円城寺道流はラーメン屋でもある「男道らーめん新作試食会へようこそっす!」
道流はラーメン屋店主を絵に描いたような腕組みで宣言した。
道流がアイドルと二足わらじで店主をしている男道らーめんは、315プロダクション所属のアイドルの憩いの場の一つである。男子学生という食欲の権化も多く、たらふく食べさせることができて、道流はいつも満足感を得ていた。
今回は、一緒に出ていた舞台が無事に終わり、ちょっとした打ち上げも兼ねて、THE虎牙道とBeitが集まっていた。舞台で忙しかったにも関わらず、新作を考えていたため、よかったら感想を聞かせてほしいと、名目を試食会として。
「スタミナ・ボリュームマシマシで作ってるっすよ! にんにく入れますか?」
「はっ! きまってんだろ、らーめん屋。オレ様はチョモランマだ」
どこで聞いてきたのか、漣は最上級を指定してきた。
「タケルはどうするんだ?」
「オレは全部普通で」
道流もおすそ分けをもらったが、タケルは仲のいい隼人からお疲れ様のジャムパンをもらっていた。それをちゃんと食べたいのだろう。
「俺は明日友だちと会うから、にんにく抜きで」
「あいよ! にんにく抜きでもおいしいように作ってるから、味わってくれるとうれしいっす」
「心配してないよ。また今度、にんにく入りを食べにくるから」
「いつでも待ってるっすよ!」
みのりはにんにくなしで。
「恭二とピエールはどうする?」
「恭二、にんにく、気になる?」
「食欲をわかせるにおいだと思うけど、あんまり人に嗅がせるものではない。特に日本人は体臭が薄い人が多いから、気にするのかもな」
「もちろんにんにく有りがオススメっすけど、なくても出せる味っす!」
「にんにく、入れたい」
「俺も食べれば気にしなくていいだろ」
ピエールはぱあっと咲くような笑みを見せた。
「道流、にんにく、お願い、します!」
「俺も入れてください」
「了解っす!」
早速調理に取り掛かる。
「恭二とピエール、明日デートだもんね」
みのりがからかうようににやにやしていた。
みのりの言う“デート”は、みのりとピエールのときも使われる言葉だ。二人で楽しく遊ぶ、くらいの意味である。
「お待ち!」
出来上がったラーメンを各々の前に置く。
『いただきます』と、それぞれ麺をすすっていく。ピエールはまだうまくすすれないため、麺をレンゲに上げて食べていた。ラーメンの食べ方は少したどたどしいピエールだが、箸の使い方は十分にきれいなので、無作法には見えない。箸の先生は恭二らしく、その賜物なのだろう。
「にんにく、おいしい! におい気になる、わかる」
「なくてもおいしいけど、また食べにこないと。ビールほしい……」
「ビンならあるっすよ」
「今日はバイクできてるから、また今度」
「はい、お待ちしてるっすよ。ノンアルはどうっすか?」
「帰ってからやるよ。気持ちだけ、ありがと」
試食会はつつがなく終わったのだった。
数日後、道流はピエールと会った。拠点となる事務所は用事がなければ立ち寄る必要はないのだが、同じビルにレッスンルームやミーティングルームがあるため、足を運ぶ機会も多いのだ。
「学生たちに宣伝してくれたのか? 四季に新作ラーメンをせがまれた」
「うん! とってもおいしい、言ったよ! にんにくは、次の日も、のこった」
「ははっ! にんにくフレグランスは時と人を選ぶからな。気をつけよう」
「恭二とおそろいだった。大丈夫」
“デート”に影響はなかったようだ。
「ピエールはいつも自然にかおりをまとっているな。自分は今でこそつけているが、エアサロンパスのにおいが常だった。……タケルは時々エアサロンパスだな」
「サロンパスのにおい、がんばってるにおい! 次郎もときどきしてる」
何かレッスンで一緒になったときに、見えないから腰に貼って欲しいと頼まれた記憶がある。
「がんばっているにおいか。そう言われると、悪くないな」
道流は人に提供する食べ物を扱うため、男道らーめんに関わる作業中は香水の類をつけることはない。消臭は気にするが、わざわざ“いいにおい”をつけるようになったのは案外最近だ。それでもどこかに染み付いているのか、イメージでにおいを感じているのか、とくに腹ペコの学生には、ラーメン屋のにおいがしてお腹が空くと言われることがたびたびある。
ピエールは、初めて会ったときからかおりをまとっていた。においを言葉で表現するのは難しいが、爽やかでどことなく高貴なかおりは、ピエールらしいと思った。
「いつでも食べにきてほしいっす。にんにくは、有り無しどっちでもできる。他のラーメンも、サイドメニューも、全部自信を持って出してるからな」
「うん! また、みんなといっしょ、ラーメン食べるね」
何かと凝り性な道流は、一つ気になると関連する他も気になってしまう。さすがにわかりやすくかぎにいくことはないが、いつもより少しだけ人のかおり気がつくようになった。
頻繁に顔を合わせるのは、タケルと漣だ。タケルはやはりエアサロンパスが多い。時々、制汗剤らしき爽やかなかおりもする。そういうときはだいたい同年代(特にHigh×Joker)と練習や仕事が一緒だ。貸してくれているのだろう。実際、High×Jokerからは同じ制汗剤のにおいがする。漣は、草時々獣。草のにおいがするときはだいたい服に細かな草や土がついているので、本当に草のにおいなのだろう。獣臭はチャンプ・覇王。
男子中学生・男子高校生は、前述の通り制汗剤のかおりをまとっている。それ以外であれば、確実に意識している。特にわかりやすいのは巻緒だ。バニラやフルーツのかおり。スイーツやケーキのようだといつも思う。ケーキと言えば巻緒、巻緒と言えばケーキだ。ケーキの化身なのだから、当然とも言える。
店の仕込みの後などにレッスンで他のユニットのメンバーと練習をするときなど、おいしそうなにおいがするとまとわりつかれる事がある。そういう時、そっと割引券をサービス券にぎらせると、レッスン後になかなかいい確率で客として訪れてくれる。もちろん、そうなった場合はサービスもマシマシにする。
そんな中で、ふと気づいたことがあった。
「恭二はピエールと仲良しなんだな」
「はぁ……? そうっすね」
何故いまさらという顔をされた。実際にいまさらだろう。315プロダクションのアイドルたちは、315プロダクションに所属する以前からの知り合いで、ユニットを組んだ者がいる。事務所に所属して初めて顔を合わせてユニットになった者もいる。恭二は前者で、道流は後者だ。Beitが結成以前から仲がいいことは周知のことなのである。
「時々、恭二からピエールのにおいがすると思ったんだ」
ピエールからは付加された華やかで爽やかなかおりがする。時々、その残滓を恭二からも感じることがあるのだ。
ピエールは親しい者へのスキンシップが強い。仕事でもプライベートでも一緒にいることが多い恭二なら、においが移る機会はいくらでもあるだろう。
「におい……? そんなにっすかね」
「あぁ、においの話なんてセンシティブだったか?」
「いえ、下手に口を閉ざされて悪臭放つより、全然。においって、自分では気づきにくいものっすからね」
「変なにおいがするとかじゃないから、安心してくれ」
「はぁ、そっすか。たしかにピエール、花みたいな、お菓子みたいな甘いにおいするっすよね」
「うん? 爽やかでキラキラした感じだと思ったんだが……まぁ、においは言葉で表しにくいから、恭二はそう感じたんだろうな」
「…………そうっすね」
何故か恭二の目が泳いでいた。
後日、恭二のにおいが道流も知っているかおり付き柔軟剤のものになった。なにか余計なことを言っただろうか。心当たりがないでもないが。
漣は道流の家を根城にしているのだが、そのため洗濯も道流がしている。柔軟剤などで同じにおいがすると指摘されて、野良猫が家に居着いたような、妙にこそばゆい気持ちになったことがある。恭二も気恥ずかしかったのだろう。直接の体臭でなくても、体臭に関する話はやはりセンシティブだったようだ。これからは気をつけよう。
それにしても、恭二がピエールに感じていた甘いにおいとは何だったのだろうか。ピエールの香水を聞いてみたが、どれもスッキリ爽やかな系統で、甘いかおりになりそうなものはなかった。においは言葉で説明しにくい。バイアスがかかったのだろうか? 例えば、好みのいいにおいだから、それを甘いと言語化したとか。
はたして恭二は何を甘いと思ったのか。謎は謎のままで置いておいたほうがよさそうだ。