飲まれていない 今回は旅館で悪霊退治の仕事だった。芹沢に同行を頼もうと思っていたが、生憎その日は学校の友達と旅行の予定が入っていたらしく、急遽モブに連絡した。モブは本当に急だなと零したが引き受けてくれた。
仕事は滞りなく片付いた。依頼主である女将から大変感謝され、グレードの高い部屋が用意された。もちろん料金は旅館持ちだ。今座ってお茶を飲んでいる広い和室、奥にはデカいベッドがある洋室、景色の良い広縁、部屋付き露天風呂。こんなスイートルームには中々実費で泊まるのは難しい。部屋に通された瞬間、モブとふたりで荷物を取り落しそうになった。
早めに仕事が終わったため、のんびり露天風呂に浸かって部屋でごろごろしていた。モブは景色、洋室、風呂を見てひとつひとつに「すごい」と目を輝かせていた。大人になっても素直に感嘆を表せるモブは変わらず可愛いと思う。運ばれて来た豪華な夕食を目の前にして、また「すごい」と口を開けていた。
夕食には有名な銘柄の日本酒がついてきた。女将の厚意を無駄にしないよう口を付けた。なんだかくらくらする。酒が弱いのはもうどうにもならんのか俺。勿体ない。次いつ飲めるか分からんのに……。隣にいるモブは「日本酒……これが」とハッとした後、ちびちび舐めるように飲んでいる。話を聞くと、普段はビールやチューハイばかりで日本酒を飲んだのはこれが初めてだと言う。
「お前、初めて飲む日本酒が大吟醸だなんて羨ましいヤツだな。日本酒は酔いが回りやすいから少しずつ飲むんだぞ」
「はい。えへへ、今までにない位大人の味がしますね」
お猪口を得意げに掲げたモブはキリッとした顔をしていた。
膳が下げられた後、広縁で開け放った窓からぼんやり景色を眺めながら、ちらりと横目でモブを盗み見る。少し酔ったモブの頬は高潮していて着崩れた浴衣から鎖骨が覗く。
どうしても今欲しい、と思った。
今思えばどうかしていたんだと思うが。
「なあ、モブ」
肩からゆっくり浴衣を肌蹴させる。夜風が火照った肌に気持ち良い。景色を見ていたモブが俺に焦点を合わせて目を見開く。
「えっち、しよ」
小首を傾げて誘うと、モブは無言で窓とカーテンを閉めた。はは、一発OKかよ。酔った俺の攻撃力すげえ。
実は俺は酔っていない。
素面で酔った振りをしている。豪華な部屋、食事、久し振りに弟子と会ったことでテンションが上がっていたのだ。普段の自分では絶対に言うことのない台詞だ。
「……アンタ、さっきは駄目だって言ってたじゃないか」
モブは溜息を吐きながら俺を和室に連れていく。モブの言う「さっき」とは二人で露天風呂に入っていた時だ。
「だってまだ昼だっただろ。外だし」
「そんな事気にしてたんですか」
「それに、ん、お湯が中に入るの嫌だし」
和室に敷かれた布団は見た目以上にふかふかで柔らかかった。身体を下ろされモブが伸し掛かってくる。モブ越しに洋室のベッドに視線をやると、あっちがいいんですかと聞かれた。確かにベッドの弾力を確かめたくはあったが、首を横に振った。
「いや、ここでいい」
糊の効いたシーツのひんやりした感触が、気持ち良い。
「それよりも電気、消してくれよ」
「……いいんですね?」
ベッドから視線をモブにやる。逆光になっていて表情が窺えないが、何かを見透かされているような気持ちになる。ボロが出る前に口を塞いでしまおう。許可の代わりにモブを引き寄せて続きを強請った。リモコンの小さな電子音と共に部屋が暗くなる。
何度か角度を変えて唇を合わせてから、モブの舌が性急に滑り込んでくる。いつもより体温が高く感じるのは酒を飲んだからだろうか。口蓋から舌の裏側まで無遠慮に撫でられ、思わず声が出てしまう。
「あ、ふ」
「ししょ、」
舌を擦り合わせながら、モブから流れ込んでくる唾液を飲み込むがやけに大きく聞こえた。浴衣の合わせ目から滑り込んできたモブの手が容易に浴衣を剥いでいく。脇腹を撫で上げられ胸を弄られる。
「ッあ」
思い出したように快感を拾っていく自分の身体に、最後にモブとしたのいつだったかと思いを巡らせ、そう言えば久し振りだったことに気付いた。モブの仕事が繁忙期に入ってから連絡を取るのを控えていたが、ようやく落ち着いたとモブから先週連絡が入り、今回の件を依頼するに至る。
「いっ」
「上の空ですか。自分から誘っておいて」
「……ぁ、ん」
非難するように乳首を抓られ、俺に見せ付けるようにゆっくりと舌を這わせる。俺から目を離さず、じゅるじゅるとわざと音を立てて吸われる。暗闇でも分かるモブの瞳。俺を観察する視線にぞくりと肌が粟立つ。
「……師匠は、余裕なんですね」
モブは腹辺りに申し訳程度に結ばれていた帯を煩わしそうに解いて、胸から臍まで舌で辿る。背筋に快感が駆け上っていく。ちゅっちゅっと腹を吸われる拍子に身体が悦びで勝手に跳ね、声が溢れるのを必死で押し止める。
「っ、は、ぅ」
「僕はやっとアンタに触れられて、何も考える余裕がないのに……」
いつもの癖で声を噛み殺していたが、そう言えばと思い直した。我慢しなくてもいいんだった。だって俺今酔っ払っているんだし。何を言ってもいい。足をモブの腰に絡めてモブを引き寄せた。あう、と気の抜けた声がモブから発せられる。
「お前だけがしたかったと思うなよ」
余裕なんかねえよ。
「なんで酔った振りしていたんですか?」
朝風呂に入ろうか悩んで朝のテレビ番組をボーッと流し見ていたら、布団に包まったモブから不思議そうに尋ねられた。一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「なんて?」
「あの、酔っ払ってる師匠、あれ位じゃないです。酔っている時自分がどんな状態か知らないでしょ?」
全然違います、とモブは真顔で言った。
「はっ、え」
待ってくれ、理解が追い付かない。
「途中で言おうかと思ったんですが、そういう気分の時もあるのかと思ってやめたんです。昨日の師匠、とても新鮮で可愛かったです。あの……また是非やってください」
「……もうやんねーよ」
残念ながら酔っていなかったので、昨夜の痴態はしっかりと記憶に残っていて死にたくなった。そう言えば最中にモブが何か言いたげな視線を何度か投げていたような気がする。
我ながら何故酔った振りをしたのか、したかったのなら普通に誘えば良かったのに。ただテンションが上がって魔が差したとしか言えない。馬鹿か。布団に埋めた顔が熱い。
「……風呂入ってくる」
「あ、僕も行きます……うわ、顔赤い」
「お前、この! 気付いてたんなら言えよ」
「え……何か作戦があるのかと思って……もしかして何にも無かったんですか」
「さーて、朝風呂しっかり堪能するぞ、モブ!」
「誤魔化さないでください、師匠」