文さん付き合って4年、同棲して1年ちょいの愛しい恋人に今日も僕は懇願する。
「ふみさん、文さん、結婚しようよ」
「……」
「指輪は文さんが好きそうなシンプルなやつにして、式も文さんが好きそうな身内だけの小さいやつにしよう」
「……」
「指輪の裏には結婚記念日の日とお互いのイニシャル入れよう。文さんのFと僕のTと……」
「……透さん、勝手に決めていかないで」
本を読んでいた文さんがやっとこちらを見ながら一言返事をした。
サラサラの黒髪、黒い瞳の文さんは高校時代の後輩で、当時は長い三つ編みに黒縁メガネの委員長とか図書委員という姿であった。
図書館の窓辺で本を読む彼女に見惚れて告白したのは僕の方だった。
普段無表情な彼女だが、僕が彼女の名前を呼ぶ度に少しだけ柔らかく微笑む姿はとても美しく、他の誰にも見せたくなかった。
最初はみんなが彼女を「ぶんちゃん」と呼ぶから何でかと思ったが、下の名前が文で、文学好きだからあだ名になったらしい。
だから「ふみさん」と呼ぶのは僕だけらしく、それも少し誇らしかった。
言葉も表情も少ない彼女だが、付き合いうちに僕の事を大事に思っているのがわかってきて、絶対彼女と結婚をしたい、と将来を見据えてきた。
そして今年20歳を過ぎた文さんに何度か先程のようにプロポーズ紛いの話をするのだが、何故か色良い返事が貰えない。
僕は恥を忍んで文さんの親友の陽子さんにこの件について相談する事にした。
「篠山先輩、ぶんちゃんの件で話って?」
今どきの女子大生をそのまま想像したらこの子、という姿の陽子さんに文さんに結婚の話をしてもかわされている話をした。
本当に恥ずかしくて誰にも言いたくなかったが、彼女も僕を好きなはずだし、何故話をかわされているのか、そこがわかればきっと前に進める、そんな気がするのだ。
「それはおかしいわね、ぶんちゃんは先輩のこと大好きだから同棲する時も頑張って両親説得していたくらいなのに……ちなみにどんな風に話したの?」
そう聞かれ、こと細かく話の詳細を伝えると
「あ~……わかったわ、理由……」
と陽子さんは額に手を当て呟いた。
そして彼女が語った数言に僕は愕然とさせられた。
「ふみさん」
部屋に帰って文さんに呼びかける。
文さんは本から顔をあげ、小さくおかえりなさいと言ってくれた。
しかし、僕が言って欲しかった言葉はそれじゃない。
「文さん、なんで名前が“ふみ“さんじゃなくて本当は“あや“さんだって教えてくれなかったの?!」
文さんは本を置いて僕の手を引いて一緒にソファーに座った。
繋いだ手が震えているから泣いているのかと思ったら文さんは震えるほど笑っていた。
そして唖然とする僕に短い口付けをすると珍しく長く話をしだした。
「透さんとは学年が違うから名前も知らないだろうとは思っていたけど、ずっと気づかないから面白くて周りにも言わないでねって口止めしていたの。だから指輪のイニシャルも違うから頷けなくて。それにね……」
彼女は僕の顔を見て今まで見た中でも1番綺麗な笑顔で続きを語った。
「透さんが呼んでくれる“ふみさん“って呼ばれ方が好きだから変えて欲しくなかったの。」
目の前の美しい笑顔に囚われた。
だから僕が結婚の了承がもらえた事に気づくのはそれから少し先の話だった。
(終)