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    11_mgmgmsymsy

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    11_mgmgmsymsy

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    ユキモモの「風が美しかったから」でボツにしたやつ見つけて、けっこう好きだったところなので上げました。
    最初は千さんの一人称で書こうとして、上手くいかずに千さんと百くんで視点替えつつ進めたら、これ書いてたのすっかり忘れてました

     都会の鳩が、ばらまいたパンくずをつっついていた。頭と尻尾はだいたい黒くて、背中と腹は白っぽいやつだ。公園の白砂の上を、ちょんちょんと歩きながら、ほのかに輝く翠の首筋を小刻みに揺らしている。
     罪なき瞳をしている。

    「ミザリーって映画、知ってる?」
    「……いいえ」

     平日の、朝にしては遅く、昼には早い時間だった。水曜日だ。いや、木曜日か。今となっては土日も平日も代わり映えせず、僕は前後不覚のまま、火曜日だったらいいのにな、と思っている。朝起きて一日戻っていたら、もしかしたらあの日に戻れるかもしれないでしょう。
     ひとつまみ、また、パンをちぎって転がす。紫色のあんが少しついたそれには、だれも食いつかない。
     ベンチに座った、隣の気配がみじろぐ。僕は続きを口にする。

    「狂ったファンに監禁される小説家の話。新作の結末が納得いかないから、自分のために別の結末を書けって脅迫されるんだ。作家は雪山で、車の事故をして重症を負って、ベットで寝たきり。自分を助けてくれた、ファンで看護師の女に介護してもらわないとご飯も食べられないし、その女にさんざん痛めつけられても抵抗できないから、結局書くことになるんだけど」
    「……ホラー、ですか?」
    「うん。なかなか面白かった」

     万の家で、部屋を暗くしてそれを眺めた。どっちが借りたのか覚えていないが、悪夢みたいなあらすじを知って、怖いもの見たさでデッキにディスクを差し込んだのはたしかだ。
     万は冒頭から悪い予感を察知したのか顔色が悪かった。新作の原稿を届けようと吹雪の中、車を走らせた主人公に「やめとけよ……」と言っていたし、案の定、事故になれば「ほらぁ」と溜息をついた。
     ほどよくわかりやすいフラグは、見る人の心にじわじわと不安を育てる。ホラーやサスペンスでは効果てきめんだ。助けてくれた女性と主人公のあたたかなやり取りに緊張を緩められるが、しかしちょっとしたところで女性の情緒不安定さや、作家への偏愛がにじむ。ちょっとこの女やばくないか、と思い始めるとぞわぞわが止まらない。女が作家の世話をするたびに、作家の体に触れるたびに、身構えることになる。
     万はすっかり脚本や演出に踊らされていたし、僕もまあ、怖かったかもしれない。

    「……ちょっとね、思い出したんだ。似てる気がして」
    「似てる?」
    「うん。映画の中でね、作家が小説を書くことを拒むと、女は作家の足を折ったんだ。せっかく、ずっと介護してて治りかけてたのに」

     ファンの女性が作家の足を折ったところで、万は、ゴがつくアレを見たときに劣らない悲鳴を上げた。あれはストーリーそのものより、女優の演技に怯えていたように思える。おもしろかった。
     僕はというと、足の曲がり方がいかにも作り物らしいな、とかぼんやり思っていた。けど、
    「愛しているわ」
     女が、陶酔した顔で囁いたとき、また別の女の声が耳の奥で鳴った。
     ――だって、ユキが大好きなんだもん。なんでもしてあげる。
     ――クソガキ。こいつ殺してよ!
     
     ……「好き」は遠い。
     扱いかねる。好き勝手にぶつけられる。振り回されて、つかれる。よくわからない。

    「……モモくんも、僕の足、折っちゃう?」

     くつくつ、喉を鳴らす。近頃は、こういう風に誰かを嘲るためにしか、笑わなくなった。
     おかしい……。
     ちょっと前まではステージの上できらきらした衣装着て、軽々しくファンサなんてしてた。笑顔も振りまいた。ステージの下で見上げる無垢な瞳たちの、喜ぶ顔が見たかった。だから踊った。
     遠いよ。色んなこと、終わっちゃったから。

    「……でも、僕の場合、足を折るんじゃだめだよね。踊れなくなっちゃうし。モモくんは僕に歌ってほしいんだものね。別の方法で、脅さなくちゃ」
    「……」
    「ねえ、怒っても良いんだよ」

     怒って、二度とこなければいい。
     クソ野郎。もう知らない。死ね。なんなんだこいつ。
     そう言い捨てて、君も居なくなったらいい。僕の前から歩き去って、その先にはたくさんの元ファンがいるだろうから。きっと彼らが好きな別のアーティストを、好きになれるだろう。嗜好も似てるはずだ。うまくいくよ。きっと楽しい夢を見せてくれる。
     解散なんて珍しいことじゃないんだ。インディーズならなおさら。毎日、新しいグループが生まれては消えてる。
     こうやって、いちアーティストにこだわって、何度も食い下がってくるほうがおかしいんだよ。

     答えはない。

    「僕はね、きみが怖いよ」
    「……」
    「ねえ、なんでそこまでするの。ほっといてよ。君だけだよ、しつこくつきまとってくるの。
     Re:valeは終わった。万はいなくなった。僕は歌わない。
     何度頭下げられたって頼まれたって、変わらないよ」

     いくら願っても、僕があの事故の日に戻れないように。万がいなくなる前に戻れないように。
     空になったあんパンのビニルをくしゃくしゃにする。おみやげだった。隣の彼は、コンビニの袋を横に揺らしながらやってくる。僕がちゃんと生きてるか確かめにやってきて、ついでに食事をとらせたり、外に連れ出したりする。
     前を向かせようとする彼が、憎らしかった。

    「100回頼まれたって、1000回頼まれたって、うなずかない」

     芝居の悪役になったような気持ちで、歌うようにそう言う。

    「よかった。1001回目はチャンスあるんですね」

     ………。

    「1万回になってもオレは来ます!」頑張るぞー、と視界の隅で彼が拳を握るのが見えた。
    「……君はおかしい」
    「そうですか? でもオレ、本気でユキさんに音楽やめてほしくないんです」

     だから諦めません。できれば100回より早く、続けるって言ってくれるとうれしいなあ。
     内緒話をするように、彼は耳元に囁きかけてくる。見まいと決めていたのに、つい顔を向けてしまう。
     
    「オレと組んでください」

     笑ってると思っていた。けど、真剣に見上げる赤い瞳とぶつかって、また胸の中に苦いものが広がる。
     変わってない。
     家に押しかけて、あるいは街で捕まえて人目も気にせずバカでかい声で「歌やめないでください! Re:vale続けてください!」と頭を下げてきたときと同じだ。怒って、泣いて。かと思えば、こんな風に穏やかに頼み込んでくる。僕の話に耳を傾ける。なじっても怒らない。でもずっと、顔は言っている。
     やめるなんて、ゆるさない。
     澄んだ血潮の色をした虹彩、青っぽい濡れた白目。透ける血管が見えるほど近い。肌を切るような風が、黒い癖っ毛をわずかにそよがせる。パーカーからのぞく手首や首筋が寒々しい。
     3月。冬の支配はまだ続く。こんな季節じゃ、わざわざ公園にやってきて食事を摂る会社員も、遊ぶ子供も居ない。最近は遊具も取っ払われ始めている。危ないから。ジャングルジムも砂場も。子供も減って、意味がないから。ゲームとかスマホとか、遊ぶものは他にもあるから。他のもので補えたり、もっと便利なものがあればアナログなものは捨て去られる。音楽だってネットで聞ける。生のライブに行くまでの情熱がある人は少ない。アイドルはたくさんいる。繰り返しやってくる流行りに見初められたやつが売れる。
     なのになんで、僕なの?
     ずっと、問いたかった。気持ちが膨れ上がって言葉にしそうになるたびに、喉がカラカラになる。
     大学生だって言うけど中学生みたいな見た目の子。でも子供って、どんな夢も叶うみたいに強く信じていて、あんまりにも無垢に信じているから、ひょっとしたら魔法が使えるかもしれないって思わされるものだ。
     まるで、モモくんは――そんな魔法を、まだ無くしていないみたい。
     やめてくれ。
     
    「きみと話していると苦痛を感じる」

     前を向く。隣から布擦れの音。首を傾げたのだと、なんとなく分かった。

    「苦しいのは、オレがうるさいからですか? それとも、迷うからですか?」

     やめてくれ。すがりつくように、手の中のビニルをぎゅうぎゅうと握りしめる。
     隠せ。不機嫌な顔をしろ。じゃないと見透かされてしまう。

    「……よかった」

     ぽつん、と彼はつぶやく。それが耳に届くと、途端に悔しいような情けないような気分に襲われ、居ても経っても居られなくなった。衝動のまま、立ち上がる。あわれ食事中の鳩たちは怯えて、バサバサ羽音を立てて飛び去っていく。パンくずの残る砂の上をずんずん歩く。

    「あ、ユキさん!」
    「帰って。もう終わり。顔見たくない」
    「っ、明日! また来ます!」
    「こなくていい!」

     ぱたぱた、追いかける足音がついてくる。来るな! とまた叫べば、足音はひとつだけになる。

    「ユキさん、歌ってください! あんたはここで音楽やめちゃだめなんですよ。歌うために生きてるって感じじゃないですか。あんたに歌を捨てられるもんか! オレはあんたの歌が聞けなくなるなんて耐えられない! 歌ってほしいです! お願いします。辛くとも、苦しんでいても、歌をやめないでください。お願いします!」

     ダメ押しとばかりにモモくんは叫ぶ。やめてくれ。なんでそんなこと、できる。僕に必死になる。どうして。どうして彼は、

    「Re:valeがいいんです!」

     一瞬、足がもつれかけて、力強く地面を踏みしめる。ろくな生活してないから、最近はすぐ息が荒くなる。吐いた息が白い。白い蒸気の中に顔を突っ込んでしまって、目が潤む。そう、吐息のせいなんだ。瞼がこんなに熱いのも、喉が、胸が、引き絞られているように痛いのも。
     逃げるように、歩いた。ぐずぐずと鼻をすする。向かいから人間がやってくるたびに、顔をそらして。ポケットに手を突っ込む。こつんと指先に、硬い感触が当たる。缶コーヒーだった。モモくんが、カイロ代わりに買ってくれた。
     手をふかく差し込み、握りしめる。
     最初は持てないほど熱かったそれは、時間が経ってようやっと暖をとれる代物になった。
     モモくんも、そんな感じだ。
     あの子の「好き」は、僕を苛む。強すぎて、引き伸ばした袖で覆った手で恐る恐る触るしかない。しかも、その「好き」は出どころが分からない。なんでモモくんが、あんなに必死なのか意味不明で、そうさせる何かが自分にあるとは思えない。だから、いつ終わるかわからない。慣れっこなのに。みんな勝手に僕を好きになって、いつの間にか嫌ってる。スチールでできた缶コーヒーみたいに熱しやすいものは、そのぶんだけすぐに冷めてしまうものだ。
     もしモモくんがそうだったら、と思うと……。
     やはり、あの手はとれない。とって良いのかもわからない。
     さっさと、嫌うなら僕のことを嫌ってほしい。そのほうがマシだ。だから、ちゃんと冷たくしてるのに。希望を持たせないようにしようとしてるのに、上手く行かなくて。
     ……嫌われるって、こんなに難しかったっけ。
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    MOURNINGユキモモの「風が美しかったから」でボツにしたやつ見つけて、けっこう好きだったところなので上げました。
    最初は千さんの一人称で書こうとして、上手くいかずに千さんと百くんで視点替えつつ進めたら、これ書いてたのすっかり忘れてました
     都会の鳩が、ばらまいたパンくずをつっついていた。頭と尻尾はだいたい黒くて、背中と腹は白っぽいやつだ。公園の白砂の上を、ちょんちょんと歩きながら、ほのかに輝く翠の首筋を小刻みに揺らしている。
     罪なき瞳をしている。

    「ミザリーって映画、知ってる?」
    「……いいえ」

     平日の、朝にしては遅く、昼には早い時間だった。水曜日だ。いや、木曜日か。今となっては土日も平日も代わり映えせず、僕は前後不覚のまま、火曜日だったらいいのにな、と思っている。朝起きて一日戻っていたら、もしかしたらあの日に戻れるかもしれないでしょう。
     ひとつまみ、また、パンをちぎって転がす。紫色のあんが少しついたそれには、だれも食いつかない。
     ベンチに座った、隣の気配がみじろぐ。僕は続きを口にする。

    「狂ったファンに監禁される小説家の話。新作の結末が納得いかないから、自分のために別の結末を書けって脅迫されるんだ。作家は雪山で、車の事故をして重症を負って、ベットで寝たきり。自分を助けてくれた、ファンで看護師の女に介護してもらわないとご飯も食べられないし、その女にさんざん痛めつけられても抵抗できないから、結局書くことにな 4469

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