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    あきたけん🐺

    @TRRIM

    バク獏に生き、バク獏に散る。
    @TRRIM

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    あきたけん🐺

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    ※パラレル、二心二体
    一週間限定公開だったものです。
    バク獏のつもりで書いていますが、コンビみたいなものです。
    盗獏感も伝わって欲しい。

    #バク獏
    tapir

    不幸な少年×新米へっぽこマジシャン子どもたちの楽しげな声が聞こえる。
    住宅街の中にある簡素な公園。すべり台やブランコなどの一般的な遊具がある他は、面積がやや広いくらいが特徴のない場所。もちろん、ご多分に漏れずサッカーや野球などのボール遊びは禁止だ。
    休日に賑わう程度のそこに少年はいた。一人でベンチに座り、光のない瞳を景色に向けている。年の頃は十歳を過ぎたあたり。皺だらけのシャツに痩せこけた身体。一目見ただけで親の目が行き届いてないことが分かる風貌だ。
    警戒心の強い動物のように鋭い目つきをしている。まるでこの世のすべてが敵だと言わんばかり。
    ぐるる、と腹が寂しげな音を鳴らした。もう一週間もまともな食事を取っていない。

    母親――という彼を産み落としただけの女は、昔から在宅しているより外へ出かけている方が多かった。働きに出ているとは言っていたが、香水をぷんぷんと匂わせて着飾って出かけるので、別の理由があるに違いなかった。
    実際に「カレシ」という男を家に連れ込むことも多い。しかも、短期間で違う相手に変わる。そのカレシたちは彼の存在に気がつくと、害虫でも見つけたかのような顔をする。自宅のはずなのに居心地が悪かったので、カレシたちが帰るまで外で時間を潰すことが多くなった。
    一握りの情からか、なけなしの義務感からか、母親は外出するときに数枚の紙幣を置いていった。
    始めのうちはいい。一週間も放置されては、とても足りない。次第にまだ幼いというのに金の節約を覚えていった。そのうち、家庭に問題のある子どもに対し、たまに格安の弁当を配る店も近所に見つけた。店のサービスを利用しつつ何とか食い繋いでいった。

    今回の女の外出は二週間以上になる。帰ってくるのか甚だ疑問だ。わずかな金は底を突き、格安弁当の提供も次はいつになるか分からない。さすがに体力の限界を感じた。
    児童相談所に連絡をするという手もあるが、この地区の担当は、「この子が学校に行きたがらないんです」「無理に行かせたくなくてぇ」「女手一つで育ててますから、行き届かないこともありますけどぉ」という女の言い分を鵜のみにし、すぐ帰ってしまうような人物だ。そして、担当が帰った後に女の機嫌は必ず悪くなる。下手に動いたことで、もっと状況が悪くなることを少年は懸念していた。
    いっそのこと交番に駆け込むべきか?いや、あの女は父親が警察官だと言っていなかったか?出会ったことのない人物だが、女と繋がりがあるであろう組織を頼って問題はないか?
    少年は子供らしからぬ頭の回転の早さで次の行動について考えていた。

    一際高い子どもたちの歓声が上がった。思考を中断させられた少年は、顔をしかめて声の方向に視線を向ける。
    数十メートル離れた園内に小さな人垣ができていた。子どもだけではなく大人も混ざり、合計二十名ほどが集まっている。彼らが見ているのは、一人の青年。バクラからは長いマントをつけた後ろ姿だけ確認ができる。
    青年は空中に向かって玉を放り投げた。徐々に数は増えていき、合計八つの玉が空を華麗に舞った。観客たちがどよめき、大きな拍手を送る。
    次に青年が棒状のものを取り出して振ると、今度は朗笑が起こった。
    こうして、次から次へとストリートマジックが繰り出されていく。少年の位置からはすべてが見えるわけではないが、観客の様子からして概ね好評のようだ。
    ズボンの後ろポケットからハンカチを取り出そうとして何かに引っかかったのか、青年が慌てた様子でポケットを探っている。何枚も結ばれた色とりどりの布がからかうように宙をヒラヒラと泳ぐ。地面に複数の何かが落ちていく。手品の小道具だろうか。子どもたちは滑稽な姿に跳び跳ねて喜んでいた。
    すべてのマジックが終わると、また大きな拍手が沸き上がる。青年は丁寧に何度もお辞儀をしていた。
    それを見ていた少年――バクラは不満げにフンと鼻を鳴らした。公園のど真ん中でやられては目障りだ。マジックなど、ただの大道芸で何の足しにもならない。やっと静かになる。
    バクラの手がズボンのポケットに伸びる。指に触れた幾つかの硬い感触をそのまま掴み、外に出す。手のひらには小銭が少し。指で数を確認する。百円が三枚と十円が……全部で三百四十八円。これがバクラの全財産だ。どんなに節約しても、あと一週間は持たない。感情のない瞳で銀や銅のコインを見つめる。
    すると視界に色白の手が入り込んできた。手のひらには外国人が描かれた銀色のコイン。それが生きているかのように指の上をくねくねと進む。人差し指から小指に辿り着くと、今度は手の裏側も同じように動く。そうしてコインは青年の指の上を何回も周った。最後に手がコインを握りしめる。次にパッと開かれたときには、何もなかった。
    手の持ち主はマジシャンの青年だった。彼は両手を顔の前で交差させたり、回転させたり、再びコインを出現させる。そして、もう一度自由に操った。
    コインが存分にマジシャンの身体を這い回った後、大袈裟な手振りをし、パチンと両手を一度だけ叩いた。手の上に現れたのはコインではなく、鮮やかなオレンジ色のみかん。それがバクラに差し出される

    「どうぞ。マジックを見てくれたお礼だよ」
    「金なんて持ってねェぞ」
    人懐っこい青年の笑顔に対し、バクラは素っ気ない反応を示した。コインの器用な動きに一瞬は意識を奪われたものの、所詮手品は手品。余裕のある人間のための娯楽だ。それで懐が温かくなるわけでも、腹が満たされるわけでもない。
    「子どもからお代は取らないんだよ」
    青年はめげずに柔和な笑顔を浮かべている。美しい顔立ちに線の細い輪郭。艶やかな白い長髪がさらりと揺れる。
    バクラは少し考えてから、手の上にあるみかんを素早く取ってズボンのポケットに押し込んだ。少しでも腹の足しになるものなら遠慮なくいただく。しかし、手品というものに魅力は感じない。無遠慮に人差し指を青年につきつけて言った。
    「コインの方は分からねえが、みかんは袖の中に隠していたな。あんたのクセか?仕掛けてある方とは逆の手が動いてたぜ」
    青年は目を丸くしてから、やはり人の良さそうな表情を浮かべて拍手をした。
    「すごいすごい!上手くやったつもりだったんだけどなあ。洞察力がある!君は手品師の才能があるね」
    「何が手品師だ。こんなの、イカサマ師か盗人の才能だろ?」
    バクラは称賛にも面白くなさそうな顔をし
    た。実際に空腹に耐えかねて食品店から食べ物を少々くすねたことはある。至るところに監視カメラが設置してあり、大勢の人の目もある中での盗みは神経がすり減った。義務教育中の子どもの悪事は、捕まれば大事になっただろう。大人の味方がいないバクラにとって避けたい事態だ。失敗したときのリスクを考えれば、最後の手段にしておきたい。幼さが残っているはずの少年の横顔は悲しいほどに疑心暗鬼に溢れていた。
    マジシャンの青年は友好的な笑顔を浮かべ、
    「隣、座ってもいいかな?」
    バクラの顔を覗き込む。優しい光を湛えた瞳が輝いている。答えが返ってこないことをイエスと解釈したのか、ベンチの隣に座った。
    青年は獏良と名乗った。駆け出しのマジシャンで、子どもが集まりそうなところを転々としているらしい。名前や住所などあれこれと尋ね始めたので、バクラは全部聞き流した。
    「手先には自身あったんだけどねえ」
    獏良は再びコインを取り出し、自由に手の上でくねくねと散歩させる。もう片方の手からも一枚のコインが現れ、肩から腕をすべり台のように落ちる。
    自然な動きがバクラの目を釘づけにする。手品に興味がないはずなのに、鮮やかな手つきに意識を奪われていた。
    やがてコインは片方の手のひらに集まり、瞬きしているうちに二枚から四枚に増える。指の間に行儀良く収まっていた。
    「これはね。実はタネがなくて、指先の技術……指を動かしているだけなんだよ」
    獏良は指の細かい動きをバクラに見せる。すべての指が器用に異なる動きをしている。難関な曲を弾くピアニストのよう。
    「誰でもできるけど、だから難しい。有名なマジシャンだと、とっても上手くできるそうだよ。こういうのは得意なんだけどな……。僕は肝心のタネがある方が苦手で」
    獏良の顔に浮かんでいるのは、ヘラヘラとした閉まりのない困り笑い。バクラは冷めた視線を送ると、鼻を鳴らして素っ気なく言った。
    「マジシャン向いてないんじゃねえの」
    そんな悪態にも獏良は気を悪くした様子は見せず、後ろ頭に手を当てる。
    「これは手厳しいね。君の言う通りだよ」
    まるで張り合いのない態度がバクラを苛立たせる。暢気な様子が余裕に見え、自分との対比になって許せないのだ。ポケットの中には三百四十八円とみかんしかない。心情が目つきに出ていたのか、獏良は笑うのをやめて空を見上げた。
    「練習してもなかなか上手くならなくてねえ……。僕には妹がいてね。ちょうど君くらいだった。家族でショッピングモールに行ったときにステージで手品のショーをやってて……。僕みたいのじゃなくて、本当に上手なマジシャンだった。だから、妹は魔法だって目を輝かせて喜んでて……あれが家族みんなで出かけた最後だったな……。手品は子どもたちにとっては魔法みたいに夢があるものなんだ。僕も子どもたちを笑顔にしたくてマジシャンになったんだ」
    空を仰ぐ若いマジシャンの顔は懐かしげで少し寂しげでもあった。透き通った瞳は青い空でも白い雲でもない、どこか遠くを見ている。再びバクラと視線を合わせたときには、憂いを帯びた表情は消えて元通りの飄々とした笑顔に戻っていた。
    「いやあ、本当に全然上手くならないんだけどね。要領が悪いのかなあ」
    長い睫もきめ細かい肌も艶のある唇も、先ほどより眩しく見え、バクラはすぐに視線を外す。
    「……まず、才能がない」
    「そんなあ」
    「笑顔になったところで腹が膨れるのかよ。まったく無駄だぜ」
    苦し紛れに吐いた言葉は本人が思ったよりも鋭かった。返事はいつまでもない。遠くでわいわいと子どもが遊ぶ声だけが聞こえる。さすがに反応を窺おうと、バクラが隣に瞳だけを動かすと、予想に反して獏良は何か考え込んでいるようだった。眉間に皺を寄せて虚空を見つめている。
    ただらなぬ様子にバクラが声をかけようとしたとき、花が開いたような明るい表情が浮かんだ。獏良はベンチから跳ねるようにして立ち、マントを翻し、両手を広げる。そして、辺りに向かって声を張り上げた。
    「ご声援にお答えして、今日は特別なマジックをお見せしますっ!」
    園内の親子連れや通行人までもが何事かと注目する。獏良は堂々と恭しげに右足を後ろに引いて片腕を腹の前で添えて一礼。その挙動に魅せられた周囲の人間が近寄ってくる。
    人の流れがまだ緩やかな状態で、獏良はバクラが前に出るように腕を無理やり引っ張った。
    「お、おい」
    抗議の声に茶目っ気たっぷりのウインクが返ってくる。
    「さあ、お急ぎでない方はどうぞご覧下さい。人間消失マジックです!このお手伝いしてくれる勇気ある少年が、なんと一瞬にして消えます!三、二、一……――」
    バクラは混乱の中で、しなやかな手が闇色のマントをくいくいと引くのを見た。
    バババ、パンパンパパン――。
    青空に向かって連発されるクラッカー。弾ける音と飛び出すカラフルなテープが人々の目を釘づけにする。楽しげな声が辺りに広がり、あっという間に人集りができた。
    観客たちは少し落ち着いたところで、少年の姿が消えていることに気がついた。誰からともなく拍手が起こる。獏良は糸巻の要領で両腕を回して素早くカラーテープを回収し、今度は大きな風船を取り出した。
    「拍手声援、ありがとうございますっ!続いてお見せするのは、変幻自在のバルーンアート」
    獏良が息を吹き込むと風船はあっという間に膨れ上がり、鮮やかな手つきで捩られ、犬の形になる。幼い子どもたちは大喜び。保護者からも感嘆の声が上がる。
    「次は何がいいかな?」
    マジシャンからの問いかけに、子どもたちが一斉に答える。
    「パンダー!」「しょうぼうしゃ!」「ミミーちゃん!」「ライオンしゃん!」
    「じゃあ、一番元気のいい子のリクエストに答えようかなー」
    獏良は子どもたちに話題を振りながら難なく期待に応えていく。動物や乗り物、人気キャラクターなど。全員が満足したところで、次の手品へ。トランプのカードが素早く回転しながら空中を自由に飛び回る。ウサギのぬいぐるみが服の中から突然現れて飛び跳ねる。空の手から大量のシャボン玉が噴き出す。
    絶え間なく繰り出される演目に、観客たちは飽きることなく目を離さない。最初に消えた少年のことは、すっかり忘れて楽しんでいる。
    その少年はというと、実は獏良が身につけている長いマントの中に隠れていた。最初からずっと弛んだ布の中に包まれている。大がかりなマジックほど仕掛けは単純であるのだ。
    獏良は観客たちの気を逸らすマジックを選んで披露している。最初のクラッカーで観客たちの意識を上に向かせている間に少年をマントの下に隠した。事前の打ち合わせなしで簡単な合図のみだったが、少年の洞察力と頭の回転の速さを見込んでの賭けだった。観客の視線を手品によって誘導し続け、バクラが獏良の足にしがみついて離れないようにしていれば、誰にもばれることはない。
    マント一枚に隔てられて遠くに聞こえる観客の歓声をバクラは腹立たしく思っていた。反射的に獏良の合図に応えてしまったものの、マジックに参加するつもりなど毛頭なかった。自分の反射神経の良さを呪った。ここで外に出ていけば、マジックを台無しにすることはできる。しかし、代償として己が間抜けな子どもに成り下がる。それはバクラのプライドが許さない。結局はマントの下で渋々獏良の動きに合わせることになる。巻き込まれた時点で負けだった。完全にこの出来損ないのマジシャンに乗せられてしまった。
    そうこうしているうちに獏良のマジックは最終局面に入る。
    「さあ、最初に消えた少年はどこに行ってしまったのでしょう?僕、このままでは誘拐犯になっちゃいます」
    おどけた調子にどっと笑い声が上がる。そのままあっちだこっちだと指を差しては失敗を装い、観客の注意を散漫にさせる。その間にマントの中にいるバクラを手探りでとんとんと叩いて再び合図を送る。バクラはマントから抜け出し、獏良の背後へ。
    獏良が何度目かの失敗をしてから大袈裟に「ああっ、僕ってば何てダメなマジシャンなんだぁ」と言いながら頭を抱えてしゃがみこむ。観客の注意は一瞬にして獏良に。すると後ろに消えたはずの少年がいる。勿論、これまでのマジックで然り気なく移動し、背後には誰もいないことを証明している。
    観客は突然のことに息を呑み、数秒してから拍手喝采をした。今日一番の盛り上りだった。仏頂面で棒立ちになっている少年に獏良はウインクを送った。

        *

    「ありがとうございますっ」
    観客は獏良の持つシルクハットに見物料を入れると、それぞれ散らばっていった。子どもたちは笑顔で愉快なマジシャンに手を振り、親に何事か話しかけている。残されたのは二人のみ。
    バクラは面白くなさそうな顔をして荷物をまとめる獏良を見ていた。最初から最後まで獏良のペースに呑まれたのは信じ難いことだった。抜け目のない人物にはとても見えない。最後に文句を言ってやろうと口を開きかけたところに、数枚の紙幣を差し出される。
    「はい。手伝ってくれた分」
    「……なんだこれは?こんなんで……」
    「僕一人じゃできないマジックをさせてくれてありがとう」
    負の感情を一切感じさせない温かな微笑みを前に、バクラは出かかった悪態を呑み込んだ。笑顔のまま獏良の首が微かに横に傾く。
    「別に突っ立ってただけだろ」
    バクラは紙幣を引ったくり視線を外す。偶然わずかに触れた指先に熱がこもっている気がした。
    「ふふっ。これは内緒だよ。偉い人に叱られちゃうからね」
    獏良は桜色の唇に人差し指を立て、悪戯っぽく片眼を瞑る。それから胸ポケットを探り、一枚の紙を取り出した。
    「僕は次の町に行かなきゃいけない。何か困ったことがあったら、ここに連絡しておいで」
    バクラに差し出されたのは、「マジシャン 獏良 了(ばくら りょう)」と印刷された名刺。携帯電話も載っている。
    それをどうすべきかバクラが考えているうちに、獏良はシルクハットを被り、スーツケースを手に背を向けた。
    「また会えるといいね」
    そう言い残し、風にマントを靡かせ去っていった。
    バクラはその後ろ姿が豆粒になるまで見つめていた。手に名刺を持ったまま。爽やかな秋風が頬を撫でる感触は、居心地の悪い自宅よりもずっと柔らかかった。
    「――弁当買いに行くか」

    *****

    腰の高さまである大型のキャリーケースを転がし、獏良はバスの停留所までやって来た。時刻表と時計を交互に見て改めて次のバスを確認する。他に人はいない。気兼ねなくキャリーケースを置き、身体から力を抜いた。ポケットからハンカチを取り出し、汗で濡れた顔や首を拭う。
    昨日から今朝まで慌ただしかった。昨日は公園で手品を披露した後、すぐ管理者に謝罪の電話を入れた。道路や公園で演じるためには管理者の許可がいる。物品販売の禁止や音量の制限など、様々なルールがある。悪質な違反者は出禁になってしまう。
    今回は予定外の騒音を立ててしまった。最悪の場合は公園で大道芸の一切が禁止になり、同業にも迷惑がかかる。電話越しに平謝りだった。クラッカーが暴発したと理由をつけ、数日間続けるつもりだった予定の繰り上げを申し入れ、代わりに信頼できる同業を紹介し、お咎めなしになった。近隣の住民からクレームが入る前で管理者の反応は柔らかく、収入減にはなってしまっても命拾いをした。
    慌ててホテルの滞在期間を短縮し、公演可能な場所を調べ、新しいホテルを予約し――チェックアウトする頃には疲れ切っていた。
    バスが到着するまでの五分間は何もすることがない。道路に行き交う車をただ見つめる。平日の昼間だから人通りは少ない。何もすることがなければ、自然と昨日の公演について考えていた。
    あの寂しそうな少年――公園で出会った彼は事情を口にすることはなかったが、疑心暗鬼に染まった瞳と服装を見れば想像がつく。子どもらしい目つきではなく、獣のような眼光をしていた。きっと頼れる大人がいないのだ。それが獏良にはどうしようもなく寂しく見えて放っておけなかった。お節介であっても。
    行ったことはその場凌ぎの自己満足だということは痛いほど分かっている。手品のことを腹が膨れないと言った少年の言葉は正しい。通りすがりには何もできることはない。名刺を渡すことが精一杯だった。
    ホテルに帰ってから児童関連の情報を一通り検索してみたが、獏良の立場ではやはり力になれることはないことが明らかになっただけだった。
    気がかりを残してこの町を去ることになる。彼が救難信号を出してくれることを祈るのみ。子どもたちに呼ばれたら、どこへでも行くことがマジシャンである獏良の信条だ。原動力は亡き妹との思い出。すべての子どもを幸せにはできない。けれど、目の前にいる子だけでも救いたい。
    獏良は携帯を取り出して着信がないことを確認してから、この地域の公共施設を幾つかブックマークをしていった。今できることといったら、これくらいしかない。憂鬱そうな溜息をついて携帯をポケットに戻した。
    カートのハンドルを後ろ手に持ち、自身に引き寄せようとして、予想外の重量に身体のバランスが崩れそうになる。手品道具が沢山詰まってはいるが、急激に重くなることはあり得ない。車輪に小石でも引っかかったのだろうか。
    訝しげに後ろを振り向くと、カートの上に子どもが堂々と腰かけている。子どもは昔からそうしていたような顔で得意げに笑った。
    「バス来てるぞ。早くしろ。次は三十分後だぞ」
    「ちょちょちょ!どうしたの?!なに??」
    「困ったら声をかけろといったのは、そっちじゃねえか。さあ、行くぞ」
    獏良は呆気に取られ、口をあんぐりと開けた。バスは停留所に停車し、乗降口をそれぞれ開ける。ぱらぱらと降りる乗客たち。
    「いや、確かに言ったけど……。えっ?!行くって……?」
    慌てる獏良に対し、バクラは涼しい顔。スーツケースから降り、バスのステップに足をかけた。
    「子どもたちを幸せにすることがお前の仕事なんだろ」
    「確かにそうなんだけど……。ちょっと待って、これじゃあ本当に僕が誘拐犯になっちゃうよぉ」
    半泣きでバクラの後を追いかけようとすると、何かが放り投げられた。反射的に受け取ってから獏良は不思議そうな顔をする。二つ折りになっている古い型の携帯だ。
    「お前が不利にならない証拠が入ってる」
    「へえ……って、いやいやいや。勝手に決めないでよぉ」
    待ったの声には構わずにスタスタと車内の奥へ進んでいくバクラ。対する獏良は大きなキャリーケースを苦労してステップで持ち上げている。バクラに追いつく前にドアは閉まり、バスが走り出してしまう。
    思い入れのない町が遠退いていく様をバクラは眺め、口元に笑みを浮かべた。こんなに胸の空く想いは久々だ。身体が軽くなったように感じて清々しい。ハンカチで汗を拭う獏良に視線をちらりと移し、これから何をしようか考え始めた。コインマジックの練習をするのもいいかもしれない。

    +++++++++++++++++++

    獏良→新米マジシャンなので肝心のマジックはへっぽこ。得意なジャグリングやバルーンアートなどと混ぜて生計を立ててるっぽいです。
    バクラ→もう少し大きくなったら獏良よりも腕がいいマジシャンになりそう。

    次の更新は、産卵バク獏(一部R18)です。
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    あきたけん🐺

    DONEサイトに載せた18禁小説の18禁部分だけ抜いた(5%ほど)全年齢版です。お試しにどうぞ。
    ※バク獏ショタ
    一週間日記月曜日(晴れ)

    パジャマ姿の獏良は風呂場からリビングにやって来た。母親がキッチンから顔を出し、
    「あら、もう出たのね。歯みがきはした?」
    「うん。明日の準備も終わってるよ。おやすみなさい」
    その答えに母親は満足げに頷く。「おやすみ」と返し、再びキッチンに戻っていった。
    獏良は自室に行き、学習机に置いてあるランドセルのかぶせを開く。中に詰まった教科書を時間割表で確認をする。教科書、ノート、宿題、リコーダー、提出プリント……。他に何か持ち物はなかったかと記憶を辿り、荷物に手抜かりがないと納得し、ランドセルを元に戻す。
    獏良は安心して床に就いた。胸の上でチャリと装飾品が鳴る。
    リングを身につけるようになってからだいぶ経つ。すっかり身体に馴染み、つけていることをもう意識していない。眼鏡や指輪のようなものだ。就寝時にまでつけているのは変わっているかもしれない。身体から離さないように、という父親の言いつけなのだ。さすがに風呂やプールでは外すが、それ以外は言いつけ通りにしている。獏良にとっては既にないと落ち着かないものだ。
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