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    Yotubainko

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    接吻

    15話 静かな聖堂内には靴の音だけが響いていた。
     ステンドグラスが煌々と光をもたらす先、銀座に腰を据えていたプランタンは妖艶な笑みを浮かべ来訪者を迎える。
     夜の青い空気に溶けるような白い制服を靡かせ、プランタンの御前で歩みを止めた来訪者は、染み付いた慣れた動きで肘掛に置かれていた白い手を手取ると、そのまま手の甲へとキスを落とした。

    「ごきげんよう、陛下」
    「ふふ。君は、こんな事のために来たのではないのだろう」

     全てを見通してるとでも言いたげな物言いに、赤髪の来訪者はニヒルな笑みを浮かべた。

    「やはり、全てお見通しということですか」
    「どうだろうね」

     変わらずの優しげな笑顔で彼女を見上げたプランタンのへ、振り上げられた刀が宙を切り裂き、さらけ出された首へと下ろされる。

    キィンッッ

     辺りには金属音が響く。見れば振り下ろした剣は、傍から出された短剣で止められていた。

    「おや、存外来るのが早かったな。ヴェロニク」
    「ヴァレンテ先輩⋯!」

     カタカタと震え出した剣を押し返せば、軽やかな身のこなしで後ろへと飛び下がったヴァレンテがゆらりと立ち上がっている。

    「君の得意武器は銃だろう、いいのか?剣で」
    「俺は貴方と戦うために来たんじゃありません」
    「そうか」

     そう声を漏らしたヴァレンテの剣が動いたかと思えば、瞬きをする間にカルヴェの前まで迫っていた。
     それも流石は聖騎士団長とでも言えよう、顔の横まで迫っていたそれを防ぐとそのまま剣をはじき飛ばした。
     弾き飛ばしたその流れでがら空きになっていた両脇に手を差し込んだカルヴェはヴァレンテの動きを封じるように強く抱き締めた。

    「ヴァレンテ先輩⋯ッもう、もうやめましょう⋯今なら引き返せます。それに⋯おれ⋯俺⋯」
    「⋯はは、君はほんとに泣き虫だな。ありがとう⋯ヴェロニク」

     ヴァレンテの体を抱き込み、震える声で紡がれた言葉に、ヴァレンテは驚いたように目を見開いたあと、目を細め自分よりも大きい癖に弱々しい体を撫でる。

    「先輩、俺⋯やっと⋯」
    「だが」

     言葉を続けようとしたカルヴェの口元からは言葉の代わりに赤い鮮血がごふりと溢れた。

    「⋯せッ⋯ぱ」
    「人は簡単に信用するな、そう教えたはずだ」

     カルヴェの腹を貫いていた剣を引き抜き、傍にしゃがみ込んだ彼の横を抜けたヴァレンテは血を払打と、二人の間に入れずにいたシラー達に笑いかけた。

    「うん。やはり君は優秀だな、まさか気づかれるとは」
    「ヴァレンテさん!この国と英雄と呼ばれた貴方がどうしてこんなことを!」
    「英雄⋯英雄ね⋯」

     先程弾き飛ばされた剣を足で蹴り上げ、軽やかにキャッチをする。
     何を?と疑問符を飛ばすヘルラの前に何かを察したらしいシラーが慌てて飛び入った。
     シラーが咄嗟に開いた防御魔法と、目の前まで来ていたアルベロの剣から火花がちった。

    「ヘルラ!」

     シラーが叫べば、後ろに下がっていたヘルラは腰から下げていた剣を引き抜き、防御魔法の下をくぐりアルベロの下へ潜り込む。下から突き上げるように迫るヘルラの剣を避けると、アルベロは剣に炎を纏わせた。

    「訓練の成果が出ているな。いい動きだ」
    「ヘルラ、作戦覚えているよね」
    「うん!身動きを封じるのと⋯」

     ヘルラは剣をひらりと翻すと、ヴァレンテの右胸下にある徽章向かって攻撃を仕掛けた。

    「魔導具の破壊だよね!」
    「お願い!」

     叩き込まれた訓練のおかげで以前より断然成長を遂げたヘルラになら、彼女の対応を任せられるだろう。
     アルベロの相手はヘルラに任せ、手が空いたシラーは横腹溢れる血を抑えるカルヴェの元へと駆け寄った。

    「じっとしてください」

     腹に手を当てた。ぐちゃりと粘度のある液体に、鈍い鉄の匂いは自身の村の騒動を思い起こさせる。
     ぽうっと手の当てたところからは淡い光が漏れ、少し荒れていたカルヴェの呼吸も幾分かましになった。

    「⋯すまない、もう大丈夫だ。」

     治療はしたがつい先程腹を刺されたというのに立ち上がれる所を見ると、やはり彼も立派な聖騎士なのだ。
     虚空に手を出したカルヴェの手元には、聖騎士団の紋章が刻印されたマスケットライフルが現れた。
     これが先程ヴァレンテが言っていた彼の得意武器なのだろう。
    ───ドンッ!
     ヘルラと戦闘を続けているヴァレンテへ照準を定めたカルヴェのマスケットライフルから銃弾が発射された。
     交戦していることもあり、ヘルラに当たるのでは、という懸念も一瞬で打ち砕くほど細密な発砲技術。
     だが、アルベロの腹辺りに飛んで行った銃弾は彼女に届く前に小さな爆発を起こす。どうやら切られたらしい。ヘルラと剣を交えつつ、横からの銃弾にも対応してみせるヴァレンテに人間離れした何かを感じる。
     呆気に取られているシラーを他所に、カルヴェはその行動を予測していたのか特に動じることなく既に用意されていた銃を放つ。
     ヘルラからの攻撃も同時だったらしく、逃げ場を失ったか、と思えばアルベロは瞬時に上へと逃げていた。
     ひらりとまるで空を舞う蝶のような可憐な避け具合にヘルラの反応も遅れる。
     後ろを振り返るヘルラの視界には業火を纏う剣を振りかぶるヴァレンテが見えた。
    ─────まずい。
     本能でそう感じ取るヘルラに、あと少しで達しようとしていた剣先はヴァレンテと共に壁へと打ち付けられた。

    「ガッ⋯⋯ァ」

     壁に打ち付けられたヴァレンテが、視線を横に向ければシラーがこちらに手を向けている。
     体に銃痕がないことを見るにシラーの攻撃に当たったのだと脳はすぐに判断を下す。幸い大きな怪我は無いが、流石に体を宙に投げ出した状態では横からの攻撃は避けれなかった。
     すぐさま起き上がろうとしたアルベロの手から剣が弾き飛ばされる。

    「あぁ、正解だ。まずは武器を取り上げる。しかし取り上げただけではダメだな?武器がなくとも近接戦はできるぞ」

     そう呟いた後ヴァレンテは自身の体の違和感に気がついた。体が思うように動かないのだ。

    「⋯なるほど、束縛魔法か。ふふ、素晴らしいな。君たちは短期間のうちによく学んだ。偉いな」
    「ヴァレンテさんと聖騎士団の皆のおかげだよ」

     ヴァレンテの前にたったヘルラはどうしても微妙な心情になってしまう。あんなに優しく教えてくれたヴァレンテが今自分を殺しかけ、叛逆者として捕まっているとは。
    ────今は余計な事考えちゃだめだ。
     軽く首を振ったヘルラはヴァレンテの徽章を取り上げ、そのまま地面へと叩きつけた。
     徽章の中心にあったルビーピンクの宝石がピキリと小さな悲鳴をあげ、簡単に砕け散る。
     これでヴァレンテの攻撃方法は全て抑えた。

    「⋯あぁ。そうだな、君達は大事な事を忘れている。」

     割れていく徽章を見ていたヴァレンテのまつ毛が揺れる。
    ────油断だ。
     次の瞬間、ヘルラの体は宙へと浮かんでいた。

    「ヘルラ!」

     傍から見ていた二人も信じられないものを見たように目を見開いている。
     地面へと叩きつけられそうになったヘルラの体をすんでのところでカルヴェが魔法で助ける様子を見届け、シラーは直ぐに戦闘態勢へと入った。
     ゆらりと立ち上がるヴァレンテは先程の束縛魔法を破ったのだろう。
    ────どうやって。
     ヴァレンテの体に炎が纏うところを見ると、どうやらまだ魔法が使えるらしい。
     おそらく先程壊した魔導具かと思われた徽章はダミー。別に本物の魔導具があるのだろう。

    「カルヴェさん!他に魔導具になりそうな所、ありますか!」

     こちらへ飛んでくる炎を防御魔法で防ぎつつ、隣にいたカルヴェに問えば。こちらも必死に考えているらしく悩ましげに額を抑えている。

    「⋯分かった」

     ヴァレンテの攻撃を防ぐのに手一杯なシラーを横目に、カルヴェは真っ直ぐにヴァレンテの方を向いた。

    「ハーシェル、もう少しこのまま耐えられるか」
    「!わかりました」

     高魔法の炎をいつまで耐えられるかは考えたくもないところだが、何か策が思いついたらしいカルヴェにヴァレンテの対処は任せることにした。
     何をするのか、と思えばカルヴェは防いでいた炎の中へと飛び込んで行ってしまった。

    「え!?」

     生身の状態で、あの炎の中へと飛び込むなんて正気の沙汰ではない。仮に魔法で体を守っていたとしても多少の怪我は避けられないだろう。

     だが、それを突いたのだ。

     まさか炎の中から出てくると思っていたかったヴァレンテは、自分の放つ炎の中から出てきたカルヴェに目を丸くした。
     それに反応が遅れ、そのまま押し倒されてしまったヴァレンテの口の中へ、カルヴェは手を突っ込む。

    「な、何を⋯」

     数秒後、彼が彼女の口から取り出したのは小さな宝飾だった。

    「⋯はは、完敗だな。君も、よく私を見て成長してくれた。偉いな」

     脱力した体を地面に預け、自分の上へ馬取りになった部下を見上げた彼女の目は優しさに溢れている。
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