Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    _yunami_

    @_yunami_

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🐸 🐍 🔵 🍤
    POIPOI 7

    _yunami_

    ☆quiet follow

    うちの三條さんちの包丁、いっかい研ぎに出したいねっていう話。

     シャッシャッシャッと小気味良い音だ。水をかけて洗い流し、ためつすがめつ主が見つめののは刃である。と、いっても、量販店で購入できる包丁だが。
    「こんなもんかな」
     たいした目利きもできないので、作業を切り上げた。研いだ包丁や砥石を片付ける。そばで恍惚としている亀甲貞宗を無視しながら。
    「あぁ……ぼくも、その手で研がれたい……」
    「素人の研ぎに何を言ってるんだ、国宝」
     作業は終わったので、無視モードは解除した。
    「しかし、筋がいい。きっといい師を持ったのだろう」
    「お父さんだよ」
    「それはさぞや高名な研師!」
    「どこにでもいるサラリーマンだよ。どれだけ色眼鏡かけて贔屓目でみてるの」
    「ありのままのぼくに触れられ……研がれたい……」
     もう慣れっこの主はしれーっとスルーしている。
    「わかりマス……。研ぐ、とは、身を削り、しかし研ぎ澄まされるというコト……。つまり、脱「ちょっと誰かこれ持っていって」
    「大変失礼しました!」
     千子村正は瞬時に運ばれていった。
    「それで、」
     主は振り返る。鈴なりに、というほどではないが、男士たちがこちらをのぞいている。
    「君たちも研がれたいの?」
    「いやそういうわけでは!」
    「我々刀剣、刃物には敏感なのです!」
    「研がれたいか研がれたくないかで言えば研がれたいですが!」
    「そりゃ主に握られ手入れされて、ちょお羨まし思っとりますけど!」
     口々に言い訳じみた本音が吐き出される。人の身を持つものとしては、よくわからないが、本当に刀は刀なりに研がれたい欲求があるのかもしれない。みなが慌てる中、(けっきょくそこにいるので同じ穴のムジナだが)孫六兼元だけは余裕の笑みを浮かべている。
    「なにか言いたげだね、孫六は」
    「そういうわけではないが、まあ自慢だな」
    「言いたいんじゃん」
    「主人が研いでいたのは、貝印の包丁。俺に少なからず縁がある」
     人の身として何がどう自慢になっているのかはわからないが、自慢になっているらしく、稀に見るドヤ顔孫六は、ぽかぽか殴られていた。余談だが、ピーラーも貝印である。
    「ふっ」
     今度は通りがかった三日月宗近が笑った。
    「主の爪切りに三條の銘が刻まれている。縁がある、ではなく直系といっていいだろうな」
     笑いながらそのまま行ってしまった。
    「……少し、道場を賑やかしてくるか」
    「いってらっしゃーい」
     ぞろぞろと包丁研ぎを見ていた男士たちは行ってしまった。こういう時はだいたい道場で決着が付けられる。河川敷で殴り合い、『お前やるじゃねえか』『お前こそ』みたいなものだと思い、特に口は出していない。
    「なんだ、あいつら」
     入れ替わりに顔を出したのは同田貫正国だった。
    「河川敷ごっこしに道場に行ったよ。珍しく三日月が煽り散らしてたけど、見に行く?」
    「いや。腹減ってんだが、何かないか?」
    「んー、ご飯ちょっと余ってるから握る。お茶出して待ってて」
    「おう」
     包丁を研いでいたそこは、主用のこじんまりとした厨である。すべてがご家庭サイズで、時々腹をすかせた男士が顔を出す。
    「この前食べたきゅうりと枝豆のつけものがおいしくてさ、枝豆の浅漬作ったから、味見していって」
     白出汁と鷹の爪に漬け込んでおいた枝豆を、一食分ほど余っていたご飯に混ぜ込む。自分用に一口おにぎりに、残りを三角のおにぎりにしてしまう
    「へい、お待ち!」
    「握ってるけど、寿司ではないだろ」
     同田貫は律儀にツッコミを入れてくれた。
     お茶を片手に、二口三口でおにぎりは飲むように片付けられた。
    「んまっ。枝豆、落ちそうだな」
    「海苔巻いた方がよかったかな」
     主も一口おにぎりをほおばる。
    「枝豆のサクサク食感がいいな。もう一声欲しい。生姜?」
    「ガリでいいんじゃねえか?」
    「採用。また次も味見よろしく」
    「そのへんにいたらな」
     同田貫はぐっと茶を飲み干した。
    「ん? なんだ?」
     主の視線に気づき、同田貫も目をやる。
    「んー。さっきの集団はね」
     かくかくしかじか。
    「っていう感じだったんだけど、身を削ってでも研ぎ澄まされたいもの?」
    「どうありたいかはそれぞれだろうが、気持ちはわかる。あんたの世じゃ美術品扱いしかできねえんだろうが、刀は道具だ。大切にするっていうのは、祭り上げるみたいに飾ることじゃねえ。使ってナンボってことだな。研ぐっていうことは、それまで使われて、これからも使うってことだろ。俺みたいな実践用は特にな」
    「あぁ、なるほど。そっか、ちょっとわかった。私も、みんなの顕現っていう神秘に触れてはいるけど、俗世の人間だからね。なんか同田貫がしっくりくるのは、実戦刀だからか」
    「“なんかしっくり”って、なんだよ」
    「安定した安心感? 頼りにしてるってこと」
    「そりゃどうも。俺も、あんたになら研がれていいぜ」
    「もう、やめてよ。素人から伝授された素人技なんだから」
     そうは言うものの、理由まで聞かされれば、悪い気はしないのだった。

     その後、話を聞いた短刀たちにも、研いでいいよとまとわりつかれた。包丁が研げるなら、自分たちもできろうだろ、と。
    「その分野ではホント素人だからできないって!」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator