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    chin__ana5

    @chin__ana5

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    chin__ana5

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    4.18 ラギ監♀ Webオンリー
    『Donut with You!-Birthday Special-』
    展示作品『繋いだ右手』

    繋いだ右手 Q.ラギー先輩の好きな物は?
     
     A.食べ物、大好物はドーナツ。高価な物、故郷の家族。それから……。
     
     いつにも増して眠たい目を擦りながら、子守唄のようにも聞こえるトレイン先生の話を、意識をなんとかギリギリに保って受ける午後一発目の授業。勝手に飛び出していく欠伸を噛み殺し、目尻に溜まった涙をぐしぐしと拭う。
    「───で、ここは……」
     トレイン先生が後ろを向き、黒板に大事な部分を抜き出しているのを横目に、時計を確認して重たい瞼を一度瞑った。まだ、三十分もある……。せめて、飛行術の授業だったら、この眠気も少しは覚めるのに、なんて事を考えていたら、教卓の上で優雅に過ごしていたルチウスが、顔に見合ったふてぶてしい鳴き声をあげた。
    「っ……!」
     トレイン先生の声だけが静々と響いていた教室に、突然響いたルチウスのひと鳴き。完全に油断していた身体がビクゥッと跳ね上がり、瞑っていた瞼を勢いよく持ち上げた。カラン、カランッ……と、誰かのマジカルペンが落ちる音が聞こえ、ゴッ! と、どこかで何かが机にあたる音も聞こえた。油断していたのは、私だけじゃないのはいつもの事。隣でこちらは完全に夢の世界へ旅立っていたエースも大きく身体を跳ね上げ、デュースに関しては眠気と戦いながら起きていたにも関わらず、私とエースにつられたのか肩を大きく揺らしていた。
    「全く……」
     黒板に向かっていたトレイン先生が、ルチウスを撫でながら教室全体を見渡す。一人ひとりと、視線を合わすように。その全てを見透かしているような瞳に自然と背筋は伸び、全員の座高が少しずつ高くなった。
     それは、私も例外ではなく、ピッと伸びた背筋に持ち直したペン。先生と視線が合う前に、ずっと黒板に書かれた文字をノートに写してましたと言わんばかりの雰囲気を出してノートへペンを走らせた。隅には私の寝不足の原因でもあるメモ書きが……。
     
     どうしよう、もう明後日なのに……。
     
     はぁ。と、漏れたため息を消すようにペンを動かしていく。トレイン先生が黒板に書いた文字を写して、隅にあるメモ書きに視線を移して……。そうしていると、いつの間にか大きな眠気はどこかへ去っていた。
    「今日はここまで。各自しっかり復習をするように」
     重々しいチャイムの音がトレイン先生の声に被さる。それはこの授業の終わりを告げるチャイムで、教科書をバタンッと閉じた先生は、お決まりの言葉を吐いて教室から出て行った。
    「監督生、まだ決めてねぇの?」
    「えっと、うん。ちょっとまだ、迷ってて」
     教科書を閉じた後、じっとノートの隅を見つめている私の横からエースが覗いてくる。それにつられてデュースも反対側から私のノートを覗き、グリムは私の肩に頭を乗せて隙間から視線を捻じ込んだ。
    「確か、明後日だったよな?」
    「そうなんだけど……。何が喜んでもらえるか、決まらなくて……」
    「アイツの事だから、美味い食い物あげたら喜ぶんだゾ」
    「ん〜……」
     準備期間の事も考えれば、今日中に決めておきたい。ノートの隅に書いてある粗方絞られた候補に視線をジィッと向けていれば、徐にエースが口を開いた。
    「それさ、別に全部したらいいんじゃね?」
    「え?」
    「まぁ……、もうあんまり時間もないけどさ、監督生らしくていいと思うけど?」
    「……そう、かな」
    「エースの言うとおりだな! それに、どの案も喜んでもらえると、僕は思うぞ」
    「……うん、分かった! そうしてみる!」
     ノートから視線を上げ、三人の事を見てグルグルと絞られていた候補達に丸をつけていく。生徒もまばらになった教室が少しずつ賑やかになり、辺りを見渡すと次に魔法史の授業を受けるクラスの生徒達がやって来ていて、私達は慌てて教室を出て行った。
     今日の放課後は買い出しに行って、明日はあそことあそこに行って……。頭の中で急いで予定を組み立てていく。大丈夫、間に合うはず。
    「オレ、期待してるッスよ」
     照れ臭そうに視線を逸らしながら、数日前に言われた言葉を思い浮かべる。思わず「は、はい!」なんて、大きく頷いてしまったけど、私はちゃんと期待に応えられるのかな……。ううん、そんなに大層な事は私には出来ないけど、これが今私に出来る精一杯だ。
     ぺチッ! と自分の両頬を叩くと、前を歩いていたエースとデュースが驚いた様子で振り返った。明後日は一年に一度の特別な日、気合を入れて頑張らないと……!
    「あ、そうだ! 三人に聞きたい事があるんだけど───」


     * * *
     
     
    「ユウくん、もう開けてもいいッスか?」
    「まだ、もうちょっと待ってください!」
    「はーい」
     穏やかな春陽気。大人しい風が運んでくる春の香りが辺りに満ち溢れ、寝不足の身体が勝手に気を休めようとしつつある。けれど、私の一歩後ろを歩く先輩の手から伝わってくる温もりが、一昨日の放課後からこの日の為に準備をしていた私へ緊張感をもたらす。
    「……ここ、学園裏の丘ッスよね?」
    「匂いだけで分かるんですか……?」
    「獣人の嗅覚なら、このくらいすぐ分かるッスよ」
    「……なるほど」
     サク、さく……。一歩足を踏み出す度に靴の下に隠れた草が軽快な音を鳴らす。小さな野花だけでも踏まないようにと慎重に歩き進め、小高い丘の頂上……一本の大木がある場所に辿り着き、私はそっと先輩の手を解いた。
    「もう、開けてもいいですよ」
     そよそよと吹き流れる春の風が、先輩の髪の毛を攫っていく。前髪の隙間から、暫く閉ざされていた瞼がゆっくりと開き、爽やかな青空にも負けないくらい綺麗なブルーグレーの瞳が姿を見せる。
    「ラギー先輩、お誕生日おめでとうございます!」
     学園裏にあるこの丘には一本の大木と辺り一面を彩る色とりどりの野花が咲き誇っている。一昨日、エース達にあまり知られてなくて綺麗な場所は無いかと聞いた時、ここを教えてもらった。けれど、匂いだけでここがどこか分かってしまう辺り、ラギー先輩はこの場所の事を知っていたんだろう。少しだけ、ほんの少しだけサプライズが失敗してしまった事へしょげそうになった気持ちも、口をぽっかりと開いて微動だにしない先輩への緊張でどこかへ行ってしまった。
    「私には高価な物を用意するお金だったり、ラギー先輩の故郷のヒト達を呼ぶ力も無いです。でも、少しでも……喜んでもらえたら、嬉しい……です」
     何をするかやっと決められたのは一昨日だけど、今日……四月十八日の、ラギー先輩のお誕生日の日に何をしようかと考え始めたのは一ヶ月前からだった。先輩と恋人になってから月日は経ち、ラギー先輩が好きな物が段々と分かってくる中、自分には出来ない事も増えていき、私に出来る範囲で色々な案を出した結果今に至る。
     まず一つ目は、これは大前提な事だけど……サプライズをする。先輩に数日前、期待してると言われてしまったから、サプライズになるのか分からなかったけど、今のラギー先輩の反応を見る限り、サプライズは成功したみたい。
    「これ、ユウくんが全部一人で?」
    「えぇっと、色々と色んなヒトに教えてもらったりはしましたけど、準備は私一人でしました! 先輩、ここへどうぞ」
     二つ目は、美味しい物を沢山用意する。ギンガムチェックのレジャーシートの上には数個の籠があり、中には敷き詰められたサンドウィッチやドーナツ、唐揚げや卵焼きと言った、ピクニックのお弁当と言えば! なおかずも用意してある。飲み物を手作りするのはさすがに出来なかったから、こっちは最近学園で流行っている炭酸ジュースや定番のオレンジジュース。
    「美味そうッスね……。食ってもいいんスか?」
    「ふふっ、どうそ」
     レジャーシートの上に座ったラギー先輩の横へ私も座り、食べ物を前にソワソワと、瞳をキラキラとさせている先輩に笑みが溢れた。悩んだ挙句、ラギー先輩が一番最初に手を出したのはサンドウィッチで、シャキシャキのレタスとハムが挟まれたシンプルなサンドウィッチにガブリと噛み付いた。
    「うっまい!」
     片方には大きな歯形が付いたサンドウィッチに、片方には食べやすいように色とりどりのピックが付いている唐揚げを持ちながら、頬を緩ませて次から次へと口の中へ食べ物を運んでいくラギー先輩を見つめ、私の頬も緩みっぱなしだ。
     実は一昨日の放課後と昨日、私は色んな寮に押しかけていた。まずは、放課後に元々アルバイトが入っていたモストロ・ラウンジで、美味しいサンドウィッチやお弁当のおかずの作り方を教えてもらう為に、いつも以上に働いた。それはもう、ボロボロになるくらい。こういう事に関して、オクタヴィネル寮のヒト達は本当に容赦が無い。
    「サンドウィッチに挟んであるレタスもシャキシャキッスね! この唐揚げも、外はサクサクで中はジューシーだし」
    「色々とコツがあるんですよ。野菜を洗う水の温度だったり、唐揚げは二度揚げにする一手間を加えると、こんなにサクサクになるんです!」
    「へぇ、奥が深いんスね」
     サンドウィッチに挟むソースや揚げ物を二度揚げする時のコツまで、働いた分の事はしっかりと教えてもらい、私も自分で吃驚するくらい今日のお弁当は上手く作れた気がする。
    「ドーナツも食っていい?」
    「もちろんです!」
     そして昨日は、なんでもない日のパーティーのケーキを作っていたトレイ先輩の元へ行って、ドーナツの美味しい作り方を教えてもらった。もちろん、こちらでもケーキ作りを邪魔しない程度にお手伝いをして、その代わりとしてドーナツの事細かなレシピを教えてもらったのだ。生地を作る時の材料の配分から、トッピング用に使うチョコレートはどんな物を使えばいいのかまで。
    「うんまい!」
     綺麗な輪っかだったドーナツが、半分程ラギー先輩の口の中に消え、ちょうどチョコレートでコーティングされていた部分が無くなっていた。残っていた半分も、程なくしてラギー先輩がパクリと食べ、そして次のドーナツを求めて籠の中へ手を運ぶ。どうやら、ドーナツもお気に召したよう。……良かった。
    「よ、良かったです……! お口に合わなかったらどうしようかと……」
    「ぜーんぶ美味いッスよ。それにしても、なんか意外だったッスね。ユウくんがこういう事するの」
    「そう、ですかね……? でも、すごく悩みました」
    「そんなに悩んでくれてたんだ」
    「だって! ラギー先輩のお誕生日ですもん!」
     一昨日まで悩むくらい、何が喜んでもらえるのかって本当に悩んでいた。私が悩みすぎて準備をする時間も少ししかなかったし、失敗出来ない闘いを昨日は繰り広げていたのだって、私だけの秘密。
    「私には、出来る事が限られているので……」
    「出来る事?」
     優しく吹く風が、どこからか穏やかな空気を運んでくる。少しだけ強い風が吹いて、視界にかかる髪の毛を手探りで耳にかけると、なんだか視界がクリアになったような気がした。ずっと食べ続けていたラギー先輩は、両手に食べかけのサンドウィッチとドーナツを持ったまま、私の事をじっと見つめている。その一緒に食べるには少しアンバランスな気がする光景がほんのちょっぴり面白くて、クスリと笑みが溢れる。
    「さっきも言いましたけど、私には高価な物を用意するお金だったり、ラギー先輩の故郷のヒト達を呼ぶ力も無いです。でも、それでも……先輩が喜ぶ物を用意したかったので、ラギー先輩に美味しいって思ってもらえるような物を頑張って作ったり、ドーナツも手作りしてみました」
     来年もこうして隣でお祝いする事が出来るなら、来年こそは何か形に残る物をプレゼント出来たらいいな、なんて……そんな期待も込めて。
    「ユウくん、オレが美味いもん好きだから……用意してくれたんスか?」
     そう思いながら、気恥ずかしくなった気持ちで少しラギー先輩から視線を逸らしていたその一瞬で、緩んでいた先輩の顔が真剣なものに変わっていた。
    「は、はい。ラギー先輩の好きな物を用意したくて……」
     ブルーグレーの瞳が、じっと一直線に私を見つめている。ほんの少しの静寂が私達を包み込み、遠くからは鳥の囀りすらも聞こえてきた。春の風が立てる音は、こんなに繊細な音だっただろうか。けれど、静まり返ったこの世界の居心地が悪いとは、感じなかった。
    「……、ぷっ」
     数秒間見つめ合い、先にその静寂を切り開いたのはラギー先輩の笑い声だった。両手にサンドウィッチとドーナツを持ったままだから、目尻に溜まっていく涙も拭えないようで、大きな口を開けて先輩は笑い続けている。私はというと、ラギー先輩が笑っている理由が分からないおかげで頭の中にはクエスチョンマークがてんこ盛りだ。
    「あー……、ククッ。そうッスか、そうッスよね」
    「ラギー先輩? あの、何がそんなに?」
    「いやぁ、……シシシッ! さすがユウくんッスねぇ」
    「え?」
     ハーッ、と大きく息を吸って吐いてを繰り返したラギー先輩が、今度は優しい微笑みで私を見る。
    「オレの好きな物は確かに合ってるッスよ。まぁ、他にも細かい物挙げたらキリがねぇけど……。でも、ユウくんさ、大事なモノ忘れてないッスか?」
    「大事な、もの?」
     他に、ラギー先輩の好きな物って……何だろう? クッと眉間に皺が寄るのが自分でも分かった。
     私が何もない宙を一点見つめていれば、ラギー先輩は両手に持っていた物を紙皿の上に置いて手を拭い、ズリズリとレジャーシートの上を移動する。少しだけ空いていた私とラギー先輩の隙間が無くなり、肩口が触れたと思った時には、私の視界はブルーグレー色に染まっていた。一番近くにある、私の空……。
    「ここに、もう一つオレの好きなモノっつーか、ヒトッスけど……。ね、いるでしょ?」
     気付いた時には、額同士が触れ合っていた。吹き止まない春風がラギー先輩の髪の毛を揺らして擽ったい。外は確かに春の陽気で、もう上着が無くても過ごせるくらいの暖かさだけど、主に私の顔に集まるこの熱さは、天候のせいじゃない。
    「……っ、ゎ、私……?」
     きっとそれが正解だと思っていたのが九〇パーセント、残りの一〇パーセントは、自惚かもしれないと思う恥ずかしさ。
    「あたり」
     私の答えを聞いて、そう言ったラギー先輩の声はとびきり甘かった。スリッと寄せられた額から、私の熱はきっと伝わってる。今日を迎える時の緊張とは違う意味で心臓がバクバクと激しく動いてる。上手く酸素が肺の底まで入ってこない。顔を火照らせている熱はどこかに逃げるどころか、身体中を駆け巡っている。至近距離で交わっている、視線同士すら離せない。
    「誕生日は、好きッスよ。ここに来てからは特に。だって、無条件に色んな物貰えるし」
     心地良い声が耳に届く中、そっと手を取られた。一本一本の指が絡み合い、簡単には解けなくなった手のひら同士も二人の体温を分かち合う温もりがする。
    「今年は、去年よりもすげぇ嬉しいッス。ユウくんがオレの事想いながら色々考えてくれて、しかも二人きりで過ごせるなんて。でも……」
     
    「でもやっぱ、一番嬉しいのはユウくんに祝ってもらえた事ッスよ」
     
     その言葉を聞いて、私の視界はゆらゆら、ユラユラと水面のように揺れ始めた。ラギー先輩のお誕生日なのに、こんなに嬉しい言葉をもらってもいいんだろうか。
    「シシシッ。柄にもねぇ事言っちゃうくらい、嬉しくてたまんねぇッス」
    「う〜〜っ」
    「ほら、泣かない泣かない。あの時、期待してるなんて言ったのはオレだけど、期待以上ッスよ。ありがと」
     グイッと涙を拭われた仕草は決して丁寧とは言えない。そんなところもラギー先輩らしくて私の涙が止まるのは難しそうだった。けど、先輩のお誕生日に泣き続けて終わる事だけは避けたくて、私はまた眉間に皺を寄せる。その顔が可笑しかったのか、ラギー先輩もまた笑い声を辺りに響かせた。
     離れてしまった額、離れる事が無い手。先輩には言えないけど、離れてしまった体温がほんの少し寂しいだなんて思ってしまった。だけど、その代わりに絡み合っていた手をギュッと握られ、高い位置で輝いている太陽より、辺りに咲いている野花達よりも眩しい笑顔で、ラギー先輩はこう言ったのだ。
     
    「来年も期待してるッスよ」
      
     Q.ラギー先輩の好きな物は?
     
     A.食べ物、大好物はドーナツ。高価な物、故郷の家族。それから、私。
     
     
     
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