花よりマザイ理論を組み立て
研究を積み上げ
実験を繰り返し
紙束を増やして
ふと、見上げた窓の外に新緑が芽吹いていた
「……ああ、もう春か」
本と器具との間からポツリと零す
この間見た空は随分は寒々しかった記憶がある
最近はもう何十回目にもなるEXマザイの構想を練っていて、外なんてまるで見ていなかった
(丁度実験も一段落が付いたしな)
念のため部屋を見渡し、着手中の実験が無いか確かめる
……タイダルバイパーと目が合うことくらいだな、良し
少し霞む視界を考えないようにして、うっすらと埃が積もった窓の枠に手を掛けた
途端
薄い桃色の花弁と共に、暖かく爽やかな空気が家に吹き込む
見上げると、綿のような雲が青々とした空に浮かんでいる
薄暗い室内にいたからか、春の陽気が眩しい
手を頭上にかざしながら外を眺める
芽吹きだしたばかりの柔らかな緑がきらきらと輝く
陽光に当てられ、少しばかりぼんやりと外を眺めていると
「おや、オツキン? 珍しいですね」
「……村長? 」
村長が物珍しそうにこちらを見つめていた
「いや、研究に没頭してたらいつの間にか季節が変わっていまして……」
よれた白衣を正しながら背筋を伸ばす
「研究もよろしいですが、たまに体を休めないといくら沼といえども体を壊しますよ」
「はい、おっしゃる通りです」
人が良い村長はこうして、たまに俺の様子を見に来てくれる
玄関脇に書置きと共に日持ちのする差し入れが置いてあったこともある程だ
それに、旅の途中に何回も世話になった恩もある
……手も空いたし、そろそろ氷虎に顔を見せに行くかな
そう考えていると不意に村長が
「そういえば、今日は桜が美しく咲き誇っていますな」
意図が読めずに、一時考え込む
それに気が付いた村長が
「いえ、特に深い意味はないんです
ただ、今日は晴れ晴れとした春日和でしょう? だから、村中の方々が張り切ってお花見をするそうなんですよ」
と訂正してきた
「花見、ですか……」
普段の俺ならマザイに気を取られて参加しないか、氷虎に無理やり引っ張られて参加するかなのだが
「どうします? 」
ほんの気まぐれで、一歩踏み出した
爛漫
まさに、そんな言葉が相応しい景色だ
思わず頭上を見上げてしまう
普段は見向きもしない村の大樹がまさか、ここまで見事な桜の木だったとは
大樹の下では村人が食事を摘まみながら酒を飲んでどんちゃん騒ぎをしている
楽器を奏で、それに合わせながら踊り、それを囃し立てつつ笑顔を零れさす
見ればメカメアーミー達も参加しており、酔っ払った村人に対しこれまた酔っ払った一等兵が下水天然水の効能を延々と説いている
……あっちには近寄らないほうが良さそうだな
村長に何も持ってこなくてもいいと言われたが、どういうことなんだろうか
桜をマザイの材料に使えないかと考えながら辺りをうろついていると
「オツキン? 」
「……氷虎?! 」
聞き慣れた声が後ろから届いた
「成程、村長に後でお礼を言っておかないとな」
流れるようにレジャーシートに座らされた後、粗方の経緯を氷虎に話した
「つーか、なんでお前はそんなに用意周到なんだ?」
レジャーシートの上には何体分かも分からない重箱に詰まった弁当、大量のペットボトルはお茶やジュースが盛り沢山でしっかりと酒もクーラーボックスにぎゅうぎゅうに詰まっている
紙皿や使い捨ての食器類も新品が用意されており、事前に用意しなければここまでは揃えられないであろう数が揃っていた
「元々他の奴らと花見をしようという計画は上がっててな、ここに大きな桜の木があったのは知っていたから村長に一応話は通してたんだよ」
「いつの間に……」
「俺も一応声は掛けたんだがな、生返事だったからそんなことだろうとは思ってたよ」
紙コップに注がれたリンゴジュースをちみちみ飲みながら思い返す
そういえば、数週間くらい前に声を掛けられたような記憶は薄っすらあるな
丁度その頃は実験が佳境に入っていたから持てるリソースを全てマザイにつぎ込んでいたな……
そんなことを思っていると他の沼達も集まり、一気に騒がしくなってきた
「お前ら俺とあづキンが作った飯味わって食えよな……ってバチキン、そんな早食いしたらのどに詰まらすぞ」
「大丈夫バチよ! 私を誰だと思ってるバチか……ングッ!?!? 」
「あーもーバチキン大丈夫か!? ほら、水あるからゆっくり飲め? 」
「相も変わらずあづはオカンしているな、でも我の水だったんだがそれ」
「落ち着けってJack、私のヤクキメるか? 」
「禁酒します! 禁酒します! お酒美味しい! 」
「アクシズは相も変わらずのようだな、いや実に面白いね」
「ウイエ様! こちらのから揚げ美味しいですよ! 」
「フク郎、こっちの卵焼きも中々の逸品だ」
「あっこれ俺があづキンに作り方教えた奴だ! いや~成果出てるねぇ」
「フサキンお前本当に器用だよな、ギャルゲのヒロインか? 」
「当方も調理班に加わりたかったのだが、二体共に断られてしまった」
「むしろ断ってなかったらシグキンとあづキンを病院にブチ込んでたね! 」
「ざくろと同意見なのは癪だが俺もそれには同意だ」
「太陽さんとざくろさんが同意見っすか、と言いたい所ですが自分もそう思いますね」
いやうるせぇな
氷虎も事前に話を通すわけだ
村人より頭数は少ないのに同程度の騒がしさだ
「全く、自重という言葉を少々叩き込んでくる必要がありそうだな?
と、本来なら言っているが今日はまぁ、花見だしな」
氷虎がため息を付きながら慣れた声音で呟く
「村長に話は通してあるんだろ? じゃあよっぽとのことにならない限りは鉄拳制裁しなくてもいいんじゃないか? 」
沼が集まればたちまち姦しくなるのはもういつものことだ
旅の最中に何度も経験してきた
「俺達もなんか食べようぜ、久々に腹が減る感覚思い出して来た」
「お前研究しててもせめて一日二食は食えってあれほど言ったろ……」
「だって腹が減らなかったんだよ」
「それはお前の感覚が可笑しくなってるだけで体はしっかり栄養を欲しているんだと何度言えば」
「落ち付けって、今日はそんなの気にせず騒ぐ日なんだろ? 」
「元はといえばお前のせいなんだが…… それもそうだな」
旨い飯に舌鼓を打ちながら、仲間たちと談笑をする春のひと時
ま、たまにはこんな日が合っても良いよな