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    Tari

    @TariTari777

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    Tari

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    相互さんのお誕生日祝いで書いた炭煉小説です。
    なんにも起きてないですが、柔らかく優しい情感を描きました。

    #炭煉
    charcoalMaking

    水温む 下弦の鬼を斬ったときのことだ。そのときの炭治郎には、実力以上の相手だっただろう。常に彼は、強い相手を引き寄せ、限界を超えて戦い、そして己の能力をさらに高めているのだ。
     そのときもそうやって、とっくに限界を超えたところで戦い、そして辛くも勝利した。最後の最後は、満足に身体が動かせなくなった彼のもとに、煉獄が別の任務から駆けつけてくれ、援護してくれたのだ。
     我ながら、悪運は強いと思う。こうして柱に助けてもらったのは、初めてではない。普通なら、とっくに鬼に殺されていたところだ。
     煉獄がほかの柱と違ったのは、彼が炭治郎の戦いを労い、その闘志や成長を率直に喜んでくれるところだ。
    「見事だった、少年」
     そう言って微笑んだ顔が、それまでに見たことのないような、優しい表情で。父や母の見せてくれた笑みに似ているが、それとも少し違う。多分この人は、誰に対してもこんなふうに微笑むことができる。それが家族や恋人でなくても、等しく慈しむことができる人なのではないか。限りなく深く、柔らかな心を、その匂いから炭治郎は感じ取った。
     鬼と対峙したときの、厳しく苛烈な眼差しが、こちらを向いた瞬間に、ふわりと和らぐのを見てしまった。その変化に、心臓が勝手に反応してしまったのだ。皆に向けて、同じように微笑むことは頭ではわかっている。だが、その明るい眼差しに浮かぶ親しみの光が、唇が湛える慈愛が、炭治郎の心を捉えてしまった。
     この笑顔を、自分だけのものにしたい。いや、もっと正確に言うなら、そこに恋慕の情が籠ったものが、ほしい。
     そんなふうに思ったのは、生まれて初めてのことで。自分が彼に向けているであろう眼差しと、笑みと、同じものを返してほしい、そう願ってしまうのだ。自分が向ける熱量の、十分の一でもいいから。
     ……恋とは、欲深くなることなのかもしれない。
     炭治郎は一人、ため息を落とした。


    「おはようございます!煉獄さん」
    「ああ、おはよう!今日も鍛錬か?熱心だな」
     炭治郎は、煉獄の継子となっていた。だから、いつでも彼の家の稽古場に来ていいと言われていた。なので、本当にいつも炭治郎は、任務や用事さえなければ、彼の屋敷に通った。柱は忙しい。任務で何日も自宅を開けることもあれば、産屋敷家に呼ばれたり、胡蝶の屋敷で部下の隊士を見舞ったり。会えないことの方が多かった。
     それでも、一番会える場所はやはり彼の屋敷なので、炭治郎は二日と空けずに通い詰めた。外では鶯が気持ちよさそうに鳴く、うららかな春の日が多くなってきていた。
    「炭治郎さんは、本当に熱心ですね」
     千寿郎がお茶と菓子を持ってきて、そう言った。兄も褒めていましたよ、と曇りのない目で言われると、嬉しくなると同時に、少し胸が痛む。もちろん鍛錬して強くなりたいから来ているのだが、一目でも煉獄に会えれば、という下心もあることは間違いない。一瞬でもその眩しい瞳に、自分のことを映してほしい。そしてその優しい声で、自分の名を呼んでほしい。そんな雑念を振り払うためにも、鍛錬は一石二鳥だった。
     煉獄はここ数日、任務で遠方に出かけていて、全然顔を見られなかった。しかしその日は、ようやく明け方に鬼を狩り終えて、昼過ぎには帰ってくるだろうとのことだった。

    「お帰りなさい、兄上!」
     玄関の方で、千寿郎の弾んだ声がした。
    「ああ、ただいま」
     優しい響きが、炭治郎の集中力を削ぐ。自分は本当に、どうかしてしまっている。炭治郎さんが来ていますよ、という千手郎の言葉に、慌ててまた剣を振り始める。いつも煉獄は、炭治郎が稽古場にいれば、顔を見に来てくれるからだ。
     しかし今日は、煉獄はすぐには来なかった。自室の方へ、静かに歩み去る足音がした。それと同時に、炭治郎の敏感な鼻が、金属のような匂いを感じ取った。
     炭治郎は慌てて服を整え、煉獄の自室の方へと向かった。障子の前で声をかける。
    「煉獄さん、竈門です」
    「少年か、入るといい」
     障子を開けると、中で煉獄は着物に着替えて座っていた。
    「どうした?少年」
     優しく微笑む顔はいつもと変わらないように見えるが、少し疲れが覗く。
    「煉獄さん」
     炭治郎は赤みがかった瞳で、じっと煉獄を見つめる。
    「どこか、お怪我をされてますよね。血の匂いがします」
     そう言うと、煉獄がかすかに息を呑むのがわかった。
    「……参ったな、君の嗅覚の前では、隠し事なんてできんな」
     悪戯が見つかったような、少し幼い顔で煉獄は笑う。その様子にまた、炭治郎は心が浮き立つのを感じる。
    「見せてください。まだ出血しているようなので、綿布を替えましょう」
     千寿郎には隠せたのにな、とまだ煉獄は言っている。
    「心配させないことも大事ですが、人に頼ることも相手のためですよ、煉獄さん」
     そう言ってから、炭治郎は慌てて自分の口を押さえた。
    「す、すみません、生意気言いました!」
     少なくとも、継子が育手に向かって言う台詞ではないだろう。だが煉獄は、真面目な目をして言う。
    「そうだな。……君の言う通りかもしれん」
     なかなかそれが不得手でな、と苦い笑みを浮かべる。わずかに、淋しいような、途方に暮れたような匂いがした。
    「あの」
     炭治郎が言葉をかけようとしたときには、煉獄は潔く諸肌もろはだを脱いでいた。左の肩から右の脇腹に向かって、斜めに包帯が巻かれている。鉄のような血の匂いが鼻をついた。
    「毒のある鉤爪だったようでな。呼吸を使っても、なかなか出血が止まらないんだ」
     そう言いながら、包帯を外していく。その下の綿布は、まだ血が滲んでいた。呼吸の使い手だからこれで済んでいるのだ、ということは炭治郎にもわかった。おそらく通常の人間なら、大量の出血で動けなくなっていただろう。
     それを、この人は、なんでもない顔で。炭治郎は悔しさや切なさがない混ぜになって、堪らずその綿布へと手を伸ばした。そっとそれを剥がせば、生々しい傷が口を開けている。
    「……そんな顔をしないでくれ」
     煉獄が、右手を炭治郎の頭に置いた。優しい掌だ。ちょうど、冬の終わりを告げ、冷たい水をぬるませる春の優しい日差しのようだ。その温度に、堪えていたなにかが、瞼の奥から溢れてしまいそうだ。
     煉獄は、小さく息を吐いた。
    「竈門少年」
     静かに、煉獄が呼んだ。普段は元気いっぱいの大声を出すくせに、こんなときばかり優しく、彼の声は心の中に入りこんでくる。
    「……はい」
    「君の話を、してくれないか」
     え、と炭治郎は綿布を持った手を止める。煉獄は、どこか遠くを見る目をして、言葉を続けた。
    「君が普段、なにを思い、どんなふうに日々を過ごしているのか。聞かせてほしい」
    「あ、はい」
     少し混乱したまま、炭治郎は返事をした。自分の日常など、煉獄に話して聞かせるような特別なことはなにもない。
    「たとえば、鍛錬が終わったあと、任務のない夜はなにをしているか、とか」
     そっと、煉獄が促すので、炭治郎は顔をあげる。
    「……そうですね。俺は、任務のない日は、毎晩日記を書きます」
    「ふむ」
     煉獄は、真剣に聞いている。
    「禰津子の……妹のために。人間に戻ったら、鬼になっていた間のことは忘れてしまうかもしれないから。だから、毎日どんなことが起きて、なにを感じたのか、できるだけ書き留めています」
    「そうか」
     吐息のように、煉獄が応じた。炭治郎は息を吸い、続きを話す。
    「それから、日が沈むと禰津子が起きてくるので、一緒に散歩をしたりします」
     綿布を変え、包帯を手に取りながら、炭治郎は続ける。
    「朝起きると、晴れていれば、澄んだ空気を吸いに外へ出ます。その日の空の様子を見たり、庭に咲いている花を眺めたり、その日の……空気の匂いを嗅ぎます」
     少し、煉獄が笑った気がした。炭治郎は不意に、朝の情感をありありと思い出した。
    「そう、その日の匂いを嗅いで、考えます。今日はどんな日になるだろうか、自分はなにができるだろうか、少しでも成長できるだろうか、そして」
     言葉を切り、煉獄の顔を正面から見据える。
    「……あなたのことを考えます」
     鶯が、短く鳴いた。煉獄はわずかの間固まって、そして目を瞬いた。
    「俺のことを?」
    「はい」
     包帯を巻いていた手が、ぎこちなく震えた。鼓動が身体中に鳴り響き、煩いくらいだ。一瞬だけ目を閉じ、呼吸を整える。
    「山の端を染める朝日を見て、あなたの瞳を思います。遠くへ飛ぶ鳥の影を見て、あなたの背中を思い浮かべます。ようやく開いた蕾を見て、あなたの微笑みを思い出します。澄んだ空気の匂いを嗅いで、あなたの匂いを探します」
     一息に言って、炭治郎は口を閉じた。巻き終わった包帯の端を結んで、煉獄の着物を直す。
     かすかに、煉獄は口を開けていた。それから、思い出したように、きゅっとその唇を引き締めた。
    「……少年」
     静謐さを湛えた声で、煉獄が呼んだ。
    「それではまるで、愛の告白だ」
     そうして、ふわりと微笑んだ。まるで、固く閉じた桜の蕾が開くように。長い冬に耐え、蕾のままで長いときを過ごして、人々が待ちわびたころに、ようやく綻んだ花のように。甘く、涼やかで、優しい香りが立ち上る。
     ああ、これがこの人の香りなんだ。炭治郎はそう思い、同じように微笑んでみせた。
    「そうですね」
     煉獄は目を伏せ、囁くような声で、
    「否定しないんだな」
    と言った。
     どこか、その顔はうれしそうに見えた。それと同時に、手の届かない、人ならざるなにかのようにも思えた。
     煉獄が瞼を上げる。よく晴れた日の黎明のような、眩く冴え渡る眼差しが現れる。
    「ほしいものがあるのなら」
     着物のあわせを整えながら、煉獄が炭治郎を見る。その視線だけで、炭治郎は胸が苦しくなる。
    「手に入れてみせろ、少年」
     この人は、その双眸に太陽を宿しているのだ。その心と同じように。直視する勇気のあるものだけが、その心に触れられる。
     午後の深い日差しを浴びて、煉獄は美しかった。冷たい水をぬるませる、そんな午後のことだった。
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    Tari

    DONE相互さんのお誕生日祝いで書いた炭煉小説です。
    なんにも起きてないですが、柔らかく優しい情感を描きました。
    水温む 下弦の鬼を斬ったときのことだ。そのときの炭治郎には、実力以上の相手だっただろう。常に彼は、強い相手を引き寄せ、限界を超えて戦い、そして己の能力をさらに高めているのだ。
     そのときもそうやって、とっくに限界を超えたところで戦い、そして辛くも勝利した。最後の最後は、満足に身体が動かせなくなった彼のもとに、煉獄が別の任務から駆けつけてくれ、援護してくれたのだ。
     我ながら、悪運は強いと思う。こうして柱に助けてもらったのは、初めてではない。普通なら、とっくに鬼に殺されていたところだ。
     煉獄がほかの柱と違ったのは、彼が炭治郎の戦いを労い、その闘志や成長を率直に喜んでくれるところだ。
    「見事だった、少年」
     そう言って微笑んだ顔が、それまでに見たことのないような、優しい表情で。父や母の見せてくれた笑みに似ているが、それとも少し違う。多分この人は、誰に対してもこんなふうに微笑むことができる。それが家族や恋人でなくても、等しく慈しむことができる人なのではないか。限りなく深く、柔らかな心を、その匂いから炭治郎は感じ取った。
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