君とマッチング※バク獏を結婚させたいがために作った話。
※原作とは違う世界。
※全員人間。
※三闇三表表現あり(このサンプルには含まれず)。
※少女漫画程度の淡い十八禁(このサンプルには含まれず)。
序章
年々増加傾向にある未婚化・少子化に歯止めをかけるべく、日本政府は一つの解決策を打ち出した。理想の結婚相手を探すためのAIによるマッチングシステム―行政機関に登録された全国民分の膨大なデータベースから一番相性の良い二人を探し、未婚者に斡旋するという計画。
その内容は開示されると共に猛烈な反発にあった。特に対象者とされる若年層からの評価は散々だった。自由恋愛の権利を奪うのか。前時代的。プライバシーの侵害だ。そもそも結婚とは、強制されるものではない―。
泡を食った政府は当初の方針を変え、各放送局にマッチングシステムに関する特別番組を組むように働きかけた。選ばれた相手との結婚を強制する政策ではないこと。徹底した情報管理体制が敷かれていること。システムを利用した際にはメリットがあること。
全世代の一般人に分かりやすく構成された番組が幾つも流され、まず親世代に当たる中高年が諸手を挙げて賛成した。多額の負債を抱えている者や重犯罪歴のある者は、AIによって除外可能だと公表されたことが大きかった。それは、ある程度の家柄が保証されるということを意味する。我が子がどこの馬の骨とも分からない相手と結婚するより、マッチング婚の方が安心だと考える親が多かったからだ。
マッチングシステムの運営には、とある民間企業が選ばれた。その企業は、一部地域で政府から住民管理システムを元々任されており、該当地域の住民からは運営が変わってから各種申請や手続きが円滑になったと高い評価を受けている。市民から信頼が厚い企業が選ばれたことで、ますます親世代の期待は高まった。
政府からの要請を受け、該当企業は速やかに結婚相談窓口を設立、パートナー斡旋事業の子会社化を果たした。新事業の体制が整った段階で、マッチングシステムを題材にしたドラマやコミックが展開され始めた。特にドラマは人気上昇中の若手俳優を起用したこともあり、事業とのコラボCMと共にお茶の間を賑わせた。当初国民から不評だった部分を、「見つけよう、私の運命」などという前向きかつドラマチックなキャッチコピーで演出したことが功を奏したらしい。
その頃になると、対象者である若者世代からの評価は「断固反対」から「どちらでもいい」にシフトしていっていた。強制されないのなら、利用しなければいいという考えが若年層に蔓延し始めたのだ。成人すると結婚相談窓口から郵送される利用IDや説明書などの書類は、戸棚の奥にでもしまって手をつけなければ害はない。各地方自治体から時節に届くその他の書類と同じような扱いだった。個人主義の時代を生きる若者らしい考え方といえる。
「どちらでもいい」という意見は、婉曲的な賛成意見と見なされる。そんな賛成意見が過半数を占めたところで、マッチングシステムによる初めての夫婦が誕生した。このことはおめでたいニュースとして連日報道され、徐々に国民の間に浸透していったのだった―。
*****
獏良は開封済の封筒を手に持って独りで考え込んでいた。この封筒が届いてからは数年が経っていて、中身を見たのもそのときが最後だ。なぜ今頃になって引っ張り出してきたのかというと、先日の里帰りが原因だった。結婚適齢期になるというのに浮いた話が一つもない息子を案じ、両親が結婚マッチングシステムを利用しろと口を揃えて言い出したのだ。
獏良としても、結婚願望が丸切りないわけではない。学生時代に男女問わず様々な人物に言い寄られたお陰で恋愛には辟易していたが、気の合う人がいれば……くらいには思っていた。しかし残念なことに、気の合う人というのは天から降ってくるものではない。
美術館の運営や骨董品の売買など手広く商売をしている父とは正反対に、模型製作一筋で食っている獏良には出会いなどあるわけがなかった。作業のほとんどは室内に籠りきり。人と接する機会は限られている。育ててもらった会社とはまだ繋がりはあるものの、独立してからは出会いの場は少なくなる一方。
両親の言うことも一理あると思った。このままでは代わり映えのない日常を繰り返すのみ。マッチングシステムを利用してみて、斡旋相手と合わなければ断ればいいのだ。もし、上手く結婚が決まれば、政府から幾らかの手当が支給される。子どもが生まれるなり、迎えるなりすれば、さらに一部の税金も免除される。悪い話ではない。
「うーん……」
獏良は封筒を持ったまま、椅子の背凭れに体重をかけてギシギシと鳴らした。昔の苦い思い出が甦る。人並以上の容姿や親の財産目当てに近寄ってくる女たち。上辺だけの空しい会話。一方で、幸せそうな友人カップルのことも頭を過り―。
結局、利用申請をするだけしてみようと決め、指定の相談窓口に向かうことにした。該当の建物は、市役所と隣接している。まず、人の出入りが多いことに安心した。どこにでもいそうなビジネスマンや華やかに着飾った若い女もいる。少し緊張しながら向かった受付は、ビジネスホテルのフロント程度に小綺麗にはされているものの、中身はそれほど役所と変わりはなかった。対する係員はショップ店員よろしくにこやかな笑顔を張りつかせて愛想を振り撒きながら、手元はテキパキと端末機に入力している。受付番号を渡された獏良は用意された書類に記載し、呼ばれるまで待った。しばらくすると、電光掲示板に番号が表示された。指定された窓口に書類を持っていく。
「それでは、一週間から十日後に登録完了のご案内をお送り致します」
必要事項を記載をし、判をついて提出するだけ。待ち時間を含めてほんの二十分程度。それだけで人生を左右する手続きが終わってしまった。説明によると、データベースに登録されている相手の現状確認をするのに少し時間がかかるらしい。常に個人情報の更新はされ続けているらしいが、今この瞬間にマッチングした相手が死亡してしまう可能性もある。勿論、該当相手が望まなければ、また別の相手を検索し直す手間もある。
―「運命の相手」といっても、随分と現実的なものなんだな……。
緊張気味に相談窓口を訪れた獏良は、出口を出る頃にはやや拍子抜けしていた。
*
マッチングセンターから封書が届いたのは、それから一週間後。縁結びを意識しているのか、水引きをモチーフとしたロゴマークが端に印刷されている。中には、利用登録者専用サイトのURLとID・パスワード、会員証が入っていた。すぐに携帯でQRコードを読み取り、表示された専用サイトにログインしてみる。マイページには既にAIが選んだ相手の略歴が載っている。紹介には時間がかかると聞いていた割には随分と早い。選ばれたのは一人目なのだろうか。
略歴には、出身地や家族構成、学歴、現在の勤め先などの欄がある。相手の勤め先はいわゆる企業間取引企業で、一般に広告を出している会社ではなかった。獏良にも馴染みがない。調べてみると、マッチングシステムを運営する某大企業とも取引きのある準大手企業だということが分かった。業種はITビジネスとあり、漠然としたイメージしか掴めない。考えていても仕方がない。仕事内容は本人に確認した方が早いだろう、と早々に見切りをつけた。
なぜクリエイターの端くれと準大手ビジネスマンがマッチングしたのだろうか。獏良はマッチングの結果に半信半疑だったが、両親は手放しで喜んだ。良い相手と巡り会ったのは、息子にそれだけの器量があるという考えらしい。
相手の素性が判明しても、どんな相手であるかは実際に会ってみないと分からない。どんなに立派な職に就いていても、人格に問題ありでは人生のパートナーには選べない。直接の連絡先はまだ互いに伏せられているので、会員専用サイトへ顔合わせの希望日程を提出し、相手の返答を待った。
三日後に童実野町近くの駅で顔合わせと決まったのは、それからすぐのことだった。獏良はこざっぱりとした服を選び、童実野駅から電車で移動し、指定の駅へと向かった。
待ち合わせ場所は駅前広場。立って周囲をきょろきょろと見回す。見知らぬマッチング相手の手がかりは、略歴から読み取れる情報と専用サイトを介して提示された目印の服装だけだ。行き交う人の中に何とかそれらしき人物を見つけ、上擦った声で話しかける。
「あの……、自分は獏良といいます。もしかして、待ち合わせの方ですか?」
もしかしたら、これでは不審に思われるのでは、と言った後で後悔した。心臓がバクバクと暴れ出す。相手は獏良の声で反応して携帯端末から視線を上げた―。
*****
その日から獏良はバクラという青年と時間を見つけては会うようになった。互いのことを何も知らない状態なので、しばらく会う場所はゆっくりと話ができるカフェなどを選んだ。
バクラという青年は瘦せ型ですらりと背が高く、鋭利な刃物のように近寄り難い雰囲気を持っている。初対面のときに獏良は鋭い目つきに一瞬だけ怯んだものの、名乗るとすぐに浮かんだ柔らかい笑みに安心したのだ。
見た目通りに歯切れの良い口調をしており、たまに圧倒されるが、じめじめとした卑屈なところがないので余計な気を使わずに済む相手。始めのうちは緊張した面持ちだった獏良も、バクラの人となりが分かるようになり、回数を重ねて砕けた調子になっていった。