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    issunnomochi

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    issunnomochi

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    電車に乗る度ちまちま書いてました。

    シャツを買いに行く📿さんと付いていく🍃さんのごく短い話 夏服の買い物に一緒に行ってくれないか、と付き合って2ヶ月の恋人から頼まれれば、断る選択肢があるわけがない。待ち合わせに指定されたのは、老舗ばかりが名を連ねる都会のど真ん中。そこだ、と言って太い指が柳の揺れる通りの一角を示す。渋い輝きを放つ金属のアルファベットは、ローマ字で書かれた店名だ。飾りっけがないからこその静かな気迫に気圧されて、小さく唾を飲む。ショーウインドウには仕立て途中のシャツが飾られ、次の一針で命を吹き込まれるのを待っている。そして、そのウィンドウに映るのは、ぴしりとしたシャツに隆々たる肉体を包んだ悲鳴嶼さんと、場違いにカジュアルなカットソーを着た俺。完全に着る物の選択を間違えて、見えない壁の存在を感じている俺をよそに、悲鳴嶼さんはいつもと変わらない歩幅で店の入り口へと足を進める。どうした、と片眉を上げて怪訝な顔で振り返る悲鳴嶼さんを追いかけて、俺も慌てて重いガラスのドアを押した。
     からん、と小気味良い音が、飴色の天井に吸い込まれる。照りのある木目の棚には、平たく巻かれた布地が整然と並んでいる。厳かな雰囲気に思わず背筋を伸ばした俺に、初老の男性が話しかけてきて、せっかく伸ばした背筋が驚きで縮こまる。
    「いらっしゃいませ、悲鳴嶼様」
    「こんにちは」
     穏やかな笑顔の店員へ、古くからの知り合いへの挨拶といった雰囲気で悲鳴嶼さんが言葉を返す。
    「今日は気持ちの良い天気でございますね」
    「ええ、すっかり柳の緑が美しい季節になりました」
     和やかな二人の会話に、悲鳴嶼さんはこの店に馴染みのある様子が窺えた。
     どうぞ、と勧められるまま、椅子に腰掛ける。悲鳴嶼さんは、てきぱきとした手付きの採寸を受けてから俺の並びに座った。
    「今日は夏物のシャツがご入り用でしたか」
    「ええ、もうじき職場も衣替えで」
    「学生さんは制服がありますけれど、先生はそうもいきませんものね」
     きれいに整えられた爪が開いた分厚いアルバムは布地の見本帳で、様々な種類の生地が丁寧な説明書きの文字と共に、美しく整列している。
    「白地の物はもうお持ちでいらっしゃいますから、例えばこういった青地はいかがですか?」
    「夏らしく爽やかで良い色ですね」
    「肌触りも良くて、これからの季節にはうってつけです」
     襟はこれ、袖はこれ、ボタンはこれ。勝手知ったるといった風情で、悲鳴嶼さんのシャツ選びは進む。店員の指し示した落ち着いた青地がシャツになったところを想像してみる。正確には、そのシャツをまとった悲鳴嶼さんを。夏の暑さもものともせず、涼しげな笑顔で職員室に立つ姿が浮かぶ。きっとよく似合う。悲鳴嶼さんなら何を着ても男前だろうけれど。
    「不死川はどう思う?」
     俺の空想が見えてでもいたかのように、悲鳴嶼さんが急に話を振る。
    「えっ?」
    「傍目に見てどうだろうか」
    「あ、うん、似合うと、思います」
     不自然にしどろもどろになる俺に、悲鳴嶼さんは、そうか、と少しだけ弾んだ声で答えた。悲鳴嶼さんは、こんな風に、普段の仕草に少しだけ楽しさを滲ませることで、嬉しい、を表現する。まるで坊さんのように穏やかで、見ようによっては能面みたいにも見える悲鳴嶼さんが、どんな時どんな風に喜ぶのかを、俺はこの二ヶ月でほんの少しだけ理解した、ような気がしている。
     そんな俺達を見て、店員が柔らかい笑みを浮かべる。
    「よろしければ、採寸だけでもいかがですか?」
    「お、俺ですか?俺は…」
     こんな高そうな店で買い物することなんてないし、という言葉をすんでのところで飲み込む俺に、ご自身のサイズを控えておくだけでも、お買い物の時の参考になりますよ、と言葉が続く。悲鳴嶼さんに助け舟を求めるも、俺の意図が伝わっていないらしく、にこにこと微笑むばかりだ。じゃあ、と小さく頭を下げて、先ほど悲鳴嶼さんが採寸されていたいた試着室の台に足を乗せる。
    「悲鳴嶼様だと台に乗らないと、肩口に届かないんです」
     困ったように笑いながら店員の男性は、俺の背中の中心と腕の付け根にメジャーを当てる。
    「あぁ、あの身長だと、そうでしょうねェ」
    「悲鳴嶼様とはお父様の代からお世話になっていまして。親子二代でご用命をいただけるのは仕立屋冥利に尽きるというものです」
     穏やかな声には確かな誇りが込められていた。こんな店で買ったシャツなら、ただ肌触りだけでなく、気持ちよく袖を通せるだろうな、と腕の付け根から手首までの長さを測られながらぼんやりと思う。
    「不死川様でしたら、襟周りはあちらにかかっているような形の物が、お顔周りがすっきりとしてお似合いだと思います。こういったお色もお似合いになりそうですね」
     そういって差し出されたのは、薄い青緑のワイシャツだ。促されるまま生地に触れてみると、適度な張りがあって確かに着心地が良さそうだった。買うわけでもないのにすみません、という俺の言葉に、いいえ、と店員は妙に満足げな顔で笑う。メジャーを首にかけると店員は、さらさらと名刺のようなカードにいくつか数字を書き込み、俺に手渡した。
    「不死川様のご寸法です。お買い物の際、首回りのサイズはこちらを目安にお探しになるとよろしいかと存じます」
     もちろん私どもにお任せいただけるのなら、必ずご満足いただける一着をご用意いたします、と、付け足すのを忘れない。
    「では、今日はこちらで。よろしくお願いします」
    「はい、確かに承りました。またご連絡いたします」
     どうぞお気をつけて、とガラスのドアを押さえる紳士へ、悲鳴嶼さんがいたずらっぽい笑みで会釈する。丁寧な仕草と、どこか面白がっているような表情が繋がらなくて、ほんの少しいぶかしみながらも、俺も悲鳴嶼さんの背中に続いて店を後にする。
     後日、俺はあの時の悲鳴嶼さんの笑顔の訳を、「G to S」のイニシャルがこっそりと刺繍された、エメラルドグリーンのシャツを受け取って知ることになるのだ。
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