縹牡丹、声患い それの捕獲には随分手を焼いたと聞いた。俊敏さ、頑強さ、獰猛さ、どれをとっても他の追随を許さない個体であったと。
「掃除、頼まれてくれない?」
嗅ぎ回らなければラボから漏れる情報などその程度のもの。ささやかな噂話として、記憶の隅へ隅へと追いやられていく。本来であれば。
「何故君がそんなことを私に頼む」
「そんなに警戒しなくてもいいでしょ、課長さん」
私を海洋試験開発研究所、通称ラボへ呼び出した年若い男は、その背を向けて歩き始めた。一見代わり映えのない廊下を階層を変えながら歩き続ける。ルートを頭に入れながら、目的地は厳重に管理された施設の中でも特に秘匿された場所なのだろうと考える。しかし目隠しも拘束もされずに通されるのは初めてのことだった。内調の海洋テロ情報集約室にも顔が利くだけあって、私を無造作に入館させる権限も持っているらしい。
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