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    とらめ

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    とらめ

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    俳優🔥さん×代行サービス🎴くんの続き(その3)

     馴染みの店はいくつもあるが、本当にいい店というのは秘密にしておきたいものだ。俺にとってはこの店がそう。繁華街から離れていて、場所が分かりにくく、一見しただけでは店があることにさえ気がつかない。内装は流麗で、料理は美味しく、食器も上品。プライバシーは完璧に守られ、接客にも文句のつけどころがない。特別な日に特別な人と来たい店だ。例えば両親の結婚記念日とか、弟の受験の合格祝いとか。そう、つまり俺は、この店に家族以外の人間を連れてきたことがない。

     炭治郎は完全に緊張してしまい、椅子に座ったままカチコチに固まっている。
    「おっ…俺、場違いじゃないですかね…!」
    「そんなことはない!楽にしてくれ!」
    笑ったりしては失礼だろうが、縮こまっている様子が面白くてこっそり笑ってしまった。
    「苦手なものはないか?」
    「だ、大丈夫です!なんでも食べられます!」
    「それは結構!では始めてもらおうか!」
    案内してくれた店員さんにコース開始の合図を送る。合わせて日本酒の飲み比べセットを頼んだ。国内屈指の5種類の銘酒がそれぞれ小さなグラスに注がれたものだ。
    「君はどうする?」
    「ええと、カシオレ…があるわけないですよね。俺お酒弱くてあんまり飲めないんです。匂いだけで酔っちゃうくらいで。水割りかソーダ割りみたいなのありますか。」
    ふむ、と頷いてお品書きを眺める。では梅酒を水で割ってもらうとしよう。「無理せずとも、ノンアルコールもあるぞ。」と言うと、彼は「乾杯はお酒がいいかなと思って。」と笑った。可愛い。

     料理がテーブルに並ぶ度に、炭治郎はわぁっと喜びの声を上げた。
    「すっごく美味しそうですね!お皿も綺麗…!」
    「季節によって皿を変えていると聞いた!確かに、実に美しいな!」
    「はい!俺、こんなごちそう食べるの初めてです!なんだかもったいないですね。」
    「舌で味わうまでが料理だ!遠慮なく頂こう!」
     確かにお通しの胡麻豆腐からすでに絶品だった。最初は緊張していた彼も、次々と現れる料理に大喜びし、徐々にリラックスしてきたようだ。おいしいおいしいと笑顔で食べるのを眺めているだけで、俺もグラスを運ぶ手が進んだ。

     もし一般人が俳優と食事をする機会があったら、どんな話をしたいだろうか。ドラマ制作の裏話?CM一本のギャラ?某俳優と某女優がデキてきるという噂の真相?炭治郎はそんなことは一切聞かなかった。初めのうちこそ俺が出演してきた作品を褒めるなどしたが、だんだんと自分の話を聞かせてくれた。戦隊ヒーローのリーダーに憧れて赤いランドセルを欲しがったこと、家族で行った潮干狩りで自分も迷子なのに迷子の女の子の親探しを手伝ったこと、卒業旅行で初めて行った海外で現地の人に大層親切にしてもらったこと…。なんだか心が温かくなって、気づくと俺も自分の話をしていた。台風の日に縁の下に逃げ込んできた猫をこっそり部屋に上げて匿まったこと、産まれたばかりの弟があまりに可愛くて一日中抱っこしていたこと、スカウトされるまでは教師になりたいと思っていたこと…。
    「そんな話初めて聞きました。」
    「うむ!人に話すのは初めてだからな!」
    「えっ、聞いちゃって良かったんですか?」
    「いいとも!何でも聞いてくれ!」
     これらはどんなインタビューにも公開しなかった話だ。彼が知る由もない。だが俺は彼が知りたいことは何でも話したかったし、彼自身のことももっと知りたかった。時間がいくらあっても足りないほどだ。

     俺は本当に気分が良くて、「君も飲んでみるか?」と持っていた日本酒を勧めてみた。炭治郎はその小さなグラスを両手で持ち、恐る恐る香りを嗅ぐ。そのままちろり、と舐めてみて、「やっぱり俺には早いみたいです。」と照れ笑いしながら返してきた。ふと見ると、彼自身の梅酒の水割りはほとんど減っていない。それなのに、彼の頬はほんのりと赤く染まっていた。小さな個室内には確かに日本酒の芳醇な香りが漂っていたが、よもや本当に匂いで酔ったというのか。
     酒に弱いなどという次元ではないなと判断し、返されたグラスを受け取る。彼も自分の梅酒が減っていないことに気づいたのか、えへへと笑いながらこくこくと飲んだ。そして薄く開かれた口元から、はぁ、と小さく吐息を漏らす。大きな瞳はとろんと緩み、酒で濡れた唇が「おいしいれす。」と舌足らずに動いて微笑んだ。俺はごくりと生唾を飲み込む。想像してみてほしい。好きな相手が頬を紅潮させ、とろりと潤んだ酔眼で自分を見つめているのだ。酒で心拍数が上がっているのだろう。先ほどから熱っぽく浅い呼吸を繰り返し、その度に胸が小さく上下している。こんな色気に満ちた光景を目の前にして、ただでいられる男がいるだろうか。開かれた襟元の、その火照った首筋と鎖骨に触れてみたい欲求を必死で抑え、俺は「それは良かった!」と笑った。

     これ以上は目に毒だ。デザートのわらび餅とバニラアイスを平らげたところで、「外の空気を吸おうか!」と店外へ連れ出す。結局炭治郎はグラス一杯の梅酒を飲み干した。へろへろと「はれ?おかいけいは…?」と呟く彼の肩を抱き寄せて、転ばないよう支える。「もう済んでいるから安心しなさい。」言うと、「おれだってはらえます〜!」と駄々をこねた。君に払わせる訳ないだろう。俺は大将と案内係の女性に会釈をして店を出た。

     しばらく歩いて住宅街を抜け、ひと気のない公園のベンチに炭治郎を座らせた。この公園は高台のようになっており、すっかり日が落ちた夜の街を一望することができた。夜風が心地よく耳元を通り過ぎていく。炭治郎も外を歩いて少しすっきりしたらしい。俺はほっとして隣に腰かけた。すると彼はすすすと俺に近づき、そのまま俺の肩に寄りかかってきたのだ。驚いて思わず横を向くと、彼は正面を向いたまま、明らかに酒ではない理由で顔を真っ赤に染めている。待ってくれ、どういう顔なんだそれは…!?
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