看病ふ、と。突然意識が浮上した。
この感覚を知っている、目が覚めるときの感覚だ。
そうだ、わたしは寝ていたんだ。
ようやくそのことに気付いて、そっと目を開ければ――不機嫌そうな顔をした、青い髪に赤い目のサーヴァントと目が合った。
「お、はよう、ございます」
「……おはよーさん」
よく眠れたかよ、と。続いて出てきた言葉がわたしに届く。言葉はわたしの身を案じてくれているようだったけれど、そのニュアンスはどうにも怒っているそれだ。
そして私は、どうして自分が寝ているのか、ということに思い当たった。
「もしかして、倒れた?」
「ああ。これまた盛大に、な」
ああーー。これは、これはやってしまった。そうとしか思えない。
そうでなければ、目の前の男が綺麗な顔に青筋立てて引きつらせた笑みを浮かべるはずがない!
「それで。まずは反省の言葉を聞かせてもらおうか、マスター」
「ごめんなさいっ!」
早速わたしは、キャスターのクー・フーリンに土下座の勢いで頭を下げた。
ここはカルデア。とある事件をきっかけにここの唯一のマスターとなったわたしは、次の特異点を観測している間に、自己鍛錬の一環で、シミュレーションルームを使っての模擬戦闘に精を出していた。でも実際に戦うのはサーヴァントたち。わたしは基本的に指示をするだけ。と、思っていたのは最初の頃だけだ。
「自分の限界を知ることは必要だ」
という師匠の言葉によって、サーヴァントたちからの攻撃をすれすれで躱したり、同時に現在位置の把握だったり、さらに次の一手の模索だったり。とにかくいろいろやった。いろいろやっていかなければ、死ぬことになる、と自分でもわかっていたから。実際に特異点に行くのとは違うこのシミュレーションは、けれど使った分だけ体力は減るし、魔力も減る、という仕様だ。つまりどこで自分の限界が来るのか、どれだけ動けばどれだけ失われるのか、というのがわかるのである。わたしは元々魔術師ではないから、魔力というのはほとんどないので、着ている礼装がわたしの生命力を魔力に変換してくれる。どういう仕組みであるかまではさすがにわからないけど、そういう結果はわかっているので、そのあたりの配分も考えていかなければならない。
ならないのに。
「お前さん、またアンプル摂らずに突っ込んでいったぞ」
「うっ」
アンプルとは、わたしの体力が尽きそうなときに投与するもので、これによってなくなった体力を回復することができる。本当に一般人であるわたしにとっては、使いどころをしっかりと見極めないといけないアイテムである。そういったものの使い方、タイミングなど、キャスターは次々とちくちくと、指摘していく。今思えばたしかに「そうだなあ」とか「なにやってんのわたし」って思えることではあったのだけれど、まだまだ未熟者であるがゆえか、なかなか思うようにいかない。
「底を知れ、とは言ったが、何度もぶっ倒れろとまでは言ってねえぞ」
「ううっ」
それでも、このサーヴァントは、根気よく。わたしに教え続けてくれている。
そうやって続けていくことが、わたしにとっての最善だとわかっているからだ。
「だがまあ、最後に味方の陣の中で倒れたのはギリギリ、スレスレで及第点だ」
がんばったな、嬢ちゃん。
そう言って、頭を撫でてくれる。
ちょっと呆れた様子はあるものの、これはこれで、ギリギリのスレスレでの及第点なのだから仕方ない。最近、そのあたりもわかるようになってきた。
でも、ちょっとだけ。生命力を魔力に変換し、自分もあっちへこっちへ動いているせいで、体力も空っぽになったわたしに、最後は少しだけ笑ってくるのが、うれしい。
「ありがとう」
次は、倒れないようにしよう。
そのためには、まだやれることはたくさんある。
「じゃあ次は、」
「おっと、まだ寝てろって」
キャスターの話を聞いて思いついたことがあったから、さっそく、とベッドから降りようとすれば、それは言葉をともに遮られる。
「がんばるのもお前さんのいいところだけどな、マスター。回復するのも、あんたの仕事だ」
「……わかった」
そうやって窘められて、大人しくベッドに潜り込む。
気が逸って起き上がってわかったけど、実際ちょっとくらっとしたし、なんか頭痛もする。これはもう一度寝た方がいい兆候だ。さすがにそのくらいは今のわたしにでもわかる。
「起きたら赤い弓兵にでも頼んで、うまいもんでも食わせてもらえ。そんでまた寝る。そうやってできた血肉は、お前さんに力を与えてくれる」
「……うん」
囁くように、キャスターはわたしに言葉をかけてくれる。いつもわたしを叱りつけてくる声は少しだけ柔らかくて、やらかしたわたしにげんこつをくれる手は、そのままわたしの目元を覆う。もともと光がそんなに強い部屋ではなかったけど、暗くなったこともあって一気に眠気がやってくる。
「いい夢を、マスター」
そう言ってくれる彼の言葉は、とてもやさしい。
少し熱っぽいのか、目元の手が冷たくてきもちいいなあ、なんて。
そこまで思って、わたしは夢の中に落ちていった。
「クー・フーリンさん、先輩は……」
「おう、マシュの嬢ちゃん。今し方起きたが、もっぺん寝かせたところだぜ」
人類最後のマスターとなった少女の部屋に、淡い色彩の少女がそっと顔を覗かせた。
それににっかりと笑いかければ、少女はほっとしたように表情を緩める。肩の力も少しばかり抜けたようで、けれどそれでもゆっくりと、ベッドで寝ている少女を起こさぬようにそっと近づいてくる。
「じゃあ、もう数時間後にはお腹を空かせて起きてきますね」
「そうさね。たっぷり食べさせてやんな」
嬉しそうに微笑む少女に、男はまた、笑いかける。
こうやって、マスターである少女が倒れるのも、何度目だったか。
本番でもある特異点でのレイシフトでは倒れることは今のところないので、この特訓の成果は出ていると思っていいのだろうが。
「ぅん……」
二人の声が届いたのか、身じろぎする少女。それを見て、では、と小さくそれだけ零して、淡い色の少女は去って行った。向かう先は食堂。彼女が起きてくるだろう時間を見計らって、できたての料理を頼むつもりだろう。この赤毛の少女は、こうやって倒れたあとは素直にキャスターの言葉に従って、出されたものはしっかりと腹におさめるようにしている。そのおかげか、彼女の体力、持久力は最初の頃に比べて実際にその分、伸びている。それは、彼女が生き残るための力がまた、伸びたということだ。喜ぶべきことだ。
「ま、こういうことも師匠の役割ってね」
燃え盛る街で出会った少女。何も知らなかった少女は、徐々にそのあどけなさが消えて、強く、逞しく育ってきている。
同時に、
「う、ん……」
ころり、と寝返りを打った少女の腕が布団から飛び出してくる。
放られた手は、指先は、傷や治った後と思われる痕がいくつか残っている。
最初の頃は、まっさらだった手だ。それが、ここまでになるのには時間はかからなかった。
けれど、これも彼女が決めたこと。
それならそれで、最後まで付き合ってやらんとな、と。
青い髪のドルイドは、傷だらけの少女の手を軽くとると、そのまま仕舞うようにもう一度しっかりと、布団をかけ直した。