無題 シュウ達が地球に向かうためせっせと働いているころ、リンガリンドにいるキョウの後頭部に、小さい円形脱毛症が進行していました。気の毒に思ったカイは、キョウに暫く休日をとるようにすすめました。心配そうに眉毛を歪ませているカイに
「そうだな。暫く休ませてもらうとしよう」
と、いいつつ、内心今ここで休んでもどうせ連絡がくることは目に見えていましたので、キョウは静かにため息をこぼしました。
(見た目は大人しいのに、皮の内側はまさに化物だったな…)
その夜、窓から光の屑を眺めていたキョウは、ふとあの男の顔を思い浮かべていました。
熱を感じさせない涼やかな髪を揺らしながら
「カイの力になってあげてほしい」
そう言うやいなや、細かに復興支援や制度改革等を並べた大量の木簡を手渡し、自分はさっさと宇宙へと旅立ってしまった男です。
「お前に頼りにされるとは…悪くない」
一人ごちると、キョウは視線を手元にある部下からの報告書に戻しました。一刻も早く国を立て直したい、それはカイやシュウだけでない、確かな己の望みでもありました。数ヶ月前まで憎らしくてたまらなかった男の顔は、今思い浮かべると、木簡を受け取り「あぁ、任された」と伝えたあと見せた、年相応に砕けた青年の笑顔でした。
翌日。「少しは休めたか?」と声をかけてきたカイにお陰様で、と短く答えました。そうか、と笑う我らが新しき王も、また肩の力が抜けた柔らかい笑顔を見せてくれます。その表情がどこか昨晩思い出していた男の顔に重なって見えて、キョウは思わず吹き出してしまいました。
「うん?お前が思い出し笑いとは…」
「いや、昨夜はあの男の事を思い出していてな」
「あの男?」
「あぁ、お前と同じ様に笑えるようになった男だよ」
キョウは笑いながら顎をさすり、雲一つない空を見上げました。カイもつられて空を見上げます。その先にはきっと、彼の元へと繋がっているのでしょう。
「…少し疎ましくさえ思っていたが…」
「……」
「こうなると…不思議と恋しくなるものだな」
「なっ」
肩を跳ね上げたカイの様子に、キョウはまた吹き出してしまいました。旅立ってしまった男との関係は本人達は気付かれていないつもりでしょうが、身近にいる者達にとっては周知の事でした。
「キョウ…お前、いつの間にシュウの事を」
昨日とは打って変わって眉毛を逆立てる王に、キョウは「ものの例えだよ」と礼をとりつつ口元を隠しながら答えました。
「お前とこの国を思いシュウが立てた政策だ。きっと自分の手で成し遂げたかったに違いない。帰ってきたら、あいつにもたっぷり働いてもらうとしよう」
「!あぁ…!」
先程垣間見せた鋭さはどこへやら、またコロッと子犬のような笑みを浮かべた若き王に、キョウは笑い返しました。昨夜、目を通した報告書の纏めを携え、二人は執務室へと足を向けました。
それから数週間後。元気にしてたかな?と軽口を叩きながらふらりと帰ってきた男は、キョウの後頭部にある変化に目敏く気付いた後、「………苦労をかけたね」と初めてキョウに労いの言葉をかけたのでした。