
    「いや冗談。ツッコんでくださいよ」
     チリは思わずツッコんだ。アオキは冗談を冗談として受け止めないことがあるので、念のためとはいえそうせざるを得なかったとも言える。
    「すみません、自分カントーでして」
     アオキは少しだけ首をすくめて返した。どうやらアオキなりのボケらしい。なんとなく雰囲気を察して、チリは大きくため息をついた。
    「いつまでやんねんそれ」
    「結構気に入っています。キレが戻ってきましたね。良かったです」
     アオキは無感情な様子だったが、その言い方には幾分かの親しみがあるように感じられた。
    「自分、お笑いに厳しいやん」
     どこか漂う安堵のような雰囲気をチリはあえて無視した。どうにも苦手な雰囲気だ。こういった形の気遣いをこの歳になってまで受けるなんて。そんなことを思っても、悪いのは自分だということもチリには分かっていた。ほとんど無意識にチリは右目の上の方、眉の端に薄く残った傷跡を軽く掻いた。チリの失敗だ。だから、そんなに気を遣われるほどのことじゃない。
    「新喜劇、好きですから」とアオキは言った。アオキは空気を読むことに長けた人間だった。
    「そうですか。じゃ、自分は面接行きますんで」
    「はい。自分もボウルに行きます。十二時半に宝食堂でお願いします」
    「了解です」
     アオキと目も合わせないまま、チリは軽く持ち物を整理して席を立った。アオキもまた目を合わせようという気持ちはまったくない見られなかった。そういったアオキの仕草が何の引っかかりを生まないくらいには、彼との仕事も長くなったとチリは思う。アオキが四天王として勤め始めたのはもう十年近くも前のことで、ネモがチャンピオンになったのは七年も前のことだ。チリも三十歳が目前に控えている。ポピーだって十四歳になった。七歳の頃から知っている少女が大人に足を踏み入れつつある。彼女の人生の半分を自分が共にしているのだと思うと、チリは自分が随分と歳をとったような気持ちになった。


    2.


     ポピーは今年で十四歳になった。髪は伸びて腰ほどの長さとなり、柔らかな頬のまろみは次第にシャープな印象になり、顔立ちは幼い子供から少女へと花開くようだった。成長したポピーはそれに合わせるように服装も変わっていったけれど、四天王としてフォーマルさを失わない服を、ポピーは実家の母親、そしてオモダカと選んでいるのだと聞く。淡い灰色を基調とする方針だけは変わらず、上品なラインのワンピースと色を合わせたショートジャケットが今のポピーのアイコンになっていた。四天王として、そして四天王の役職を担うリーグ職員として働く時のポピーは、概ねこのような格好をするのになった。
     ただ、優秀なポケモントレーナーの仕事はそれだけではない。ほとんどの地域のジムトレーナーなどを含めた上位のリーグ職員は、ポケモンの調査研究を行う研究者の調査への随行を任せられることが多い。そういった調査では数日から数週間に渡って調査について行き、調査の間は研究者を補助したり、時にポケモンの生態に対して助言を求められる。さらに、ジムリーダーや四天王には役職に見合った成果が要求されることもしばしばある。ガラルのようなジムチャレンジが活発な地域では、ジムリーダーの試合成績によってはジムチャレンジ対象となるメジャークラスから、チャレンジ対象外のマイナークラスに落とされるような過酷な競争を勝ち抜く必要がある。ここパルデアでは、試合結果による成果方式は採用されていない。これは学術分野に明るいオモダカがリーグ理事長だからではなく、代々パルデアでは優れたトレーナーはバトルも学識も十全であることが重んじられていることが根底にある。

     そんな経緯で、パルデアリーグの上位職員には年に一度の学術論文相当の調査成果の提出が求められている。あくまで義務ではないとされてはいるものの、パルデアリーグの一癖も二癖もある者たちが毎年でなくともポツポツと成果を提出しているところを見ると、彼らは地位や名声だけでなく、ポケモンを愛するひとりのトレーナーなのだと実感できた。
    調査成果は、そのほとんどが研究者の調査随伴の際に得られた成果が研究者との連名で出されることが多い。これはチリも例に漏れないところだったし、ポピーもまた四天王に就任してからはそうやって成果を提出してきた。調査に赴くときのポピーの服装も、歳を重ねるごとに洗練されていっているようにチリは思う。最近はガラルとパルデアの間で行ったり来たりを続けるポピーは、出張前にはクラシカルなパンツスタイルを見せてくれることも多い。淡い灰色を基調としたツイードのジャケットに、きなり色のシャツ。襟を飾るように巻かれる華やかなスカーフやタイ、あるいはブローチは、ポピーの未だ幼さが残る印象を大人びたものへと近づける助けとなっているように見えた。
    「ポピーはオシャレさんやなぁ」
     そんな少女を前にして、チリは何度も褒めたことがあった。すべてが本心だった。
    「ふふ。チリちゃんったらお上手なんですから」
     いつの頃からか、ポピーはチリの言葉を冗談のように返すことが上手になった。そんな言葉のやり取りもチリにとっては心地よいものだったけれど。

    「本日はどのようにしてお越しくださったんですか」
     チリは淡々と面接のための決まりごとを口にした。面接室にはチリと、チリの目の前で緊張した面持ちで座る学生が一人。回答を聞きながら、チリは面接室のデスクトップPCに目を向けた。この学生はどうやら八つのジムバッチを集めてきたらしい。今日一番の面接の相手として不足ない。
     歩いてきたのだと答える声を聞いて、チリは次の質問を重ねた。面接の内容はほとんど固定化されているから学生間でもネット上でも広まっている。回答も、一時期はみな口を揃えて同じようなことを言うこともあった。質問内容が分かっていたとしても、あるいは正解とされる回答を口にしたとしても、それが面接者本人の回答でなければ意味がないというのに。もし内容と正解が分かりきっていて、その通りにすれば合格できるような試験であるなら、四天王がわざわざ面接を行う必要はない。
     ただあるがままに質問に応じ、それが本人に見合っていれば良いだけだ。それを見定めるためにチリは膨大な数の面接をこなして、わずかな合格者を選ぶ。今日も疲れる仕事になる。その予感だけで、チリの思考が面接以外のことに逸れていくには十分だった。

     目の前の学生は、そして今日面接を行う相手の多くはアカデミーの学生だった。ポピーと同じくらいの歳の子供が自然と多くなる。ともすれば、ポピーを考えてしまうこともまた、自然なことだった。
     ポピーと仕事を共にするタイミングが多いチリにとって、彼女は頼もしく、気の合う同僚だった。今でこそポピーの身長も伸びたけれど、出会った頃から少し経つまでのポピーは小さかった。そんな身長に対してポピーははがねタイプのエキスパートだったから、ポケモンたちは一様に屈強で、体の大きい個体が多いのだ。チリの専門はじめんだけれど、じめんタイプとはがねタイプは相性的に有利不利の関係にあるから、はがねタイプには専門家には劣るもののチリには少しばかりの知見があった。このことはポピーとの関係性を深くするために重要なファクターのひとつだったとチリは思う。
     ポケモントレーナーは基本的に自身の得意とするタイプへの知識は深いものの、他タイプは相性を覚えておくだけに留める者も多い。最も、ポケモンリーグにまで登り詰めるトレーナーともなれば一概にそうとは言えないけれど。それでも様々なタイプを研究して戦いに備えることを考えるトレーナーは少ない。理由はごく単純で、自分の手持ちのことを考えるだけで手一杯だからだ。ポケモンと共に戦うポケモンバトルはどの地方でも花形だ。花形なのだから、ほとんどの人はポケモンと共に生活することと同じくらいバトルにも親しんでいる。それほどの競技人口を抱えていてもなお、各地域でスポンサーがついたり、リーグ職員になったり、名のあるバトル施設に所属するトレーナーになることは狭き門だ。まず、手持ちを二体以上満足に育成し、信頼関係を築くことが難しい。

     ポケモンにもそれぞれ個性があり、考えだってある。食事の種類や量だって異なるし、好みもある。仲が良くなったポケモンだからといって、バトルでも相棒としてやっていけるとは限らない。技と技のぶつかり合いはトレーナーだって恐怖を感じることが多いのだから、実際に戦うポケモンたちにとっても負荷は大きいし、ポケモン自身が精神的に追い込まれてしまうこともある。そうしていく内に、多くのトレーナーは自分のポケモンへのケアで手一杯になって、他に手が回らなくなる。ポケモンと仲良くなることはひとつの才能だ。だがそれ以上に、自分と志を共にするポケモンたちと関係性を構築できることは並外れた才能なのだ。
     そんな並外れた才能を競い合わせるのがポケモンリーグなのだから、リーグの上位に位置するチリの実力には確かだった。特にチリは自身の専門以外の調査への随行や、レポートのチェックにも抵抗がない。それを当たり前にできるからこそ、チリはパルデアリーグで四天王、その一番手を任せられている。
    「チャンピオンになって、どうなさるおつもりですか」
     チャンピオンになりたいのだと、そう言った学生にチリは尋ねた。チャンピオンになる。そうやって素直に口にするトレーナーは増えてきた。これは正解だから、という場合もあるけれど、多くの場合は本心だとチリは思う。特にパルデアリーグはチャンピオンをクラス制にしたことによって、優れたトレーナーを目指す道筋が明確になっていることも大きな効果を生んだと思うし、何よりネモとアオイの働きが大きいのだと思っている。チャンピオンクラスのトレーナーが受ける恩恵は、ここパルデアにおいて豊かだ。そしてそれに勝るほど、そこまで登り詰めた時のバトルは楽しいのだ。その楽しさを輝きのごとく振りまいた二人がいてこその今のパルデアがあるのだろう。
     ただ、チャンピオンクラスになったからといってジムリーダーになれるほど、そして四天王になれるほどパルデアリーグの層が薄いかといわれると、それには否と答えざるを得ない。リーグ四天王を務めるためには、別地域と同様に苦難の道が待っている。

     リーグの四天王は、その順序にさえ意味がある。四天王級の実力だけを限定すれば、その実力を持つトレーナーの数は増えてきてはいるものの、その中で繰り広げられる競争は過酷の一言だ。四天王はその名の通り、四つしか席がない。四天王制を敷く地域の方が多いにせよ、その席の奪い合いなのだから、過酷にもなる。そんな争いの先に全力を出す戦いが待つかといえば、またそれも違うのだ。四天王の中にも、各地のリーグチャンピオンと比肩するほど強いトレーナーはいる。ただ、チャンピオンは自身の実力を完璧に発揮する戦いが求められるが、四天王は違うのだ。
     チャンピオンと四天王の違いは、単純にいえば勝率の高さだ。これはガラル地方の見れば明らかだが、チャンピオン・ダンデは長きに渡る無敗伝説を築き上げた。リーグ委員会の八百長が騒がれたこともあるが、ダンデ自身と彼のポケモンたちのコンディションを見れば、チリとしても戦って勝つのは十回に一回あれば良い方くらいだと思う。勝負は時の運だから、チャンスがまったくないわけではない。ただ、あの王朝クラスの強さには隙がなかった。そんな王朝に挑み続けたキバナに、多くの地域がリーグ入りを打診したのは当然のことだろう。
     圧倒的な勝率を叩き出すためにも、チャンピオンにはどんな盤面も自分の有利な面へと引き寄せるようなオールラウンダーな素質が必要だ。それを示す要件の最たるものが、使用するポケモンのタイプ無制限だろう。というか、チャンピオンクラスまで一気に駆け上がることができるトレーナーのほとんどに同じ傾向が見られる。ただし、これは傾向の話であって、実現は困難だ。自身の専門を突き詰めるエキスパートも大変だが、あらゆる分野を自分のものとするジェネラリストもまた大変だ。どちらの道も極めることは難しい。現に各地域のリーグチャンピオンも、エキスパートもいればジェネラリストもいる。ここパルデアのトップチャンピオン・オモダカはジェネラリストとして有名なトレーナーで、ガラルリーグ委員会さえ許せばチャンピオン・ダンデの無敗王朝を砕いたかもしれないと様々な記事が囃し立てたものだった。

    「八つのジムの中で、もっとも苦戦したのはどこですか」
     ここからの質問は大事な問いかけだ。トレーナー自身がどの成長段階で苦労したのかが見えてくる。あるいは、どの成長段階にいるのかが分かる。ここからの見極めを間違えると、それはトレーナー自身にとって不幸な結果を招いてしまう。自分の実力を数段上回るトレーナーとの戦いは、時にトレーナー自身の道を台無しにしてしまう。
     ポケモンバトルの基本はタイプ相性を理解することだ。それが分かれば、トレーナーとしての最初の一歩に立ったと見て良い。こうしてタイプ相性がわかってくると、どんな相手にも対応できる、まさにチャンピオンクラスのトレーナーのように一見すればジェネラリストが有利のように思えるものだ。エキスパートは弱点が固定されているし、トレーナーとして名を挙げるほど、手持ちも技も戦略も明らかになっていく。対策を打ちやすいのがエキスパートの弱みだが、だからこそ、対策を考えやすいという一面もある。どちらを選ぶかはトレーナーの選択次第だし、各タイプとのトレーナー自身との相性も考慮しなければならない。
     チリの場合はじめんタイプと相性が良かった。ドンファンとダグトリオはゴマゾウとディグダの頃から一緒にいたし、じめんタイプの実直さと温厚さ、そして時折見せる足元を叩き割るほどの力の奔流がチリには好ましかった。特に、簡単に地形さえ変えてしまうほどの技はチリの性に合う。
     バトルは時々刻々と盤面が変化する。バトルコートのような、バトルのために整えられた場所でさえ、じめんタイプは盤面そのものを容易く変えることができる。じめんタイプを駆使したテクニカルな戦いはチリの得意とするところで、別地域のじめんのエキスパートであるキクノとはまた違った戦い方だった。キクノはどっしりとした大地よろしく、粘り強い戦いを得意とする。じめんタイプ特有の我慢強さを駆使して、相手の精神すら削り取るような持久戦が持ち味だ。ポケモンたちの動きもゆったりとしていて、チリとは戦略も真逆に近い。

     チリはどちらかというとトキワ的な戦い方で、重い一撃を広く、そして極小の単位でぶつけてバトルを支配する戦い方が得意だ。キクノの戦い方は相手の手札を先に切らせることが特徴的で、チリの場合は先読みが物を言うところがある。相手がポケモンを場に出した瞬間に、タイプと技の構成、そして特性を体の重さを把握する。相手の初手が体重が重いポケモンであれば、早い段階でナマズンのだくりゅうを放って足場を悪くする。軽いと見れば、みらいよちで心理戦を仕掛けてからドンファンに交代して数秒続くじしんを放てば、相手のポケモンはほとんど無力化できてしまう。
     ポケモンは生き物だ。生き物であればこそ、少し足場が悪くなるだけで踏ん張りが効かずに技のキレを欠いたり、長引く揺れで平均感覚を失う。そうやってポケモンの戦意が削がれていくと同時に、トレーナーの精神も追い詰められていく。ポケモンバトルを単純なタイプ相性をもとにした技の撃ち合いでやっていけるのは、だいたいジムチャレンジの中盤までだろう。そういった戦い方は身長だけを武器にしたバスケットボールのようなもので、最初だけはうまくやっていけるものの、競争相手が強くなるにつれて苦しくなる。ポケモンバトルにはすべてが必要なのだ。
    「ジムリーダーが使うポケモンのタイプは覚えていますか」
     前の質問で出たジムリーダーはカエデだった。アカデミーの学生が訪れる中でも早い段階にあたるジムで苦労したということは、早い段階でタイプ相性の壁に向き合い、ポケモンたちとも向き合ってきたのだろう。それを期待してチリは尋ねた。返ってきた答えは若干のトンチンカンさがあったものの、まだ巻き返しの効く範囲だった。

     ポケモンリーグでは総合力が試される。だからこそ、四天王の資質はポケモンバトルの実力はもちろんのこと、どのようにトレーナーの実力を測るか、あるいは精神的な負荷をかけられるか、そして成長の機会をトレーナー自身に見出させることが求められる。まだ未成熟なトレーナーを強い力で叩き潰すのは簡単なことだ。ただ、ジムリーダーと四天王はトレーナーの成長を促す存在でもある。相手の素質を正しく測り、必要な道を戦いの中で説く必要がある。
     四天王の一番手に求められることは、こうした負荷に耐えうるトレーナーかを見定めることだ。二番手は、一番手が通したのだから、確かな実力を持つと判断して戦う。一番手が精神を測るなら、二番手は純粋な実力を。三番手はあらゆる状況への判断を迫り、四番手は更に素質を突き詰める。そうやって選別された者だけが、ようやく地方で一番の実力を持つ存在と戦うことができる。
     ダンデの試合はショータイムとも称されるような華やかな試合だ。だからこそ、挑戦者にも華がある。多くの場合はキバナが挑むガラルのショータイムは観る者を魅了する。だがオモダカは違う。オモダカの戦いは良く言えば壮観で圧倒的で、悪く言えば無邪気だ。その無邪気さは、遊びながら相手の手足をもぐような暴力性すら感じさせる。防御に軸足を置いた、終盤にかけて凄みを増す攻勢は見事の一言だが、これから多くのトレーナーを導く存在としては強すぎて、あまりに眩い。しかもどのような相手にさえ手加減ができないと来れば、チリを含め、リーグ職員にできることはせいぜいチャンピオンバトル時の手持ちを物理的に入れ替えることくらいなのだ。
     今のパルデアには、そんなオモダカのための王朝が築かれている。そろそろ十年にもなる王朝は、パルデアのみならず、数多くの地域からオモダカがパルデアの未来のためにと集められた人間がひしめいている。そんな人々の中で一等幼いながら集められたポピーは、まさしく天賦の才と呼ぶに相応しい才能を持っていた。
    「最初に選んだポケモンの分類はおぼえていますか」
     学生の巻き返しも含めて、チリは尋ねた。最初に選んだポケモンは長い間連れ添うことが多い。その分、そのポケモンに対する知識の深さは、その後の知識の広がりにも影響する。学生は緊張からか、忘れてしまったのか、少しの間悩むための時間を要した。その表情からは、バトルで勝つことが学生にとって比重の大きな課題だったことは明らかだった。

     ポピーなら。目の前の学生と同じ年頃のポピーだったら、この質問で悩むことはない。
     ポピーは天才だ。その言葉しかポピーには似合わないし、その言葉だけがポピーを表していた。この確信はポピーと初めて会った時から、変わりようのないものだった。若干六歳から四天王を任せられたポピーは、パルデアリーグ職員に課せられたレポートや論文の提出も、大穴や別地域への調査随行も、そして四天王の二番手としての役割も、すべてを鋼のような堅牢さでこなし、着実な成果を上げてきた。チリは面接官として何人もの人間を見定めてきたが、本物の才能に出会う機会は極めて稀な出来事だ。
     ポピーに仕事を教えたのはチリだった。ポピーが来たばかりの頃はアオキはまだ営業部への粘り込みを計っていたし、ハッサクは今と変わらずアカデミーの教師業に忙しかったし、オモダカはそもそもリーグ委員長で教育に携わるような時間はほとんどなかった。チリの業務は大きく分ければ四天王だけで都合が良かったし、最初こそは戸惑うことはあったけれど、それはすぐに解消されてしまった。
     ポケモンバトルでは様々な思いが交錯する。チリにはよく分かっていた。ポケモンと共に戦うことは、ペーパーテストとはまったく異なる。テレビ越しに見ること、実際の試合で観戦すること、机上であらゆる考えを巡らせること、これらすべてが実戦との一線を画している。
     バトルでは人生が交錯する。ポケモンを通じて、そして戦略を通じて。その美しい流れに身を委ねることはチリにとっての幸福だ。時に苦い思いをすることもあるけれど、それすらも大きな流れの一部に過ぎない。ポケモンリーグはどの地方であってもトレーナー育成に余念がない。穿った見方をすれば、それは優秀なトレーナーが少ないということだ。ポケモンと育成とバトルには危険が伴う。ポケモンをただ強くすることは誰にでもできる。人生を共にすることだって、誰にでもできる。困難なのは強いポケモンと共に生きてゆくことであり、バトルで相手に勝つことだ。

     チリはポピーと何度も競い合った。お互いの得意も不得意も知り尽くすほどに。戦うだけに飽き足らず、夜遅くまでリーグに残ってバトルの話もした(もちろん、ポピーの保護者に対して許可をとった上で)。ポピーはカロスの出身で、祖父はカロスの四天王の一人でもあったけれど、それを抜きにしても彼女の話は新鮮だった。リーグに来た時のポピーは若干六歳だったけれど、チリはポピーと話す時、しばしばその年齢を忘れたことを思い出す。子供らしい純粋さとまっすぐさが、理知的な本質を隠すためにつくられた幼い一面だと気付くために時間はかからなかった。
    「チリちゃんといる時は、ホッとしますの」とポピーが言ったことをチリはまだ覚えている。「ポピーはポピーでいられますから」
     昔、夜も遅い時間に。工事の音が止んだ静かな時間にポピーは言った。その時なんと返したのか、肝心なところをチリは忘れてしまった。ただ、その時からポピーのことを考える時間が増えたのは確かなことだった。ポピーを子供だと思って接することはなくなっていくと同時に、彼女を子供扱いする職員が嫌になった。ポピーは違う。頭からポピーが離れなくなって……あかん、面接中やで、今。
    「以上で面接を終了いたします」とチリは言った。「結果につきましてはスタッフからお伝えします。お疲れさまでした」
     チリの都合は大いに含まれてはいたが、これ以上に面接を続けるのは学生にとっても酷だという判断もあった。チリは学生の退席を促した。学生としてもやり残した感覚が残のだろう。戸惑う仕草を見せたものの、素直に従った。そして学生がドアを出るところまで見送ってから、チリは休憩のために席を立った。
     今すぐ煙草を吸いたい気分だった。面接にしてもチリの頭の中の散らかり具合を整えるためにも、煙草を吸う必要があった。面接が予定よりも早く終わったから、次の面接までに十分な時間がある。二本は吸える。有難い限りだった。


    3.


     パルデアリーグの喫煙室はチリが使うオフィスの角にある。眺望の良い喫煙室で、換気も良い。面接室が位置する一階フロアにも喫煙室はあるものの、チリは普段使いの喫煙室の方が好みだった。面接室からは遠いものの、何よりも眺めが良い。広いパルデアを一望できると錯覚してしまうような、そんな眺めはチリの精神を和らげてくれた。
    「ロトム、タイマー」言いながら、チリはポケットからソフトボックスの煙草とライターを取り出した。「十分後な」
    「はいはいロト〜」
     ロトムの間延びした返事を聞きながら、チリは取り出した煙草に火をつけた。風なんて気にしなくても良い室内なのに、わざわざ火種を手のひらで覆って。喫煙室が屋外だった頃の名残だった。オモダカによるリーグ改修が始まるまで、そしてその間は二階のバルコニーの一部が喫煙所として開放されていた。リーグ周辺は地形的にも時折強い風が吹く。煙草を吸い始めるための火を守るためには、手のひらを、そして体全体を使う他なかった。
     火をつけて、深く息を吸う。肺どころか体全体に行き渡るように息を吸う瞬間は、すべてを忘れる。ニコチンが染み渡る感覚は何度味わっても良いものだ。窓越しに広がる晴れ渡る午前の空を見て、チリはぼんやりと煙草を吸った。

     喫煙室にはソファと簡単なデスクが備えられていた。コンセントの差し込み口もいくつかあるから、どうにもならない仕事に追われる時には喫煙室で籠ることもできる。チリ自身、何度もそういうことをしてきたし、この間もそんな事情で夜遅くに籠っていた。
     ソファに座っても良かったが、チリは窓辺に寄りかかって煙草を吸うのが好きだった。こうしていた方が煙草だけに意識を傾けることができる。そう思って窓辺で紫煙をくゆらせても、自分の頭の中を整理することは簡単にはできなかったけれど。
     ポピーがリーグに来てから、チリが煙草をやめようと思ったことがないと言えば嘘になる。最初だけ、控えようとは思った。そしてポピーと仲が深まるにつれ、「やめよかな」と下手な笑顔でポピーに言ったことがあった。
    「やめちゃうんですの?」とポピーは不思議そうに言った。「チリちゃんの匂い、ポピーは好きですけれど」
     夜のことだった。ポピーと過ごした時間の中で思い出す時間は、どうにも夜のことが多かった。日中は業務があるから、というのも理由のひとつだが、大きな理由はポピーの都合によるものだろう。四天王としてリーグに迎え入れられてから、ポピーは見た目通りに振る舞うことに注意を傾けていた。それがポピーにとっての処世術だったことは想像に難くない。

     ポピーは自分の振る舞いが周囲の人々にどのように受け取られるかということを深く理解していた。そうでなければ、四天王という立場がポピーを追い詰め、彼女の心に深い傷をつけただろうとチリは思う。どれほどの才能に恵まれたとしても、環境に恵まれなければその才能を発揮することは難しい。そして、幼い才能を踏み躙ることは大人にとって非常に簡単なことだ。
     オモダカはポピーの才能を高く評価してリーグへとポピーを連れてきた。そしてその時見抜いた才能とは、きっとバトルだけではなく、周囲へと自身を溶け込ませる能力もまた含まれていたのだろう。だからこそ、オモダカもまた周囲に職員の目があるような日中はポピーを幼い子供として扱った。そして理事長室でおやつでも、と誘いながら、その時間は業務やバトルのことを話すための時間として割り当てていた。
     こうして思い返すに、当時からポピーを四天王のポピーとして見ていた人物はチリを含めた四天王の面々とオモダカしかいなかったようにさえ思えた。バトルではポピーのセンスを認めない者はいなかったが、それ以外の部分で、職員たちはポピーを才能ある子供として扱うことに満足していた。その甲斐あって、ポピーを生意気だという職員はいなかった。ポピーは静かに、そして強かに、自身と周囲にとって適切な環境を作り出していた。
    「いや、匂いだけちゃうやん。チリちゃんはええけど、ポピーに悪いし」
     その時もチリは煙草が吸いたかった。二人きりオフィスに残ったチリとポピーの手元には、シンオウリーグ四天王のゴヨウが執筆したドーミラーに関するレポートがあった。ゴヨウの専門はエスパーだが、彼もチリに似て、自身の専門外のタイプについても詳細に調査する人物だった。
     当時ポピーはドーミラーを手持ちに加えていて、育成の方針を検討するためにゴヨウのレポートはかなり役立った。ドーミラー、ドータクンの種としての性質から技構成まで、はがねタイプの専門に遜色ないレポートの内容はチリにとっても好奇心を存分に刺激されたし、ポピーにとってはそれ以上に興味深い内容だっただろう。
     ただ、このような読み物の合間には煙草が吸いたくなるものだ。読んでいる時だけでなく、書いている間もそうだが、文字の羅列に向き合うためには煙草が必要なのだ。少なくともチリにとってはそうだった。だからポピーとレポートを読んでいる間にも、しばしばチリは煙草を吸いに行ったものだった。

    「でも、チリちゃんは吸いたいのでしょう?」
    「まあ、せやなぁ」
     チリは苦く笑って言った。レポートを持つ手と反対の手は、すでにライターを弄んでいた。
    「一緒に行きませんか?」とポピーは言った。「ポピー、チリちゃんがおタバコを吸っているところ、見てみたいんですの」
    「そんなおもろいもんちゃうで」
     チリは言ったが、ポピーは小さく笑って椅子を降りた。そしてレポートを手にしたまま、チリに言った。
    「一緒に行けばお話もできますの。これだって、持っていけば良いだけですから」
    「あかんて、煙たいし」
    「ポピーは平気ですので!」とポピーは晴れやかに言った。そしてその後で、少しだけ表情を曇らせた。「チリちゃんがお嫌でしたら、それは仕方のないことですけれど……」
     チリは肩をすくめた。「降参や降参、ほな一緒にいこか。嫌やったら言ってな。すぐ消すから」
    「はいですの!」
     チリはポピーの笑顔にほとんど根負けして、彼女と一緒にバルコニーに出た。暖かい気候で穏やかな夜風が心地良い夜だった。レポートを片手にポピーと語らいながら吸う煙草は、なんともいえないようなうまさがあった。
    「煙たない?」
     会話の合間、チリはポピーを気遣った。
    「いいえ」と言ってポピーは頭を振った。「ふふ、チリちゃんの匂いですもの」
    「自分言うやん」とチリは笑った。「でも、ほんまに。ポピーといると落ち着くわ。ずっと話してたいなぁ」
    「ポピーもおんなじです」
     そう言って、ポピーは少しの間だけチリと目を合わせた。そしてその目線の熱をかき消すように、彼女は笑みを浮かべた。つくり込まれた子供の笑顔だった。
    「ポピー、」
     つい口を出た声が隠せないことにチリが気がついたのは、声を発した後だった。誤魔化すための言葉を思い出すために、チリには少しだけ時間が必要だった。

    「……もう一本、吸ってもいい?」
    「ええ、おいくつでも吸ってくださいな」
     おかしそうに言うポピーに、チリも笑みを作った。自身が口にしようとした言葉を初めからなかったことにするためにも、チリは煙草を一本取り出し、そして火をつけた。
     自分が持つポピーへの好意に気付いたのは、多分この時だった。そして幸運なことに、ポピーは少なからずチリを好ましく思ってくれていることにもまた、チリは気付いていた。この関係性の居心地の良さに対する好意だけでなく、同じ時間を過ごすことへの喜びがあった。この感情の名前をチリは知っていた。そしてその感情が、単なる職場の同僚に向くものでないこともチリはよく知っていた。
     ポピーは利口で、その感情に端する言葉を口にすることも、行為で示すこともなかった。ただ時折、ふとしたタイミングが重なった時、視線が合う時間が長く感じる。その時間を愛おしく思っているのは自分だけではないのだと、チリだって分かっていた。
     ポピーは賢く、嘘をつくのが非常に上手かった。そしてそのポピーの嘘の心地よさをチリは受け入れていた。この頃には、チリはポピーを幼い子供として思うことが難しくなっていたように思う。ポピーへ向ける感情をチリは持つべきでないと判断したし、ポピーは極めて自然な足取りでそんなチリと足並みを合わせてくれていた。
     大人気ないやり方だった。でも、他に道はないように思えた。ポピーとの関係を続けることと、それを自身の感情によって砕いてしまうことは天秤にかけるまでもないことだった。チリはポピーに対し同僚として振る舞うことを続けた。ポピーはそのようなやり方を受けて、チリが心地良いように振る舞ってくれた。そのおかげでポピーのような幼い子供に対して持つべきでない好意を持つことへの後ろめたさは最小限に留められていた。
     彼女は宝石よりも美しい才能を持っている。だからリーグに来た。四天王になった。より美しく輝くべき宝石だ。決して曇らせてはいけない、触れてはいけない宝石だ。しかしせめて、見つめることだけは許されていたかった。そのためなら、ポピーの嘘をいくらでも飲み干せる。ポピーを子供らしく扱う他の職員と同じように、ポピーを子供だと思うことができる。彼女の嘘はすべての人を惑わす毒だ。ただ、それを毒だと分かって飲み干す者はきっと自分しかいない。そして自分だけであれと、チリは強く願っていた。

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    Replies from the creator

    がたはし

    PROGRESSチリポピちゃんです。捏造しかありません。えっちなお話になる予定ですが、まだまだえっちではありません。雰囲気だけで楽しんでいただけたらと思います。(えっちでは、チリちゃんが攻めをさせられてしまう展開になります。私が攻めをやらされてしまう受けが好きなため…複雑ですみません)
    途中まで:チリポピちゃん小説1.

     六月のパルデアは湿度の高い暑さが続く。今日もその例に漏れず、チリはテーブルシティの自宅である集合住宅から、街の西側にあるポケモンリーグ本部に行くまでの間、じりじりと熱い朝の日差しに耐えかねてアイスコーヒーを一杯買わなければならないほどだった。始業の三十分前にリーグ本部に着いて、エレベータで自身のデスクがあるフロアに行く。リーグ本部のオフィスエリアは建築への深い造詣を持つリーグ委員長オモダカの趣向もあって”職員のモチベーションを向上させる”ことを目的とした開放的かつクリエイティブなオープンオフィスになっている。別地方に目を向けても、ここまで素晴らしいリーグ本部はそうそうないだろうとチリは思う。そんな”人々の集い”や”自然との融和”を見事に表現したオフィスを尻目に、チリは理事長室と同じフロアに位置する、極めて事務的なオフィスを自身の定位置としていた。
    19450

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