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かわいいモノが嫌いだ。
スカートやフリルなどのひらひら揺れる物やガキ臭いリボン、その他にも女らしさを感じさせるモノがスージィは苦手だった。
いや、それらを身に付ける相手が嫌いなわけではない。
自分がそういった類のものを身に付けるのが嫌なのだ。
筋肉質な体やクラスメイト達よりも高い身長。
切れ長の目に大きい口と鋭い牙。………似合うわけがない。
トゲトゲ、ボロボロの物の方がイカしているし自分らしくて好きだ。
それなのに目の前の奴ときたらーー……
「ーースージィ、かわいいね」
いつもの湖に座って過ごしていると、微かに頬を染め長い前髪の隙間から覗く赤い瞳がうっとりとこちらを見つめる。
何かあるとすぐ……いや、何もなくてもこのニンゲンは自分の事を「かわいい」と褒めてくる。勘弁してくれ。
「キメェ。お前、目おかしいんじゃねーの?」
呆れながらそう返すとクリスは口元に手を当ててくすくすと楽しそうに笑う。トリエルやラルセイと同じ笑い方だ。
「オレにかわいいなんて言うのお前ぐらいだぜ」
大抵の奴は「怖い」だの「デカい」だの……もう聞き飽きた。
「じゃあオレだけがキミの可愛さに気づいてるんだね。 嬉しい」
「オレはちっとも嬉しくねーーーんだよ!! 次まだ言いやがったらその口塞ぐぞテメェ!!」
片手でクリスの右頬を引っ張ると「ほうはっへ?」と返ってきた。
何を言っているのか分からずスージィが手を離すと、クリスはほんのりと赤くなった頬を摩りながらこちらをじっと見つめてくる。
「どうやって?」
この赤い瞳が、ほんの少しだけ苦手だ。
どう取り繕っても見透かされてしまいそうで。
「ど、どうやってって…ほら……アレだよ……」
実は特に何も考えてなかったのであちらこちらに目線を移しながら考案する。
その間もクリスは黙ってこちらの答えを待っているようだった。
脳内で「口…口……」と反復し、そしてパッと関連するワードが思いついた瞬間咄嗟にそれが出てしまった。
「ちゅー、だ!」
「え、」
2人の時間が止まる。
さすがのクリスもスージィの口からそのワードが飛び出てくると思ってなかったようで目を丸くして固まっている。
そして言った本人ーースージィも顔を真っ赤にして固まってしまった。
と、そこで着信音が聞こえお互いびくりと体を揺らす。
クリスが慌てた様子で電話に出て「うん、うん、今から帰るところ」と会話をしているのを見るに相手はトリエルらしい。
電話を切り携帯をポケットに仕舞うとクリスは「えっと…それじゃあまた明日学校で…」とそそくさと帰ってしまった。
「……」
足元に落ちていた石を湖目掛けてぶん投げると、バウンドせずぽちゃんと音と飛沫をあげて水中へ沈んでいったーー。
ーーー
教室のドアを開くとこちらに気づいたノエルがびゃっと飛び上がり「お、おはよう!」と挨拶してくれた。
それに返しているとノエルの横からにやりと口角を上げて「ギリギリとはいえ、キミが始業前に来るなんて今日は槍でも降るんじゃないか!?」と煽ってきたバードリーを蹴っ飛ばし、自分の席へと着く。
前の席は空いている。
どうやらクリスはまだ来ていないらしい。
机の上に両足を乗せ、ぼーっと窓の外を眺めているとアルフィーとクリスが教室に入ってくると同時にチャイムが鳴った。
クラスメイト達がばたばたと席に着くのとは反対にクリスはゆったりとした動きで椅子に座る。
足で椅子をつつくとそれに気づいたクリスがくるりと首と肩をこちらに向ける。
「来るのおっせーよ」
「ごめん、今日はちょっと……学校に来るのが嫌で時間ギリギリまで寝てた」
「はぁ? んだそれ」
「覚えてないの? だって今日はーー」
「ーーじゃあ昨日伝えた通り、今からテストを始めますね!」
アルフィーがプリント順番に渡していくのをクリスが嫌そうな顔で眺めている。
テストだって? そんなの聞いてない。……いやもしかしたら聞いたかもしれないが、覚えてないのでそれは聞いていない事と一緒だ。
スージィがきょとんとしていると目の前に問題文がびっしりのプリントが1枚置かれた。
軽くざっと目を通してみたが……うん、分かるわけがない。やめた。
椅子から立ち上がり、鉛筆を齧りながらうんうん唸っているクリスの腕を引っ張り教室を出る。
後ろで床に落ちる鉛筆の音とアルフィーの声が聞こえたが聞こえないフリをした。
「ちょ、さすがにテストは受けないとママが……」
「白い紙何十分も見てるよりママの説教の方がマシだろ」
「……白い紙の方がマシだから遅刻ギリギリで学校に来たんだけど」
学校を出てまた今日も湖のほとりに座る。
スージィの最近のお気に入りなのか、よくここで過ごすようになった。
陽の光で煌めく水面を2人でぼうっと眺める。
ふとクリスは隣へと視線を移すと、スージィが目を閉じて柔らかな風を気持ちよさそうに感じている。
それを見つめていると、つい無意識に口から出ていた。
「………かわいい」
「あ?」
スージィがじろりと睨むのと、クリスがやらかした口を両手で押さえるのは同時だった。
2人の脳内に昨日のやり取りが思い浮かぶ。
「……テメェわざと言ってんのか、それ」
そう言って口を押さえていた両手を引き剥がすと赤い顔をぶんぶんと千切れそうなぐらい横に振る。
「ちちち違う! 口が勝手に…! や、かわいいと思ったのは本当だけど声に出すつもりじゃなくて! あ、あ、待って、だめ、……ッ!」
それ以上無駄口を叩かせないように自分の唇でうるさいそれを塞いだ。
息を吸おうと微かに開いた口にすかさず舌を捩じ込むとクリスの体が面白いぐらいに跳ね、もがこうとして両手を暴れさせるので掴んだ手に力を込めた。
逃げようとする舌を追いかけて無理矢理絡めているとだんだん力が抜けていくのを感じ、クリスの両手から手を離し、より深いキスへと後頭部を掴む。
「ん"、んぅ…ッ♡♡ ンんん!♡ ん"!ん…!♡♡」
苦しくなったのかどんどんと肩を叩かれたので仕方なく口を離すとクリスは大きく呼吸をしながら顎に伝う糸を拭った。
涙が溜まり揺らぐ赤い瞳が恨めしそうにこちらを睨む事にぞくりとする。
「は、かわいーとこあるじゃねぇか」
「なに、が…! かわいいのヤなくせに…!」
「オレがかわいいのはな。 お前なら別だよ」
「ぁ、ちょ、もうしただろ…!」
「"かわいいのヤなくせに"」
「………ッそ、その"かわいい"はキミの事がかわいいって意味じゃーーんんッ!」
その後3日間程、クリスはやらかさないようにスージィとは筆談で会話していたとかなんとか。