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    kome412

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    kome412

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    前に書いた、太中オメガバースの続きの番外編みたいなやつです。
    オメガバースなんだなって思って頂ければ、前作未読でもわかります。

    オメガバ太中中也さんが出ませんが太中だと言い張ります。
    ほのぼのポートマフィア☆

     


     その人物が歩くと、まるでかの有名なモーゼの十戒を彷彿とさせるように人々が割れ、彼の正面に道を作り上げた。

     黒いスーツと白いシャツに身を包んだ人々が、廊下の壁に貼り付かんばかりに移動する様は異様なものであるが、誰だって自分の命は惜しいのだ。

     触らぬ神に祟りなし――居合わせた人々が脳裏に思い浮かべた言葉が表す通り、私は今不機嫌ですといった様子を隠すことなく、平素とは違う大きな歩幅で廊下を突き進むのは一人の痩身な青年――太宰治。一〇代にして横浜の裏社会を牛耳るポートマフィアの幹部に名を連ねた、異例まみれの人物である。

    「…………」
     そんな太宰が不機嫌であることは、そう珍しいことではなかった。
     やれ頼んだ飲み物が要望と違う。仕事内容がつまらない。中也が生意気エトセトラ。
     まるですぐに臍を曲げる子供のように頬を膨らませ、不平不満を口にする太宰はまだまだ可愛いものなのだということは、既にここポートマフィア構成員全員の共通の認識である。
     本当に不味いのは彼の口が動きをやめた後。口角だけを上げた笑みを浮かべた時には、皆生きて帰れることを祈り、瞳から輝きが消えてしまえばもう死を覚悟するのだ。
     まさに今、一切口を開くことなく廊下を進む太宰の不機嫌指数はかなりのもので、下手に声を掛け気分を害そうものなら躯に爆弾を巻き付け、敵組織へ自爆テロさながらに飛び込んで行けと命じられればまだマシ。一切の躊躇もなく脳天を撃ち抜かれることだって可能性としては十分にあり得る話なのだ。
     そのため、不機嫌な太宰を見つければ皆視線を合わさぬ様に頭を垂れ、息を殺して彼が通り過ぎてくれることを祈ることしか出来ないのだった。
     

    「おやおや、太宰くんは随分と物騒な雰囲気で廊下を闊歩しているね」
    「…………」
     そんな太宰に声を掛けることの出来る人物など片手の数も存在してはいないのだが、その中の一人、彼の直属の上司である森鴎外は随分と楽しそうな雰囲気で太宰に声を掛けた。
     太宰だけでなく、組織の首領まで登場したとあっては命が幾つあっても足りないというもので、その場に居合わせた構成員は必死に気配を殺し、一秒でも早くその場から姿を消していった。気付けば二人だけになった廊下で森はクツクツと肩を揺らして笑った後、人払いをする手間が省けてよかったねと太宰に笑いかけた。
    「…………」
    「まるで不愉快ですって書いてあるような顔だね」
    「……わかっているなら、いちいち声を掛けてこないでくれませんか」
     敬語で反論を返す時はだいぶ堪えている時なのだと気が付いたのは、太宰が中原中也と番関係を結んで少し経った頃である。

     男女の性の他に第二の性が発見されてから早幾年。人々の中で当然のように定着したそれにより番関係を結ぶこととなった二人の関係は、各々が文句を口にする量に比例して存外大きな問題もなく、むしろポートマフィアへは少しの損失とそれを補って余りある大きな利益を齎していた。

     理由は簡単。番である中也のこととなると、太宰が仕事を確りとこなすようになったためである。

     三ヶ月に一度、必ず訪れる発情期を見越して太宰は一週間中也を部屋へと押し込める完璧な予定を組み立ててみせる。
     少しでも残った仕事があれば、抑制剤を大量に服用してでも任務を優先しようとする中也を黙らせるため、太宰は中也の仕事は勿論、彼のもとへ舞い込んでくる可能性のある仕事までも完璧に終わらせてみせるのだ。

     勿論共に一週間を過ごす太宰の仕事が終わっていなければどれだけ自身が辛くとも太宰を部屋から追い出す中也であるため、彼自身の仕事だって確りと終わらせる。
     最強の頭脳と最強の戦闘力を一週間失う痛手こそあるが、しかしその一週間以上の利益が確実に舞い込むのだから、森にとって不満は一切ないのだ。
     そもそも、どれだけ仕事が残っていようが二人のために休暇などいくらでも用意するとかねてより告げている森である。しかし、それを諸手を挙げて頂戴出来るような生半可な忠誠心で彼に尽くしているわけではないのは中也の方である。そんなこと出来ませんと聞き入れてくれないのだから、外堀を完全に埋めて納得させるしかないのであった。

    「次の休暇は来週末だっただろう?」
    「……はい」
     先日同じく幹部の一人である尾崎紅葉が万が一抗争が起きそうなことがあれば、全てこちらへと持ってこいと告げてきたばかりである。誰であろうと一切の慈悲もなく切り刻む麗人が顔を綻ばせ、そろそろ二人の子供が見たいのうと薄っすら頬を染めてうふふと笑う姿は森にとってすっかり見慣れてしまったものである。
    「休暇の申請は確り受理しているし、相変わらず君の頑張りのおかげで今のところ君達にわざわざ出向いてもらうような争いが起きそうな気配もない」
     静かな廊下に森の声だけが木霊した。正面に立つ太宰は相変わらず眉間に皴を刻んでおり、冗談でも機嫌がいいとは云えない。
    「それなのに、太宰くんはどうしてそんなに不機嫌そうな顔をしているんだい?」
     どうせ変に言葉を繕ったところで太宰には一切通用しないのだからと、森は開き直り真っ直ぐにその疑問を口にした。普段であれば森の言葉になど耳を傾けようともしない太宰であるというのに、彼の口元が分かりやすく動く。誰かに聞いてほしいのか、それとももう我慢の限界であるのか――どちらにしろ、森相手にこのように動揺を露わにするのは非常に珍しいことだ。

     太宰をこのように動揺させることの出来る人物など、一人しか存在しない。
    「……中也くんと何かあったんだね?」
    「別に、何かあったわけじゃないです」
     もごもごと、いつも誰に対してもはっきりと言葉を発する太宰の煮え切らない姿に、森の口角が上がる。恋愛初心者の若人二人を見守るというのは、随分と感慨深いものなのだと思いながら、疼く口角が太宰にバレてしまう前にそっと片手で隠した。
    「中也が……」
    「うん」

    ――巣を作るんです――

    「うん?」
     神妙な面持ちのまま告げられた内容に、森は小首を傾げずにはいられなかった。
     巣を作る者と作らない者の個体差はあると聞くが、番のいるΩにとって別段おかしなことではない。それをまるでこの世の終わりだと云わんばかりの表情で打ち明けられたのだから、森にはすぐに意味を理解することが出来なかった。
    「巣を作ることは別に悪いことではないだろう?」
    「そうですね」
    「むしろ可愛らしい行動なんじゃないかい?」
    「…………」
     太宰の表情には森の言葉を肯定することの悔しさと、しかし否定することも出来ない葛藤の様子が分かりやすく浮かび上がっていた。
    「巣を作るのは構わないんですが……」
    「うん」
    「その、今日着ているこのシャツ、前に作った巣の材料にされていたみたいで……」
    「うんうん」
    「……中也の匂いがして、落ち着きません」
     小さな声で、しかし確りと森の耳へと届けられたその言葉の内容を噛み締めた森は――笑い声をあげることを止められなかった。
    「森さんっ!」
     普段どんな非道な行いも表情一つ変えることなく実行に移してみせるこの青年が、自身の番にここまで影響を与えられているのかと思うと堪らない。
     まるで感情などないのだと云わんばかりであった、人形のようであった太宰が初めて真剣に愛を知り、こうも人間らしくなるのだから彼の中で既に番である中也の存在は最重要であると云っても過言ではなかった。
    「でも、素を作るなんて可愛らしいじゃないか。番として誇らしいだろう?」
    「…………」
     相手の匂いに包まれるために素を作るという行為は、つまり相手に全幅の信頼をおいていることを示しており、自分の匂いに包まれ安心して丸くなって眠る姿を目にして嬉しくないわけがない。
    「……だって、中也だし」
    「中也くんだから、だろう?」
     少々特殊な出会いをした二人は本来持っている性格、そして同い年という関係もあってなかなかに拗れた、口喧嘩の絶えない関係を続けていた。それは番関係を結んだ後も変わることはなく、顔を合わせれば軽口の応酬を今でも繰り返している。
     しかし、そんな風に太宰と真っ向から向き合える存在であるからこそ、彼らは番関係になれたというものだ。
    「…………」
    「ところで、中也くんってどういう匂いがするんだい?」
     番同士にしか感じることのできないフェロモンの香りに森は純粋に興味があった。しかしそんな疑問を口にした途端それまでの太宰の様子が一変、激しい敵対心とも嫉妬心ともとれる雰囲気を醸し出した。さながら天敵と対面した野生の猫のようである。
    「セクハラ」
    「え」
    「変態」
    「えぇ」
     自身が所属する組織のトップをとんだ扱いであるが、しかしこうやって森に対して悪態をつく太宰の姿を見ることが出来るのだって森にしたら喜ばしいことの一つなのであった。



     おしまい。
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