季語シリーズ⑲ 夏衣 春の穏やかな陽気から転じて、今日から数日間は真夏日になるとの予報だった。私はしまっていた夏衣を出し、着ていくことにした。
木綿から麻へ。さらりとした手触りが心地良い。少し硬めの質感で、季節の移り変わりを実感する。
待ち合わせの場所へ行くと、今日は北村さんも夏の装いをされていた。
「すみません、お待たせしました」
「ちょうど来たところだから大丈夫だよー」
「あれ」と、北村さんは私をじっと見つめる。
「九郎先生。いつもと何か違うー?」
まさか気づかれるとは思っておらず、私は驚いた。
「実は、今日から夏衣にしたのです」
素材が違うのだと話すと、彼は納得したようだった。
「よくお気づきになりましたね。普段和服は着られていないのに」
「ふふ。着てはいないけど、見てはいるからねー。案外、着てる本人よりも目に入れてる時間は長かったりしてー」
「む、それもそうですね。癖は自分では気づきにくいとも言いますし」
「九郎先生の癖、教えてあげよっかー?」
「え、いつの間に……! 気恥ずかしいので今日はよしてください……」
「うーん、どうしようかなー」
北村さんはにまりと笑いながら言う。
「北村さん……」
口では咎めつつも、存外悪い気はしなかった。こそばゆさこそあれど、知っていてくれた見ていてくれたという確信に似た喜びがある。
私も、彼のことを彼以上に知っていたりするのかもしれない。そうであればいいなと私は思った。