打ち上げが終わり、私と北村さんは駅までの道を歩いていた。
「おや、こちらは北村さんが通われている大学ですよね?」
「そうだよー」
夜はとうに更けていたが、建物にはまだちらほらと明かりがついている。何をしているのでしょう。そう言えば、理系学部は遅くまで実験をしていると聞いたことがあるような。
「ちょっとだけ探検してみるー?」
「えっ?」
「校舎には入れないかもしれないけど、門は開いてるはずだよー」
北村さんはともかく、部外者の私は入構しても良いものでしょうか。しかし気になります。
「九郎先生、いつも大学の話を興味津々に聞いてるからー」
「……少しだけ、よろしいでしょうか?」
「うん、行こうかー」
私たちは裏口に回り、大学へ侵入した。楽器ケースを背負った三人組が入れ違いに出ていった。
北村さんが前を歩き、私はその斜め後ろをついて行く。
ここがサークル棟。いろいろなサークルの部室があるんだー。
こちらはまだ賑やかですね。
劇団サークルの発表が近いのかなー?
見ると、建物の脇で十数人が演技練習を行なっていた。くるくると踊りながら、立ち位置を変える。ミュージカル調の台詞も聞こえてくる。
私たちは、図書館棟へ教室棟へ食堂へと歩いた。サークル棟を過ぎると、どこにも人影は見当たらない。食堂は照明こそついていたが、鍵がかかっていてドアは動かなかった。
アルコールのせいか、一歩踏み出すたびに体がふわふわする。校舎の輪郭がぼやけて曖昧になり、夜の暗がりと混ざり合う。
「きたむらさん」
北村さんが振り向く。私は彼の手を握った。
「く、九郎先生」
「誰も、いませんから」
私が言うと、北村さんはしばし黙り込んだ。
「それじゃ、こっち来てよー」
彼は私の手を引き、建物と建物の間の小道へと進んで行く。柱の陰に隠れたところで止まり、私たちは向かい合った。
北村さんは私の肩を掴み、少し背伸びをした。唇がやんわりと重なる。彼が好んで飲む、甘いお酒の味がした。
「学校で隠れてキスするなんて、青春映画みたい」
そう言って照れたように微笑む。
私は上手い返しが思い浮かばず、今度は自分から彼にキスをした。
途端、まるでタイミングを見計らったように、構内の街灯が消えた。
薄闇の中、唇の感触だけが残った。