レッスン「三井サン、今日は」
「………おぉ」
「つけ麺大盛り」
「20分な…麺行く前に低血糖で倒れんぞ俺」
「まーまーとりあえずポカリで」
「粉はいらねー!!」
「キャプテンモップいーですかー」
「あーそこ置いといて俺やっとく」
鬼キャプテンとして君臨することに決めた。ただでさえカツカツのスタメンから大黒柱が引退し、奇跡の素人も負傷し入院、復帰の見通しがたたない中で新チームをウインターカップに連れていくには足りない駒を育てねばならない。
厳しさでレベルを引き上げようと部員達に慣れない檄を飛ばし続けた。気付けば毎日安田と彩子に囲まれ反省会を開く羽目になった上、かつて部を潰しにやって来た男が後輩のフォローをしてくれていた事に気付かされた。
「いきなりキャラ変えたからって赤木になれるわけじゃねーだろてめーが!何ならダメな感じになってんぞ前より!」
「はぁ!?どこが!」
「キャプテンてのはまずてめーのやるとこ見せてついて来させるもんだろ!赤木はやってたぞ!てめーはプレーで進化しにいってんのかよ!?」
ぐ、と言葉に詰まる。一度目線を落としたが、図星の悔しさはさほど続かずなぜか口の端が緩んでいた。
あんたがそんな正論を。あんたがそんな優しさを。
思い出すのは一年の夏、役に立たなかった先輩が役に立たない言葉を吐いて引退していった日のこと。
残留する三年なんて目の上のタンコブ。けれどこのタンコブは役に立ってくれるのだ。
「……三井サン」
「あぁ!?」
「あざっす」
「……ん?」
「まず俺がやんなきゃでした。だから付き合って。そしたら最速で変われると思う」
「………んだよ、それ」
「突っ立ってシュート練なんて、何百本打ってもゲームじゃ入んねーぞ?」
復帰して間もなく、一年生の練習を眺めていた三井が赤木に進言する場面があった。
「今はフォームを定着させる時だ、一年のドリルには時間をかける。動いて崩れればどのみち入らん」
「あーそれもそっか。中学で固まんない奴もいるもんな」
「三井はどんなのやってた?メニュー教えてよ」
あれだけの事をしでかした元不良をするりと迎え入れている三年生の度量に感心しながら宮城は聞き耳を立てた。
「部活だけじゃ時間足りなすぎんだよ、時間とリング確保して自主練しまくった奴が勝つ。あとやっぱ一人より二人でやる方がキツくて効率いい、例えばな―――」
あの時言ってたやつ、俺とやって。あんたじゃなきゃ駄目なんす。
「キツイやつじゃねーか!」
「当たり前でしょーそういうの見せなきゃなんでしょ!あんたも体力ついてwin-winじゃん!」
「……何か奢れ」
「レッスン代ね。財力に限度あるのは許して」
斯くして元中学MVPを借り切っての自主練が始まった。
課題はジャンプシュート。
低身長を自覚し過ぎ、ブロックされるリスクよりはとスピートプレーに磨きをかける中でつい勝負から逃げていた。
いつまでもグーとチョキだけで勝とうとしてんじゃねー、武器増やしててめーも点稼ぎにいけ。これも三井の言葉。
有難い有難い。
二人で行うシュート練習だが、リバウンドには打った者が走る。その間にパスを出した方が自身のシュートポジションへ走り込んで呼び、リバウンドからのパスを受けシュート。打ったらリバウンドへ、をタイムアップまで繰り返し。互いに足を止める場面はない上、3Pシューターの三井は広範囲を走ることとなり、対して宮城は位置毎にステップやフェイダウェイを入れていく。
地味できつく苦しい。それだけに毎回正しい動作を意識しなければシュートが成功しない。
妥協のない、常にシュートフォームが崩れない相方を捕まえてシンクロすることが狙いだった。兄の記憶、月バスの写真、NBA動画。不貞腐れて燻ぶってそれでもバスケを捨てられず、独りで練習を重ねた日々が宮城に目で見てプレーのイメージを掴み、再現することを得意とさせた。
「ヘイ」
SWISH!
「ナイシュ」
それ以外は二人とも無言。徐々に上がってくる息。床を擦るバッシュ、床やリングで弾むボールの音。
やっぱな。独りでやってるより決まるわ。
あんたのモノマネが一番シュート入んだよ。そうこれ。ジャンプで床蹴った力がボールまで伝わって、最高到達点で指先がかけた回転はボールの軌道を見事にリングの真ん中へ導く。
練習の後だから大分へばってる。接戦のゲーム終盤でもそう、ふらつく位に疲れてる三井サンは最早本能でマークを外しパスを要求してくる。腕も上がらないとか言っておきながらそれは綺麗なフォームで、何なら空中で一瞬止まって見えるような。そして勿論決める。
バスケの神様に愛され過ぎてどっか連れてかれるんじゃないの、なんて、
何かそれくらい、きれ
「オイィ!!!」
「はっ」
「休んでんじゃねーぞ!!!!」
足が止まり、三井の動きを目で追っていたことに気付く。
「あっ、ヘイ!」
慌ててパスを受けミドルからシュート。叩き込んだフォームはコピーできた筈。ここでブザー音。
SWISH!
「おおっしゃカウント!ブザービート!」
「うるせー!!」
三井は最後のパスと同時にひっくり返っていた。駆け寄って覗き込む。
「今日もあざっした」
「元気かムカつく…練習抜いてんのかてめー」
「な訳ねーじゃん。…どうすかね俺、変わってきてる?」
「入ってんだろシュート。入るってことは修正されてんだよ、やれるこた全部やれよ。やりゃ後悔しねーから」
仰向けのまま三井が微笑む。ほんの少し目元が和み、口角が上がり。
あ。
カワイイ。
可愛い?いや綺麗。
あれ?
噓でしょ。
「チャーシューとか食える気しねーよ畜生…おい起こせ」
「じゃあパフェとか」
「もっと食えねえ!何だそりゃ」
「ねえ?何だろね」
「つかお前もう目的達成でいいんじゃねーのか…」
「えっ俺もう牧に勝ってる?」
「勝ってねえ!分かったよ、またやんぞ!」
「フラフラじゃんほら、おんぶ」
「いらねえ!モップやれ!」
よろよろと更衣室へ向かう後ろ姿を見送りながら宮城は反芻する。
見とれてたなあ俺。いやシュートはずっと綺麗だったんだけど。
顔も元からいいんだけど。
だからってなあ、可愛いって思っちゃったなあ。
えっまじで?手ぇつなぎたいの俺?
どうすんのまずくない?今後もデート続くってーのに、
ってもう俺デートだと思ってるよね!!!???
この日始まった何かを、ひとまず放置した。
驚くほどプレーに支障が出なかったので。お互いバスケ馬鹿であった。
例の自主練は楽しく激しく続け、宮城のシュートは安定し、三井の体力面も多少改善された。
ただその後の飯タイムを含め、二人きりの時間は宮城の中で重要な位置を占めるようになっていった。
デートしよ三井サン。
ある日うっかりと口走った宮城がその勢いで覚悟を決めるのは、もう少し先の話。