交換日記 恭二が小さなノートになにか書き付けているところを何度か見かけた。何かを慈しむような優しい顔をしながら。
「何を書いてるのだろうか?」
「ん? あぁ、交換日記みたいなものだ。ピエールの読み書きの練習に付き合ってる」
見せてもらうと、今日の出来事と、いくつか問いかけが並んでいた。
「恭二さんの字は几帳面で読みやすいから、ちょどよさそうだ。おれは速く書くから、つい崩したりつなげたりしてしまう。いっそ速記を学ぶべきだろうかと最近考えている」
「何をそんなに速く書く必要があるんだ?」
「思考の速度に追いつかないことはないか?」
「そんなにないかな。言語化処理がすごそうだな、九十九は。正しく的確に脳内辞書にインデックスとか張られてる。昔に習った脳の記憶構造みたいだ」
「ニューロンとシナプスの話だろうか。時々思いがけず関連付くこともあるところが面白いと思う。他のページを見てもいいかな?」
「たいしたことは書いてないと思うぞ」
さすがに委ねるには躊躇があるのか、恭二は手に持ったままペラペラめくってみせた。
「ピエールくんの字は一生懸命が伝わってくる。ふふっ、言語の習得は、その言葉を使う恋人を作るのが早いというが、それみたいだ」
「恋人って……」
「家族もその類似だろう。ありがとう、見せてくれて。とても温かい日記だ」
手書きの何気ない日常は、吐息を感じるぬくもりがあった。
「間違ってもいないんだよな……」
恭二は誰に聞かれることもなく呟いたのだった。