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    ym‧̫

    負けても大事

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    ym‧̫

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    3年前の6月に書いていた文章。
    今はまた違うところに住んでる。夏が来るのに燕の姿と蛙の鳴き声がないのが変な感じで、ちょっとさみしい。

     この季節は本当にいつ外に出ても良い匂いがする。今住んでいるところは海の匂いや川の匂い、草や土の匂いを感じやすい。夜には道の周りの田んぼに蛙の鳴き声が響いている。窓を開けると涼しい風と、夜の空に響く蛙の鳴き声が部屋に入ってきて、生き物の気配に満ちた自然の中に包まれているみたいになる。

     以前住んでいたところは丘陵地にある比較的新しい街で、歩いて数分のところに緑道や公園もあった。緑道の周りには樹々が茂って、水路や池にはカモが泳いでいて、気持ちの良い場所だった。
     あの街で生活していて、私は人が作ったジオラマの中で過ごしている感覚を最後まで拭えなかった。家の周りの道と緑道はつながっているのに、私の身体は、家の周りや駅の周辺と、緑道や公園とを、綺麗に分けて体感していた。明確な仕切りや境界は無いのに、不思議だ。
     それは私にとってずっと小さな不満だったけど、面白さでもあった。私にとってのそういう街で、ずっと過ごして生きてきた人達と一緒に生活するのは結構楽しかった。そういう街がある。そういう生活がある。そういう暮らしの中で生きてきた、私にとって活気ある人や、意地悪な人や、尊敬する人や、軽蔑する人がいた。私も同じジオラマの街の中で活き活きと生活してみたり、疲れ切って無為に過ごしたりした。

     今住んでいる町は、空間が分かれている感じがしない。家と水路と道端の草木と、古い道と新しい道の境目がぐちゃぐちゃしている。ところどころ殺風景で、隙間や継接ぎがたくさんあって、町のどこにいても空が全部つながっている。風が強いので、常に風が町の中を駆け巡っている感じがする。時々潮の香りが混じる。鳥が沢山飛んでいる。家のすぐ傍の小さな川の周りを、無数のツバメがVの字に急下降と急上昇を繰り返しているのを見る。窓を開けると色んな種類の鳥の鳴き声が聴こえる。ここで暮らす人の話し方がある。

     私は今住んでいる町の方が好きだと思う。
     だけど前に住んでいた街の、あの駅までの道路や、立ち並ぶマンションの間から見た紫色の空や、夜の丘陵地の少し寂しい景色や、地下鉄のにおいや、明るい照明の中でぎゅうぎゅうに行き交うあの人混みをふと思い出すと恋しい。あの街にしかない道路の無機質さが、あの街にしかない人混みの煩わしさが、あの街にしかない寂しさがあった。私はそれらを好きじゃなかったけど、好きだったのだ。
     
     
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