***
「よっ!」
湖に向かって石を投げ込む。
しかし音を立てて水中へと潜り込んでしまい、水面を飛び跳ねることはなかった。
隣から笑いを含んだ声で「0回」とカウントするクリスにフン!と鼻を鳴らし、足元に転がっていた石を拾い上げて再度チャレンジしてみる。 ………今度は耐え切れなかった笑い声が聞こえた。
やれやれと諦めてその場に座り込むとクリスも続けて座った。
「お前もやれよ」と肘で小突くと「まだその時期じゃない」と首を横に振られた。ただの"みずうみきり"に時期もクソもないだろ。
とはいえ本人にやる気が無いなら仕方ない。
風で揺れる葉音や鳥の囀りをBGMに湖をただ眺める。
静かでゆったりとした時間。
昔の自分なら退屈で仕方がなかっただろうが今は違う。隣に座る存在のおかげでこの時間も良いものだと知る事が出来た。
小っ恥ずかしいので死んでも言ってやらないが。
ーーところで、
「さっきからじろじろとなんだよ!! 黙っててもこっち見てるの分かるんだからな!?」
「あぁ、ごめん。 何か考え事してそうな顔してたから」
いつまでもうるさい視線に我慢ならず吠えると全く悪びれた様子のない態度の謝罪が返ってきた。
一発ぶん殴ってやろうかとも思ったが、いい事を思いついた。
「クリス、両手上げろ」
「はぁ? ヤダ。 絶対何か企んでるでしょ」
じとりと睨まれるが諦めるもんか。
「いいから、ほら」と急かすとクリスは疑いの目をこちらに向けながら、かなり渋々だが言われた通りにそうっと両手を頭の位置まで上げた。
そしてガラ空きになった脇部分にすかさず自分の手を突っ込みこちょこちょ爪でくすぐると、クリスは「ひっ、!」と声を漏らしたかと思えばすぐに体を捩らせながら大笑いし始めた。
ここまで笑うところを見るのは初めてなので気を良くして次は脇腹部分をくすぐる。
「あはははっ! も、無理…ッ! スト、ストップ…!! っふ、ははは!」
「どうだ! 参ったか!?」
「ま、参った参った…! オレの負けでいいからぁ!」
降参したようなので満足してやっと解放してやると力が抜け切ったクリスは地面にふらりと倒れ込んだ。
これぐらいでだらしねーな、なんて少しバカにしながら顔を覗き込んでみると、上気した頬に涙でゆらめく赤い瞳…そして肩が上下する程乱れた呼吸につい、こう…なんというか。つまり、そういう気分になってしまったのだ。
笑い疲れてぼうっとした頭のクリスの頬に手を添える。
長い髪がカーテンのように垂れ、お互いの顔しか目に映らない。
まるで2人だけが世界から隔離されたみたいに。
ゆっくりと顔を近づけると、クリスもそれに応えるかのように瞼を閉じた。