季語シリーズ⑧ 巣立鳥 駅で見かけた北村さんは、事務所とは反対口へ進んだ。
「北村さん!」
私が呼ぶと彼は振り向いた。
「あれ、九郎先生。大きな声出してどうしたのー?」
「そちらは事務所とは反対方向ですが……」
「ちょっと見たいものがあってねー。九郎先生も一緒に来てみるー?」
意味深長な口ぶりに興味をそそられ、私は北村さんについていくことにした。
事務所の反対口へ来たのは数度しかない。反対口はあまり栄えていなくて、特別用事がなければ事務所口だけで事足りるからだ。
地下構内からの階段を上り終えると、北村さんは立ち止まった。
「あの、一体何が……」
彼はそのまま黙って上を指差す。その先には、燕の巣があった。
「何と。こんなところに」
「この間見つけたんだー。ほら、ヒナがいるでしょー? いつ巣立ちするかなーってたまに見に来てるんだー」
ヒナたちがぴいぴいと鳴いていた。親鳥は不在らしく、順番に巣から身を乗り出してその帰りを待ちわびているようだった。
「ふふ、可愛らしいですね」
「かなり大きくなってきてるよねー。僕は見てるだけだけど、感慨深いものがあるよー」
北村さんは笑って言う。その様子に、私は彼についてまだまだ知らないことがたくさんあるのだと実感した。それなりに親交を深めてきたつもりではあったが、私が触れてきた面はほんの一部にすぎないのだ。
「北村さんはどういったきっかけで、この巣を見つけられたのですか?」
今更ながらに、北村さんのことをもっと知りたいと私は思った。