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    migihara529

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    山んちの風呂に行く市の山市

    ためしためされ 山本さんちのお風呂って足伸ばせるの。
    嫌な予感はしていた。いつものように現場仕事を終え事務所で事務処理をしていると、市村が暇そうにやって来て隣の椅子に座り小顔ローラーを転がしていた時のことだ。はあ、とかふう、とかつまらなそうにため息を吐いてスマホを弄りながらコロコロと手を動かしている。あからさまに構ってほしそうな気配を感じたが、営業先とのやり取りで忙しいので無視……もといスルーしていると、物言いたげな視線を右側に感じたので諦めて横を向いて尋ねてやった。
    「なに?」
    「山本さんちのお風呂って足伸ばせるの」
    聞かなきゃよかったと後悔した。こいつは他のメンバーに比べて大人しいかと思いきや、いきなり相談もなく整形したりレッスン前に呑気に銭湯に行ったりする、気まぐれな猫のような女なのだった。三十四歳独身男性マネージャーの家風呂事情を無邪気な十八歳女性アイドルが聞いてくるなんて、悪い展開しか思いつかない。垂れ気味で赤みがかった瞳が俺を見つめている。
    「……それ聞いてどうすんだよ」
    しまった。『ユニットバスなんだ』で済ませられる話を引き延ばしてどうする。自分の変なところで実直な性格を呪った。
    「行きた」
    「駄目」
    予想通り碌な提案ではなかったため、間髪入れずに答えた。
    「えぇ、いいじゃん。この前テレビで芸能人の家のお風呂特集やってて、人んちの広いお風呂入りたくなったんだもん」
    口を尖らせて拗ねた振りをして見せる。美人局相手もこうやって振り回しているのだろうか。だとすると高収入なのに婚活アプリに登録するようなモテないオッサンからは魅力的に写るのかもしれないが、そこそこ女性関係には困らなかった自分にはただただ鬱陶しい子供の駄々にしか見えない。若くて「普通に」可愛いだけの市村は全く女として見られなかった。
    「お金あげるからスーパー銭湯でも行ってこいよ」
    「いつも行ってるところ今日休みなんだ」
    「じゃあ別のとこ」
    そこまで言うと膨れてぷいと視線を逸らした。今度はこっちがため息を吐いてノートパソコンに向き合う。営業相手からなかなか好感触な返信が来ていたので急いで返信用に添付する資料をフォルダから探す。
    「じゃあカッキーの家でも行こうかな」
    「……」
    市村は美人局を始めるようになってから少し我を通すようになった。そりゃ今まであまり可愛がられるような家庭環境ではなかった女の子が大体なんでも言うことを聞いてくれる男ができたら少しはそうなるのだろう、たとえ父親の方が歳の近いハゲたおっさんでも。
    「そうやって困らせるのやめろよ」
    「なんで私がカッキーの家行くと困るの? 金持ちのおじさんと仲良くなるのが私の仕事なんでしょ?」
    ああまただ。試し行動とかいうやつなんだろうか、こういう言動をしては俺の出方を伺っている。この男は「私をちやほやしてくれる人間」かどうかを確認している。最初のうちは美人局をさせている罪悪感からまあまあご希望通りにご機嫌を取っていたが、最近は辟易していた。
    「あのさ、男の家に行くってどういうことか分かってる? 分かってて行くんなら俺はもう止めないけど、傷付くのは市村だからね」
    少し苛立って強めの口調で諫める。びくりと肩を震わせ、目を伏せた後上目遣いでこちらを見る。それも演技か?
    「どういうことって……」
    「分かってるだろ。嫌なことされる可能性が高いってこと」
    「……分かった」
    やっと分かってくれたか。やれやれと安堵して再びディスプレイに目を落とすと全てを水泡に帰す言葉が聞こえてきて山本は絶望した。
    「じゃあやっぱり山本さんちのお風呂入りたいなあ」

     上目黒の事務所にほど近い自宅マンション前に着くと、横にいる小柄な女を見下ろした。斜め前髪の赤茶ボブに、黒い紐のついたブラウスとベージュのロングスカート、ブラウンのパンプス。いつも革ジャンで強めのスタイルをしているセンターの二階堂ルイと比べると、随分と地味な格好だ。
    「わあ、大きいマンション。いいなあ、山本さんも結構お金持ちなの?」
    こうやって無邪気なところは長所だと思う。弱小事務所の一会社員の給料なんて同世代のサラリーマンと比較してもたかが知れている。市村を説得することに疲れた山本は、風呂だけなと言ってタクシーに乗って連れてきたのだった。
    「他に使い道がないから住居費に使ってるだけ。中はなにもないよ」
    エントランスに向かいオートロックのキーを開け、エレベーターに乗り込む。部屋に女を連れてきたのはいつぶりだっけ。ここ数年は事務所とミステリーキッスの立ち上げに奔走しており、色ごとには無関係であった。
     まあ、隣にいるのは女と言えるほど成熟していない子供だけど。
    そう心の中で訂正していると部屋のある階に着いた。部屋の前まで歩いていくとコツコツと市村のヒールの音が響く。ドアを開く前にもう一度念を押す。
    「絶対誰にも言うなよ」
    「うん」
    やましいことは何一つも起こさせないつもりだが、それでも世間的に見たらよろしくないことは市村も分かっているはずだ。
     「お邪魔しまあす」と市村の能天気な声と共にドアを開け、来客用のスリッパを出す。屈んだ時、後ろの市村から漂う化粧品の香りが鼻を掠め思わず顔を顰めた。廊下の左手のドアを指し、「ここが風呂。中にあるタオルとか使っていいから終わったら声掛けて」と言い市村が返事をする前にそそくさとリビングに引っ込んだ。
     はあ、と息をついてソファに身体を沈める。割と綺麗好きなので掃除は問題ないはずだが、市村が使った後もまた洗わなくてはならない。ああ、面倒くさい。
     クラッチバッグからノートパソコンを取り出し、仕事の続きを再開した。と、浴室から呼ぶ声が聞こえる。感情を殺し浴室前のドアまで赴き、尋ねてやった。己の我慢強さは割とマネージャー向きだと思う。
    「なに?」
    「これどうやってお湯溜めるの?」
    「……そこの給湯のボタン押せば溜まる。溜まるまでもうちょっと待ってて」
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