ノイジー キバナという男は、ノイジーな奴である。
いつもは人当たりのいい笑顔を振り撒く表情が、バトルの時には一転し、狙った獲物を仕留める獣のごとく鋭利さと気迫を放つ。雑誌やメディア取材の時に紡がれるのは少し余所行きの声音、ファンの声援やファンサービスに応える時は嬉しそうに弾んだ声音、バトルの時は竜の咆哮にも似た声音。ポケスタの投稿は、いつでもキラキラと眩しい。
そんなキバナがおれに告白してきたのは、今し方の事。
もはや恒例となったバトルと、その後の食事を終え、ナックルシティの街並みを見渡しながらだらだらと歩きつつ、他愛もない雑談をしていた最中だった。突然キバナに腕を掴まれ、人気のない裏道へと連れ込まれた。石造りの建物に挟まれたそこは、しっとりと冷えた空気に包まれている。メインストリートに響く賑やかな喧噪が、やけに遠く感じる程の静寂。
「キバナ、いきなり何なんです? こんな所に連れ込むなんて」
「ん、ごめん。ネズに、どうしても言いたい事があって」
「はあ……。それは、ここでないとダメなんですか?」
「うん、そう。誰かに聞かれたら、ちょっとマズイかなって思って」
ヌメラ、もしくはワンパチに似たふにゃりとした笑みは、気恥ずかしそうだった。そんなキバナから、これから何を聞かされるのだろう。頭の片隅でぼんやり思っていた時、彼の唇から紡がれたのは、愛の告白だった。
「好きだよ、ネズ」
「……っ!?」
――キバナが、おれの事を、好き。
どくん、と心臓が高く震えた。数秒くらいだったが、息をする事すら忘れてしまった。
聞き間違いではないか、と疑ったが、おれを見つめるマリンブルーの瞳が、仄かな甘い熱にとろけている。緩んだ口元が幸せという形の弧を描いている。褐色の頬を彩る朱色が、やけにはっきりとしていた。
「オレさま、ネズの事が好きなんだ」
短い言葉の中にふんだんと詰め込まれた、キバナのまっすぐすぎる程のおれへの想いが、おれを射抜く。心臓ど真ん中目がけて放たれたそれをストレートに食らい、ライブやバトルの時とはえらく違うテンポで鼓動が跳ね上がっていた。おれは耳が良いから、それが奏でる音がひどく耳について仕方がない。耳を塞いでも、すごいみみせんを用いても、シャットアウトできない程の爆音だ。
「ネズ」
キバナがおれの名前を呼ぶ。ミツハニーのミツよりも甘ったるい声音。心臓の鼓動に乗せるかのように紡がれたそれを拾った耳が、くすぐったかった。ぼう、と湧き上がった熱が、おれの頬を朱色に染めていく。
その場に立ち尽くすようなままのおれに、キバナはそっと距離を詰めた。そして、彼は長い腕をおれの背中に回し、包み込むような力加減で抱きしめてきた。途端に感じる、彼の熱。やけに熱い。そして、おれの耳には、これでもかと言う程に甘く、とろけるような音を奏でる、彼の心臓の鼓動の音が否応なしに飛び込んでくる。おれのものと重なって、恋に溺れたセッションを、かき鳴らしていた。
「ねえ、ネズ。聞かせてよ、ネズの気持ち」
きゅっ、と僅かに腕の力が強まる。
「オレさまの事、好き?」
キバナの心臓が、緊張に揺らいで不安げな音を混ぜ合わせた。曲調が変わる。
おれを見つめるマリンブルーのとろけた瞳、おれの名前と愛を紡ぐ甘やかな響きを持つ声、おれに恋をして様々なテンポを奏でながら跳ねる鼓動の音。
全部全部、ノイジーだ。
「……お前ってほんと、うるせー奴ですね」
はぁ、とため息をついてみせれば、キバナの表情が雲行きを怪しくさせる。おれが放ったその言葉を、彼は良くない方向の意味で捉えてしまったらしい。おれは僅かにどんよりと沈みかけている彼のマリンブルーを覗き込み、おれへの愛を紡いだ形の良い唇を静かに奪い取った。
キバナの表情が一転、驚愕の色に塗り潰され、かと思えばすぐに幸せを溶かしたような甘い色で上書きされていく。触れた唇は案外柔らかくて、おれのものよりも少しばかり厚みがあった。じわりと伝う熱が、おれの心臓の鼓動をさらに煽り立てる。おもむろに唇を離すと、彼のものから熱を帯びた吐息がこぼれ落ち、おれのものにかかった。
「ネズ、今のってさ……オレさま、期待してもいいって事?」
キバナがおれをまっすぐに見つめる。幸せいっぱいに緩んだその表情はきらきらと眩しい。彼の鼓動はすっかり緊張したトーンなど解けていて、今はもう、それはそれは甘ったるくて弾むようなリズムをひっきりなしに奏でている。先程からずっと爆音を叩くおれの鼓動と重なり、なんともノイジーなセッションだった。
けれどなぜか、それが嫌ではなかった。そう思ってしまった。
「頭の良いお前ならわかるでしょう、キバナ。……おれにアンコールはないんで」
ふいっと視線を逸らしながら言えば、キバナはおれの体を愛おしげにきつく抱きしめてきた。「ネズー!!」と感極まったように弾んだ声が耳元で叫ばれ、鼓膜が痛い。おれはたまらず「しぇからしか!!」とうっかり出てしまった方言を荒げながら、彼の背中をバシンと叩いた。しかし彼は、そんな事など気にも留めず、おれを抱きすくめては耳元で愛を紡ぎ続ける。
「ネズ、ネズ、めっちゃ好きだよ!!」
本当に、キバナという男は、まっすぐすぎてノイジーな奴だ。バトルでも、恋でも。――ああ、おれも、厄介な奴を好きになってしまったものだ。
おれはやれやれといったように息をつき、薄い唇に弧を描きながら、ノイジーなキバナの体にそっと腕を回した。