(仮)お江戸でパラディその5 判治はナリは男なわけだから裾が翻るのも構わず大股ですたすた歩く。ふくらはぎが時たま白く光るのを目に捉えながら利葉偉はずっとついていく。そうやって二人はどんどん歩いて隅田川も渡り、本所の外れの方まで来てしまった。
「おい、お前の住処はこの辺りなのか?」いい加減痺れを切らした利葉偉が問うと判治は「いんや?端から寝ぐらが割れてもねぇ」などとのんびり返す。
(チッ)
利葉偉は思わず横を向いて舌打ちをした。今更どうにもならないがただ小娘の後について歩いてきてしまった。困ったことにここにきても特に何の算段もついていない。
(こんなに歩いちゃ、不忍だって行けたじゃねぇか……)
利葉偉のいらつきを宥めるように判治が続ける。
「この辺の景色が平たくて見通しも良くって好きなのさ。それに気に入りの茶屋があるんだ」そういうと眼前に見えた茶屋に小走りで走っていく。
「女将さん、お団子ひとつね。あとお茶!」
「へい。そちらさんは?」
二人に見返されて利葉偉はヤケになって言った。
「冷やをいっぱい」
「へい」
「おーおーまだ日も高いのに」
「うるせぇ」誰のせいだ、と口に出すのはやめにして利葉偉は判治の隣に腰掛ける。
「何で男の形(なり)をしてるんだ?」利葉偉は一番聞きたいことをまず聞いた。酒は手元に来たなり飲み干した。
「んーそれがいろいろ都合がいいから、かな?」
「盗賊やるのにか?」確かに女ではいろいろ舐められることもあるだろう。上背もあるからちょうど良い。しかし押し入りにわざわざ女姿で行くのだ、こいつは。
「筋が遠らねぇな」言った利葉偉をそうだよね、とでも言うように見て判治が応える。
「私はさらわれ子なんだ。今の親方の縄張り争いの時の出入りでね、相手をやっつけたはいいが、攫われほやほやのあたしが残されたわけ。どこから攫って来たか聞こうにももう相手は御陀仏さ。それで親方が代わりに育ててくれたんだ。仲間には内緒にしてね。物心ついてから親方の稼業を手伝い出したんだけど、仲間ってもひょうっと変な気を起こしたら、ってんで男のフリすることになったんだ。幸い背も伸びたし、声もなかなか低いしね」
とんだお人好しの盗賊だな、と思いながら利葉偉は返した。
「よく仲間にバレなかったな」
「いつも一緒にいるわけじゃないしね。何か事だ、となったら集まる仲間さ」
「じゃあ女のフリするのは何でだ」確かに女と男の組み合わせなら警戒心は抱かせにくい。しかしそれだけとも思えない。腑に落ちぬ顔をした利葉偉を判治は寂しそうに見返した。
「あの振袖……」
「あ?」
「いつも女の格好をするとき着るあの振袖、攫われた時のものなんだ。結構上物でさ、生まれた私のために誂えてくれたんだろね。そういう特別な品だったらさ、見たらわかるかなと思って」組み伏せた時来ていた鮮やかな赤い着物、風に舞う絹地の着物を利葉偉は思い出す。赤地に吉祥紋、束ね熨斗に松竹梅、宝船の柄。娘の誕生と、無事に成長することを願って思いを込めて作られた祝いの品だろう。
「つまりあれか?生まれたばかりの娘に絹地の振袖を用意してやりそうなそこそこの店を狙って押し入って、あわよくば着物の柄に誰かが気付いて身内のものが見つからないか、ってんで盗賊をやってんのか?」
利葉偉に改めて言われて判治は気恥ずかしくなり、頬を染めた。
「ま、まあそうだね、それに違いない」
利葉偉は黙って判治を見つめた。
(なんて健気だ。泣かせやがる)
視線に居た堪れなくなって判治は勢いよく立ち上がった。
「もう行こうか。利葉偉、払っておくれよ」
「は?」
「お金もってないもの」
「お前、さっき二両ほどせしめてたじゃねえか」
「ああ、あれはさっきの子に渡しちゃったよ」
「しのぎをまるまる撥ねられたのか?やつは仲間じゃないのか」
「そんなんじゃないよ。仔丹伊は小石川の子だ」
小石川。幕府が設けた施薬院があるところである。医者にかかれない貧民の世話をするところだが孤児を預かってもいる。
(義賊、ってのはほんとらしいな)
弁天小僧は大店狙い、それも身代が傾くほどはぶんどらず、貧民街でばら撒いたり、救護院に付け届けたりするともっぱらの評判だ。
「だから、ね?」
邪気のない笑顔でそう言われて利葉偉は巾着を取り出し勘定を払った。どうもいい様に振り回されている。ため息をつき、しばらく膝に手を置いて何か思案していたがやがて立ち上がって判治の後を追った。
(続く)