7話 肩で息をしていたシラーは、汚れ一つ付かず、息も上がっていないアルベロの方へ視線を向ける。
「今更ですが⋯なんでこんなに手取り足取り教えてくれるんですか?一応、貴方に逮捕された容疑者ではあるんですけど」
「ん?あぁ⋯魔力の波形が一致してしまったからあの時逮捕せざるおえなかったが、正直君が例の魔女とは思えなくてな」
「それは嬉しいんですけど⋯何故でしょう、魔女だと断定する要因の方が多いと思うんですけど」
「勘だ!」
───────正気なのだろうか。
おおよそこの国の国防を担う規律厳守、誇り高い聖騎士団の長とは思えない発言に、反射的に表情筋が強ばってしまう。
「⋯冗談だ。戦争を引き起こし、数十年行方をくらましていた彼女が大人しく裁判を受けているとは考えられないし、厳重な警備に守られた陛下を狙うには少々魔法の扱いも不慣れなようだしな。」
先程のあっけらかんとしていた表情とか一変し、アルベロは騎士団長としての真面目な顔つきを浮かべた。
切り替えに少し驚きつつ、なるほどと零せばアルベロは愉快そうに笑う。
「その魔力の不慣れさで免れたのは運が良かったと言える。が、国家指導者を狙うような犯人探しには戦闘は避けられまい、戦闘力を上げておいて損はないだろうな。」
既にしなびた草のようなシラーを見下ろし、これは早急に解決しなければいけない問題だな、とまた笑う。
「できるなら私が教えてあげたいが、あいにく多忙な身なもので⋯そうだな、ノース」
「はい!お呼びでしょうかヴァレンテ団長!」
先程外套を預けられた団員が、尊敬する人に呼ばれ嬉しそうに駆け寄ってきた。
「彼等に指導してやってくれ」
「⋯⋯⋯私が、ですか⋯」
じとりと包み隠されていない嫌悪の視線を向けられれば、何もしてないが、何となく申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「いくらヴァレンテ団長のお願いであろうと魔女に指導は⋯」
「ノース、私は君を信頼して頼んでいる。それに、まだこの子が魔女と決まったわけでもあるまい」
頼まれてくれ、と懇願されては、彼女を尊敬する者として断る選択肢がなくなってしまう。
自分が信頼されているという言葉に顔を緩ませつつ、お任せ下さいと元気に答える団員を見れば指導役の選定はつつが無く終了したことがわかるだろう。
「よし、君達の稽古相手は決まったな。さて、他に⋯「ヴァレンテ様〜!!」
会話を突然遮られ、ヴァレンテの名を呼ぶ方を向くと、遠くから小さな人影がシラー達の方へと走ってくるのが見える。
「これはこれは、フォルシシア様、こんな所までどうされたのですか」
駆け寄ってきたのはフォルシシアと呼ばれた齢10歳くらいの小さな女の子。年頃の女の子らしい派手なドレスを身にまとい、綺麗に結わえられたオレンジ色の髪の毛は白い肌によく映えていた。
ここは騎士団詰所、この様な可憐な女の子がくるような場所ではない。服装からして騎士団員では無いのはわかるが、アルベロの反応を見るに、どうも相手は来慣れている様子。
団員の子供だろうかと考察にふけっていたシラーを他所に、すっかり息が上がってしまった少女はアルベロの元へと到着したようだ。
「ヴァレンテ様が帝都にお戻りになってると聞いて⋯それに、ヴァレンテ様お忙しかったからお会いする時間がなくてシア寂しかったの」
白い肌を薔薇色に染め、視線を下げる彼女の前に膝をついたアルベロは、少女の柔らかそうな明るい髪の毛を撫でる。
「お寂しい思いをさせてしまい申し訳ありません。私のために来てくださったのですね、幸甚に存じます」
少女に優しく語り掛けるアルベロは、しかし、と続ける。
「既にお聞きになってるとは思いますが今我が国内に陛下を狙う危険人物がいる状態です。あまり警備を付けずの外出は危険ですよ。」
御身は他の者より高貴な身分故に狙われやすいのですから。と付け加えるアルベロの言葉通り、フォルシシアの周りを見れば彼女のお付の使用人が一人で警備が見当たらない。
この国の四柱を担う貴族としては防衛面で心配するのは当然だ。
注意を受け、しゅんとしてしまった彼女はでもとアルベロに向き合う。
「ヴァレンテ様がいらっしゃるわ!ヴァレンテ様はこの国の英雄様だもの!」
「⋯その様に言っていただけて感無量です。感謝申し上げます、フォルシシア様」
「も、もちろんシアの英雄様でもあるのよ⋯?」
傍から見ても少女が騎士のことを好いている事が伝わってくる可愛らしい雰囲気に、思わず物語を見ているような気持ちになる。
「話の途中ですまないな、もう少し付き合いたかったがお嬢様の応対をしなければ。何かまだ質問があるなら彼女に教えて貰うといい。ノース、後は任せるぞ」
「はい!お任せください団長!」
姿勢を但し、託された任務を必ず遂行するという意気込みをする彼女に任せれば失敗は無いだろう。
部下の意気込みを見届けたアルベロはフォルシシアの小さな体を軽々と抱き上げ、詰所を後にした。
「あの⋯あの人は?」
「はぁ?あの方を知らないの!?どこまで世間知らずなの貴方⋯あの方はこの国屈指の貴人。四大貴族のおひとりであらせられるブランツォーリ侯爵閣下よ」
「侯爵様ですか?侯爵令嬢ではなく?」
「そうよ、あの方は現ブランツォーリ家当主様だそうよ」
「あの年齢で!?」
自分よりも幼い少女の姿を思い浮かべるも、やはり飲み込みきれない事実を咀嚼する。
「まぁそんなことはいいわ、移動しながら今後のことを話しましょう」
そう言って後ろの2人を気にする素振りもなくスタスタ歩き出してしまったノースの後を、シラーとヘルラは慌てて追いかけた。
「まず、訓練は午前六時から七時、あとは午後十三時から十四時の二時間とするわ」
ノースの足取りとは違い、ゼェゼェと息を切らしながら彼女の後へ食らいつく二人の表情はあまり芳しくはない。
アルベロとの手合わせ後、体力など残っていない体には彼女の早歩きは随分堪えるのだ。
「それ以外の時間は公務があるから私は相手できないわ。自主練か自由に過ごすこと。あとは体力作りも怠らないように」
鋭い視線を感じ、はいと大きく答えれば彼女は再び視線を前に戻した。
「他に質問は?」
「特には⋯」
「よろしい。ではここがあなた達の仮住まいよ」
ようやく立ち止まった彼女の後ろを見れば、フェーネルリア特有の紺青色の洋瓦屋根と鉛白色の壁が特徴の建物がその存在を示している。
ふと近くを見れば建物からは騎士団員達が出てきている。いわば騎士団の寮的な建物なのだろうと推測できた。
「貴方達の部屋は一番端のこの部屋ね」
彼女が開けた扉の先にはこざっぱりとした質素な部屋が広がっている。ある程度の家具はあるようで生活をするには申し分無さそうだ。
「悪さをしたらすぐ団員達が捕まえられるから、大人しくしておくこと。じゃあ精々そのちんけな体力を養うことね」
彼女が去った後、静かな空間に佇んでいた二人には膨大な疲れがなだれ込んだ。
お互いに備え付けのベットへと座り込むと、体の汚れを気にする暇もなく意識を手放した。