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「クリス、ほら急ぐぞ!」
紫のシャツを頭に被りこちらを急かすスージィの後ろでは、バケツをひっくり返したかのような量の雨が降っている。
ロッカーの扉を閉め、スージィの元へ駆け寄ると自分が被っていたシャツを半分クリスの頭にもかけてくれた。
そして土砂降りの中2人は学校を出てクリスの家へと走る。
足を動かすたびにばしゃばしゃと水が跳ね返り、靴の中にまで水が入ってくる。 隣から「大丈夫か!?」と心配してくれる声に頷くが自分も彼女も既に全身ずぶ濡れだ。
そうして何とか家に着いて中に入ると、クリスは水を吸った靴下を脱ぎながら風呂場へと直行した。
洗濯カゴに靴下を放り投げ、セーターもついでにと脱いでしまう。
「スージィ! 着替え用意するからお風呂先に入って!」
聞こえるように大きめの声でそう伝えると「わーったぁ!」と返ってきた。
玄関のドアを開け外に向かってシャツの水を絞ったスージィはぐっしょりと重いジーンズの裾を指でつまみながらのそのそと脱衣所に入ってくる
「ちょっと待ってね」とクリスは急いで2階に上がり兄の引き出しから上下の服を引っ張り出してまた脱衣所へと戻ると、スージィはリンゴのシャンプーを手にして長い舌を伸ばしていた。
クリスの呆れた顔におずおずとシャンプーを棚に戻す。
「ちょっと……また舐めたの?」
「いんや、まだ。 ちぇっ、お前が来るのがあと5秒遅かったらなー!」
「何言ってんの。 今日は舐めちゃダメだからね」
「へーい」
服を渡し脱衣所を出る。
雨音はまだ強く、止む気配はない。
学校の後教会へ行く用事があると今朝トリエルから聞かされていた事を思い出し、冷蔵庫を開ける。
この天気だと帰りは遅くなるだろうから自分でパンケーキでも焼いてしまおう。
ーーー
「風呂サンキュー」
タオルでがしがしと髪を拭きながらスージィが出てきた。
キッチンに立つクリスに気づくと、興味深そうに近づき後ろから覗き込む。
銀ボウルには混ぜられた生地が入っており、これからちょうど焼くタイミングのようだ。
と、その時「くしゅんっ」と小さくクリスがくしゃみをした。
慌てて自分が使っていたタオルで濡れたままのリンゴ頭を拭いてやるとまたくしゃみが出る。
「あー…悪ぃ、オレが先に風呂入っちまったからだいぶ体冷えちまったよな」
「ううん、これぐらい平気」
そうは言うもののモンスターと違い、か弱いニンゲンの体のクリスはこのままだとすぐに風邪を引いてしまうかもしれない。
スージィは銀ボウルをちらりと見る。
「これ、あとは焼くだけだよな? じゃあオレがやっといてやるからお前は風呂入ってこいよ」
「え"……、出来る?」
「んだと!? バカにしてんのか!!焼くぐらい出来るっての!! いいからさっさと入ってこい!!!」
振りかぶった拳を避け、慌てて脱衣所へと逃げた。
服を脱ぎながら耳を澄ましてみると鼻歌と生地の焼ける音が聞こえる。
とりあえずは大丈夫そうだ。
浴槽に入りシャワーを浴びて冷え切った体を温めた。
「ワァ、ヨク焼ケテテ オイシソー」
皿の上に積まれた真っ黒のタワーを眺めてクリスは感情を殺した。
「思ってねーくせにウソつくな!! 文句あんなら食わせてやんねー!!」
「あ! た、食べます食べます!」
回収されそうな皿を慌てて掴んで自分の元へと戻す。
スージィが焼いてくれた貴重なパンケーキを食べ損ねるなんて絶対に嫌だ。
椅子に座りナイフとフォークを使って一口食べる。
中はちゃんと火が通っており、苦味はあるが思ってたより美味しい。 焼いた本人もばくばくと頬張っていた。
「ありがとう、スージィ。 本当に美味しいよ」
「あ? ……ふん、オレは焼いただけだから味は何も手加えてねーよ」
「また食べさせてね」
「へっ、今度は完璧に焼いてやる!」
その後も楽しく会話をしながら食べ進め、皿の上が空になる頃には外は真っ暗になっていた。
雨はまだ強く振り付けている。
時間も遅くなり、雨が降っている中帰らせるわけにはいかないのでスージィに泊まるように伝えると嬉しそうにガッツポーズをした。
2人並んでソファに座りテレビゲームをしていると外からゴロゴロ…と音が聞こえてきた。
思わず画面内の車を走らせる手を止め、お互い目を合わせる。
「……なんだよ、お前雷怖ぇの?」
「……そういうキミだって怖いんじゃないの?」
「……」
「……」
無言でまた画面に視線を移し、車を走らせる。
しかしその間も雷の音は聞こえ続け、ゲームに集中出来なくなった2人は同時にコントロールを置いた。
特に会話はなかったがどちらからともなく2階へと向かい、壁に背をつける姿勢でクリスのベッドの上でぴったり肩を寄せ合って座る。
いつもなら「近ぇ!!」と怒るスージィだが今日は特別らしい。
「……トリエルさん帰って来れんのかな」
「うーん……車だから大丈夫だとは思うけど…」
そんな会話をしつつ視線は窓から離れない。
ーーと、その時空が一瞬明るく光り、部屋がびりりと揺れる程の大きな音が2人を襲った。
突然の雷鳴にお互い抱きしめ合った状態で固まる。
「や、やっぱりお前怖ぇんじゃねーか!!」
「怖いに決まってるだろ! スージィも本当は怖いんじゃん…!」
「オレはデケェ音にちょっと驚いただけだ…!!」
抱きつきながら騒がしく言い合っているとまた轟音が鳴り響いた。
「うわっ!?」「わぁ!?」と同じタイミングで声を上げてしまい、視線を重ねてつい吹き出す。
肩を震わせながら涙が出るほどゲラゲラと大笑いした。
「は、腹痛ぇ…! クリスお前ビビり過ぎだろ…!」
「あははっ! そっちこそすごい顔で驚いてたよ…!」
目尻に溜まった涙を拭い呼吸を整える。
クリスもスージィも、さっきまでの緊張感や不安が嘘のように今はとても気が楽になっていた。
組んだ腕を枕にしてごろんと寝転んだスージィを見て、クリスもそれに続く。
「はー……やっぱお前が居ると面白ぇや」
「ふふ、オレも。 スージィとなら何でも楽しいよ」
顔を見合わせるとくつくつと笑い合う。
空はまだ鳴り続けていたが2人が恐れる事はなくなっていた。