ホワイトデーに1日ベタベタ甘える澄7:30 a.m.
聞き慣れたアラームが耳に届き、藍曦臣が手を伸ばしてそれを止める。時刻を確認すると7時30分で、いつもよりだいぶゆっくりとした起床だ。
「江澄、おはよう」
腕のなかにいる江澄を優しく起こす。いやいやと、グズる子のように藍曦臣の胸に顔を埋めたまま返事をする江澄を可愛いなと思う。普段の様子とは全く異なる、オフ状態の江澄を心置きなくみられるのは自分だけの特権だと信じている。
「……バレンタインには俺をあげたから、ホワイトデーにはあなたをよこせ」
耳元を赤くしながら伝えてくる江澄に心の中で拍手しながら「いいよ」と答える。こうもあからさまな甘え方は珍しく、何か罠だとしても掛かってもいいと思うぐらいには骨抜きにされている。
「朝ご飯にしようか。フレンチトーストにしようと思って仕込んであるんだけど」
「寝る前にゴソゴソしてたのはそれか」
空腹には勝てないのか、江澄がもそもそと動き始めたのを確認して藍曦臣も起き上がる。サイドテーブルにあるカーディガンを羽織り、色違いのそれを江澄にも着せる。
江澄が自分で立てるのはわかるが、手を握り腰を支えてリビングのソファへ誘導する。ブランケットを掛け、おでこにキスを落とすと藍曦臣はキッチンへ向かった。
8:00 a.m.
「できたよ」
トレーにはコーヒーと焼きたてのフレンチトーストが乗っていた。すぐに食べてしまうのに、ミントの葉を添えるのが藍曦臣らしい。
漂う甘さと香ばしさに江澄の空腹が刺激され、瞳が輝いていく。たっぷりのシロップのかかったフレンチトーストは、藍曦臣により江澄の口に運ばれ、あっという間に胃の中へ消えていった。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
片付けぐらいは……と立ち上がった江澄を制し、藍曦臣はテキパキと片付けを終え隣へ戻ってきた。
9:00 a.m.
大きめのブランケットに包まれ、隣に藍曦臣がいる。ソファで並びながら適当に映画を流すけれど、内容は頭に入ってこない。江澄は気まぐれに寄りかかってみたり、姿勢を崩して膝枕をさせてみたりと、どこかしらが触れているようにした。
そんな時間も悪くはなかったが、正直なところ飽きてしまった。さあどうするか、と身体を起こして藍曦臣の太ももを跨ぎ、正面から抱きついてみた。
藍曦臣は口元に笑みを浮かべながら江澄の好きにさせつつ、優しく腰を抱いた。視線が合えば笑い合い、額や頬、笑みを浮かべる口元にも唇を落としていく。
そのうちにエンドロールを迎えた映画はBGMにもなれなかった。
12:00 p.m.
「フルーツでも食べる?」
「食べてばっかりだな」
とは言いつつもソファで大人しく待っていることを決めた江澄の態度に笑いつつ、藍曦臣は本日の拠点の一つであるキッチンに戻る。
いちごやオレンジ、メロン、ブドウと今は季節に関係なく大体の果物は手に入る。一口大にカットして江澄の元へ運ぶ。可愛く盛り合わせると言うよりも、しっかりと山盛りにされた果物たちは今か今かと出番を待っていた。
「お待たせ」
山盛りの果物たちを見て江澄は笑い出したが、まあ食べ切れる自信はあった。
黙々と口元に運ばれる果物を咀嚼していたが、ふと思いついたように運ばれたブドウを咥えたまま藍曦臣に「ん!」と自分の顔ごと差し出した。
意図を理解した藍曦臣は、江澄から目を逸らさずに差し出されたブドウを半分噛みちぎった。そして「甘いね」と返されると返されると満足そうな表情をしていた。
14:00 p.m.
ソファに腰掛けているのにも飽き、上半身を思い切り伸ばした江澄に藍曦臣は横になるよう声を掛けた。
座っているこのソファはソファベッドにもなるため、足元を段階的に上げてセットしていく。
「どこがお辛いですか、お客様?」
「……ぼったくりじゃないだろうな?」
江澄が冗談を言っていられるのもこの時までだった。
「ちょ、痛っ!? 待て待て待て」
「肩甲骨周りがとても硬いですねー」
優しい声色とは裏腹な割とガチめなマッサージを受けて、江澄は痛すぎて次第に笑いが出てきたようだった。
しばらくして藍曦臣が手を留める。息を乱しながらも「終わったか?」と声を掛けるが「まだだよ」と身体を仰向けにされた。
「股関節は柔らかいですね」
「ダレカサンノオカゲデスネ」
脚を抱えられ手伝うようにストレッチをされる。たまにまあ、何かを連想させるような体勢になるが、ガッツリとストレッチをされるのもたまには良い。普段意識していない部分がわかり、筋肉が伸びると心地よいのは確かだ。
江澄へのマッサージを終えて、藍曦臣も軽く自分のストレッチをする。いそいそと寝室へと消えた藍曦臣を江澄が目で追っていると、大きめのブランケットを持って帰ってくる。
「少し寝ようか」
お昼寝タイムらしい。解されて温まった身体をブランケットに包み、思いのほか早く訪れた睡魔に2人して身を委ねた。
18:00 p.m.
多くのキッチンに成人男性が2人いれば狭く感じるが、広めのキッチンとバスルームを重視したこのマンションの一室は、それを全く感じさせない。
IHにセットした大きな蒸篭にはお取り寄せした冷凍の点心たちが入っている。蒸篭は使う頻度が低いので購入を見送っていたのだが、カタログギフトをもらった際に思い切って選んでみたがなかなか重宝している。
そろそろ蒸しあがりかと思い、ミトンを手に嵌めようとすると藍曦臣に止められる。運んでくれるらしい。江澄は素直に任せてテーブルのセッティングに回った。箸、小皿、調味料など、蒸篭を乗せる大皿用の鍋敷きもテーブルの中央に鎮座している。
「気をつけてね」
よいしょ、と蒸篭を乗せた大皿を軽々と運ぶ藍曦臣に礼を言い、江澄が蒸篭の蓋を外すと良い香りがリビングいっぱいに広がる。
辛子をつけたり、黒酢にしてみたり、何もつけなくても勿論美味しかった。
「取り寄せて正解だったな」
「冷凍も馬鹿にできないね」
次は別の点心セットを頼もうと食後に2人でサイトを見て回った。持ち帰りもいいが、お取り寄せもいい。
20:00 p.m.
「先にいただいたよ」
「ああ」
藍曦臣に先にシャワーを浴びてもらい、その間に江澄は湯上がり用のお茶を用意しておく。交代でシャワーを浴びてリビングに戻ると、ドライヤーを持った藍曦臣が待ち構えていた。
「いらっしゃいませ」
「またか」
口ではそう言いながらもソファに座り、大人しくドライヤーをかけられる。眠りを誘うような優しい手つきに身を委ねてしまいたいが、時間帯的にはまだ早い。
乾かし終えるとそのままスキンケアをされ、至れり尽くせりだ。肌タイプは異なるがブランドは同じなので、互いの肌から馴染んだ香りが漂う。
21:00 p.m.
夕飯も食べたしシャワーも浴びたし、歯磨きもした。横になるのはいいが、眠るには……
「ベッドルームへご案内しましょうか?」
「その設定は何なんだ」
先ほどの蒸篭ではないが、さっと抱きかかえられてしまい江澄の眉間に皺が寄る。
「重いだろうに」
「んー? これ以上痩せてしまわないかが心配かな」
男1人を抱えながら会話しているのに、息ひとつ乱さない藍曦臣に「人間か?」と頭の片隅で思う。
衝撃もなくベッドにゆっくりとおろされる。
「さて、どうするんだ?」
先程までの優しい手つきが妖しくなり、昼に丁寧に解された身体のラインをなぞる。ゆっくりと、だけど確かな目的を持った不埒な指が江澄の尻の狭間に辿り着く。
「……私が欲しいんだっけ?」
藍曦臣の首に腕を回し、グッと引き寄せる。
「そうだ。全部寄越せ」
+++ ホワイトデーに1日ベタベタ甘える澄 +++