爽やかな朝に大好きな君 泥沼の底から這い出てくるように、心地良い空間から意識がふわふわと浮かび上がる。最近、連勤続きでゆっくり休めていなかったせいか、その睡眠不足を埋めるように深く眠っていたようだ。それに、彼女と同じタイミングでベッドに潜り込むのも久しぶりで、それはそれは熱い夜を過ごしたから、その幸せのおかげもあるのかも……。
「ししっ……」
まだ覚醒してない意識の中で、昨晩の彼女の可愛らしい姿を思い出すのはめちゃくちゃ健康にいい。頭の中でも簡単に思い出す事が出来る、あの子の声や味、それに手のひらに吸い付く肌の感触。
『も……っ、だめっ』
何度も艶やかな声で紡がれた言葉に何かを返した記憶はあるけれど、何と言ったかは覚えていない。ただ、彼女の言葉を口で塞いで気持ちいいところを突いて舐めて……。あー……、思い出しただけで顔がにやける。しかも、なんと今日は二人とも休み。そんなの、朝からする事なんて決まってるでしょ。
記憶に新しい肌の感触を求めるように手を伸ばす。昨日は結構しつこくしちゃったから、きっとまだ寝てるはず。どうやって起こそうか、ちょっと悪戯しちゃおうか……。なんせ、寝起きのふわふわしてるあの子は判断力が鈍っていて流しやすい。もう何回か経験済みだし、終わった後にあの可愛い顔を真っ赤にして『あ、朝から何するんですか……っ⁈』と、不貞腐れるのだって知ってる。そんな不貞腐れた顔だって可愛いんだから、オレも一回なんかで止められないんスけどね。
「ん……、あれ……?」
ぽす、ポスッ。二人で過ごし始めた時に奮発して買った羽毛布団の中で柔らかくて愛おしい存在を探す。けれど、瞼を閉じたままの暗闇の中で腕を右往左往動かしても求めている温もりが一向に触れない。動かした手の先にあるのは冷たくなったベッドのシーツだけだった。
「……くん?」
掠れた声で彼女の名前を呼んでも返事は無い。代わりに、スンッと鳴らした鼻を擽るのは遠くから香ってくる美味そうな匂い。この匂いは……。
ある程度これが何の匂いなのか分かった時、オレはガバリと勢いよく起き上がった。その拍子に温もりを籠らせていた羽毛布団もバサッと捲り倒れる。限界まで昂らせて気を失ったあの子に自分のTシャツを着せたから、今の自分は上半身裸。冷えた寝室の空気が直接突き刺さって寒いのなんの……。あの子の為にセットしていた加湿器も役目を果たして静かにしている。急いで新しいTシャツをクローゼットから引っ張り出して思い切り首を通す。ぐしゃぐしゃになったベッドもザザッと整えてカーテンも開けて窓も少しだけ開けておく。空気の入れ替えは重要ッスよ。その時窓に映った自分のシルエットが、主に頭の部分がピョンピョン跳ね上がっているのに気が付いて、適当に手のひらで撫でてみたけど気休めにしかならなかった。……カッコ悪ぃ。
大きく溜め息を吐き、どうしようも出来ない寝癖を諦めて寝室の扉を開く。寝室と扉一枚で繋がっているリビングは、明かりは点いてるものの誰もいない。すぐ傍にあるカウンターキッチンからは何かがジュウジュウと焼けている音と香ばしい匂いが感じられ、オレのお目当てのヒトがそこにいる事にすぐ気が付いた。
「あ、ラギーさん! おはようございます」
「……はよッス」
「ぐっすり眠れました? 朝ご飯、もうすぐ出来るので待っててくださいね」
キッチンの死角からひょこっと顔を出した彼女は、いつも通り朝からふわりと笑ってオレに笑顔を向けた。
……、何で? 絶対足腰立たなくなると思ってたのに。
思わずそう思ってしまうのだって仕方ない。だって、あまりにも普通だから。昨日の事なんて無かったみたいに振る舞ってるから……。オレが着せてたTシャツも、朝起きて着替えたのか自分のもこもこの部屋着に変わってる。ちょっと、いや……だいぶ期待していた。
当の本人はオレに一言二言話しかけた後、再び朝飯の準備に取り掛かったのか、また死角へ消えていった。だから、オレがムッと顔を歪めてる事なんて知りもしないだろう。今すぐキッチンへ向かい、この何とも言えない気持ちを彼女にぶつけてもいいけど、先にこの寝癖やら何やらをどうにかしないと格好がつかない。オレはスタコラと洗面所へ向かい、ガシガシと歯を磨いた後バシャバシャと顔を洗って髪の毛も水で濡らしてドライヤーで一気に乾かす。うん、いつもの髪型に戻った。
ドライヤーのコードをくるくると片付け、洗面台の水気もタオルで拭い、そのタオルはそのまま洗濯機へポイだ。ランドリーボックスに溜まっている昨日の服もポポイッと洗濯機へ入れる。あの子の下着をネットに入れて別洗いするのだってこなれたもんだ。……薄暗い中で良く見えなかったけど、そう言えばこの下着、初めて見るやつッスね。ここのところ初めて見る下着が増えたって事は、サイズが大きくなったりしたんだろうか……。だとしたら、それは絶対オレのせいッスね。心当たりがありすぎる。
「……いい」
洗濯機の前で彼女の下着をじっと見つめる光景。見つかったら怒られるに決まってる。棚の中からネットを取り出してその中に突っ込む。後は適当に洗濯機の中へ入れ、ピッピッとモニターを操作して洗濯機が揺れ動き始めるのを見届けた。さて、これで準備は整った。洗面所の電気を消し、オレはスタスタと廊下を歩いてある場所へ向かう。その場所はキッチン一択ッスけど。
キッチンに通じるスライドドアをガラリと開けたと同時、カチッと音が鳴ってコンロの火が止まる。パチパチと軽快な音を鳴らしていたフライパンも徐々に静かになり、細くて白い手が用意されていた皿に盛り付けをしていく。スクランブルエッグにベーコン、傍らにはサラダがすでに盛り付けられていた。オレが寝室で予想していた通りのメニュー。トースターはまだ、ジーと音を立てて慎重に食パンを焼いている最中らしい。グツグツと聞こえるのはコーヒーメーカーの音で、こっちはもうすぐ出来上がりそうだ。
「どうかしました? もうすぐ出来ますよ」
オレがキッチン内を見渡した後、彼女はやっとオレが同じ空間にいる事に気付き、首を傾げて微笑みを向ける。
「どうかしたって言うか……」
どうしたもこうしたも……。
周りを見る限り、コンロの火は止まっているし割れやすい食器も際どい場所に置かれていない。それらを確認して、未だにキョトンとしている彼女の元へ歩み寄った。
「? ラギーさ……っ⁈」
「……ちゃんと付いてる」
「ちょっと! 何してるんですか⁈」
「昨日の、夢だったのか確認してるんスよ」
着心地が良いと彼女が気に入っているふわふわもこもこのルームウェアの首元、そこに手を突っ込んでグイッと引っ張る。あたふたしている彼女の腰を引き寄せ、曝け出された首元を見ると……ちゃんと昨晩の名残は綺麗に残っていた。そのポツッと赤く色付いた肌の一部を指先で辿れば、華奢なラインの肩がヒクリと小さく跳ね上がる。
「そんなに、見られると……恥ずかしい、です」
「うん」
「うん、じゃなくて!」
「いやぁ、だって……」
開いた首元から覗き込むと、首筋から鎖骨にかけて赤い鬱血痕が点々と白い肌を彩っている。きっと、胸やら腹やら腰回りやら、太腿にだってこの痕はまだ綺麗に残ってる。
やっぱり、可笑しい。いつもはアツーい夜を過ごした次の日の朝、絶対にオレより先に起きる事が無いこの子が、オレより先に起きて朝飯の用意まで済ませようとしている。何か思い当たる節を探そうにも、心当たりが無さ過ぎて何も思い浮かばない。オレすら、久しぶりの行為でちょっとばかし腰が重く感じるって言うのに……。
「うーん……、オレの体力が無くなったんスかね」
「ひぁっ!」
「……ん?」
「ひ、あっ、ま……っ!」
「え」
何だか腑に落ちない気持ちでそのまま彼女の首元に顔を埋め、ふわもこのトップスとふわもこのショートパンツの境目に手を忍び込ませたのはほぼ無意識だった。すると、突然聞こえてきた彼女のあられもない声に、オレの耳がぴるるっとこちらも無意識に反応した。何スか……、今の声。もしや、と思ったオレは、忍び込ませた手を肌に触れるか触れないかの絶妙な力加減で右から左へ伝わせる。
「まっ、ら、ラギーさんっ! だめ、だめですって!」
オレの身体を押しのけようと腕に力を込めてる見たいだけど、そんな力でオレの身体はビクともしない。なるほど、ねぇ……。何だか楽しくなってきたオレは、首元に埋めていた顔を少し上げ、彼女の首筋に舌を這わす。ついさっき歯を磨いたから、爽やかなミントの味と彼女の甘い味が舌の上で蕩け合う。
「だ、めっ……!」
腰元をいじめていた手を背骨を伝ってそろそろと上げていけば、ついに彼女の膝の力がカクンッと抜けてオレに縋りついた。
「シシシッ。目覚めたら隣にいないし、普通の顔して朝飯作ってるしで、可笑しいと思ってたんスよね」
「も、もう……」
「言いたい事あるみたいッスね。じゃ、ソファ行きましょっか」
「え⁈」
ニッコリと笑顔を浮かべて彼女に言えば、ほんのり色付いてた頬がもっと赤くなる。朝飯の準備はほとんどやってくれたみたいだし、オレより小さくて軽い身体を軽々と持ち上げ、キッチンを抜けてリビングへ足を向かわせた。
なんで⁈ ラギーさん! お、おろしてください!
リビングへ向かう途中も、オレの腕の中で控え目にジタバタとする彼女を手のひらに力を込めて抱き寄せれば、口をもごもごと動かして途端に静かになる。行先はリビングにある大きめのソファ。二人暮らしで大きめのソファがどうして必要なのか、それは男のロマンってヤツがオレの中で膨れ上がったせいだ。
ソファに優しく彼女を押し倒してその上にオレも乗り上がる。押し倒した衝動でルームウェアが捲り上がり、薄い腹が見えてしまってる。ほら、ちゃんとここにも赤い痕が、ね?
「……で? いつもはもっとベッドの中でイチャイチャしてんのに、今日はどうしてオレより先に起きれたんスか?」
「え、えぇっと……」
「言わないつもりなら……、昨日足りなかった分ココでするッスよ」
「足りてますッ! ち、ちゃんと言います! 言うから、手を入れるのやめてください!」
「早く言わねぇと、いーっぱい触っちゃうかも」
オレが手を差し込んで滑らせると一緒に部屋着も捲り上がっていく。こんなにキスマーク付けてたっけ、と自分でも思うくらい彼女の肌はすごい事になっていた。すべすべの肌を堪能しつつ、手のひらを上へ上へと向かわせれば、一段と柔らかい肌に到達する。下着……つけてないとか、ますますその気になるじゃないッスか。その事に気付いた彼女は、慌ててオレの腕を掴んで動きを止めさせた。そのまま動かし続けようかと思ったけど、小さな口が開く気配を感じて仕方なく手を止める。
「う……、疲れてたから……」
「うん?」
「ラギーさん、最近お仕事忙しそうで疲れてましたよね。あの……だから、朝はゆっくり眠っててもらいたくて……」
顔を真っ赤にさせて、視線を右へ左へと動かす。それは、彼女がオレに秘密にしておきたかった事をカミングアウトする時の癖。指先でふにふにと触っていた柔らかい部分から手を離し、彼女の顔を囲うように両サイドを腕で包み込む。
「だから、早起き頑張ったんスか?」
「……そうです」
「結構無理させたと思うんスけど、腰とか痛くねぇの?」
「ぃ、たいですけど……。でも、あの……」
「なに? 早く言わねぇと……次はキスするッスよ」
「……」
「もしかしてご所望ッスか?」
何も返事は無いのに、キュッと瞼を瞑ったその仕草が可愛くて、躊躇う事も無く噛み付いた。昨日はキスもいっぱいしちゃったせいで、いつもより唇がカサついてる。後でリップクリーム塗ってあげねぇと。唾液を纏わせた舌で唇を舐め、薄く開いた隙間から滑り込む。彼女も歯磨きを済ませていたのか、二人分のミント味が絡み合った。それもすぐにいつものキスの味に変わる。気の済むまで角度を変えて舌を絡ませ溶け合わせる。こんな朝っぱらから、誰にも邪魔されずにキス出来るのだって、一緒に暮らしてる特権でしょーね。
「ハッ……。言う気になりました? おじょーさん」
「どうしても、言わなきゃダメ?」
「だーめ」
「……。ラギーさんと、えっちするの……好きだから。次の日腰とか痛くなっても、私は幸せだなって……思えるんですよ」
チュッ。と、一瞬だけ唇に触れた可愛らしい口付けと一緒にそんな可愛い事を言われてしまったオレは、一秒がとてつもなく長く感じるくらいに思考が停止した。
ラギーさんと、えっちするの……好きだから。
好きな子に、一生離さないと誓った子に、こんな事言われたら誰だってどう反応したらいいか分かんなくなるでしょ。
「オレも、好きッスよ。でも、朝ベッドでイチャイチャする時間も同じくらい好きなんスけど」
「じ、つは……、私も……です」
可愛い、本当に可愛い。可愛すぎて調子が狂いまくりッス……。
「じゃあ、ソファでイチャイチャすんのと……ベッドに戻るの、どっちがいい?」
「……っ、でも! 朝ご飯が……」
「後であっため直そ。お願い、オレ……今すっげぇイチャイチャしたい」
お返しにとオレもチュッとキスをすれば、彼女の瞳が潤んでいく。美味そう……、そんな気持ちで舌舐めずりをすると、細い腕がオレの首裏にまわった。頭を引き寄せられ、耳元に彼女の吐息が触れる。
「ベッド、連れて行ってください……」
恥ずかしそうに吐息の混ざった声が、オレを昂らせた。たまにはソファでも……と頭の片隅では思っていたけど。それはすぐ様却下。
オレの首元に抱き着いて顔を見せてくれない彼女に、オレも吐息だけで笑ってもう一度身体を抱き上げる。今は朝の七時半を回ったところ。作ってくれた美味い朝飯はブランチとしてオレ達の腹を満たす事になりそうだ。
今日は一日ベッドの中で過ごす事になりそうな彼女の髪の毛に口付けを……。幸せ過ぎて、浮かれてるんスよ。だから、昨日よりもっと激しくしちゃいそうッスね。もちろん、この子には内緒だけど。