季語シリーズ⑫ 秋近し「今夜は、冷房要らないかなー」
「そうですね。冷たくて心地よい風が吹いています」
昼間は燦燦と太陽が照りつけていたのだけれど、夜になると一転して涼しい風が吹くようになった。息苦しい熱帯夜はどこへやら。今夜は文明の利器なしで朝まで眠れそうだ。
窓を開けたまま、布団を敷いて電気を消し、僕たちは横になった。部屋を閉め切ってエアコンをつけていた時期はその動作音しかしなかったが、今日は違う。通りを行く人の話し声が聞こえてくる。遠くて内容ははっきり聞き取れないが。話し声だけではない。リンリンと鳴く秋の虫、道路を自動車やバイクが走る音、時折風が吹いて木がさわさわと揺れる。
「九郎先生、まだ起きてるー?」
「ええ。眠気は来ていますが……」
普段より覇気のない、今にも眠ってしまいそうな声が帰ってきた。眠そうだしそっとしておくべきか、会話を続けるべきか迷ったけれど、「どうされました?」と続けて問われたので何か話すことにした。
しかし特段話したいことがあったわけではない。ただ、何と言うべきか……
「んー、こうやって冷房要らずで夜を過ごすのって、夏の終わりって感じがするでしょー? それで、ちょっともの悲しいなーと思っただけだよー」
「……わかります」
「九郎先生もー?」
「どうしてでしょうね。秋が近づくと、夏の終わりになると、もの悲しい気分になります」
「過ごしやすくなるのは大歓迎なんだけどねー」
秋近き心の寄るや四畳半。心の中でそらんじてみる。この部屋は四畳半じゃないけれど。
「秋近し」って本来なら秋が来るのが喜ばしいって意味だったっけ。今の僕はどう思っているんだろうと、自分自身に問いかけてみる。
同じ時に、同じ気持ちでいること。それって案外難しいことだから、今こんな会話を交わしたことってきっと幸福なんだろうと考えた。