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    【渉零】新衣装の話

    ##渉零

    天性回遊 でも、つかまえて『夜のご殿』を出たとたん、青い鳥はみんな死んでしまいました。
     ──モーリス・メーテルリンク『青い鳥』




     ひと言で言い表すならば洗練された、瀟洒な、或いは気品溢れる、いずれの賛辞が相応かと択ぶに択ばれぬまま、密やかに伸ばした指先で、コートの広い襟をなぞる。緻密に織り込まれた濃青色の硬質な生地は、撮影小道具であるカウチの上に仰向けに横たわる男の、胸元のあたりで不審なほどに円やかな半円を描き、さながら内側に豊満なる果実でも隠し果せているかのように膨らんでいる。指先を外衣のあわせからなかへと滑り込ませると、ひと肌よりもいっそう温かい、小さな生命のかたまりへと触れた。
     かたまりが震え、幽かな、くぐもった声で抗議をする。どうやら貴重な休息の邪魔をしてしまったようだと小声で詫びを入れれば、返ってきたのは、今し自堕落なそぶりで寝こけていた男、日々樹渉の押し殺した朗笑だった。床にまで垂れた薄氷の長髪が殊更愉しげに顫えている。この寝姿が演技ならば、ここは紛れもなく彼の舞台の上であり、夕刻になって特段用もなく大道具部屋へ赴く気になったことも既に、シナリオの一部だったのだろう。
     ──おぬしは本当に掴みどころのない男じゃ。
     渉は目深に被っていたハットを摘み上げて、些か挑発的に片眉を吊り上げてみせた。
     ──それは、零、あなたが私を捕まえることを望んでいないからですよ。
     わざとらしい溜息をついた後、やおらな手つきで衣装の胸元を寛げ、丈夫な布の下で膨らんでいた白鳩をあらわにする。鳩は満更でもなさそうにひと声鳴いて、また少し羽毛を膨らませた。そっと指を伸ばすと、一瞬怪訝な目をして爪先を見たが、終いには自慢の羽根を撫でられることを鷹揚に許した。しかし、どうも翼をいじられるのは気分が快くないらしい。別の箇所を試してみるべく、少しずつ位置をずらしていく。
     ──おっと。背中を撫でてはいけませんよ、このレディがうっかりあなたに恋をしてしまったら困りますから。これ以上私からいたずらに愛を掻っ攫わないでくださいね、零。
     背中以外ならばどこが望ましいのかと訊ねようとしたが、雌の白鳩は早くも背を低く屈めて、全身でなだらかな坂をつくり、忍び寄る指にそこを辿らせようとしている。渉は苦笑して、鳩を元どおり外衣の内側に覆ってしまった。彼の胸元で、行き場をなくした五指が置き去りになる。遣る瀬なく目指した次の目的地は、衣装に縫い留められた煌びやかな青い羽根飾り、その根本に輝く三羽の渡り鳥のブローチだった。いずこを目当てに飛ぶのか、それとも目当てなどはなから有り得ないのか。自由を求めて飛ぶのか、それとも不自由から逃れるために飛ぶのか。一羽、また一羽とつついていると、不意に伸びてきた手のひらが、ふらつく手首を捕まえた。
     ──零、あなたが望んでくださるのなら、私は愛する魔王様の褥を囲う夜闇の帷となりましょう。そうして、夜ごとあなたの肌を温める羽二重となりましょう。あなたの肩の上で愛を囀る青い鳥となりましょう。そうして、いつかはあなたの胸で永遠に眠りましょう。
     ──戯言を。おぬしは、我輩がそれを望むことを望まないじゃろう。
     手首を捻るように返して拘束を逃れれば、今度は五本の指がそれぞれの境に這入り込んで、不躾に絡みつく。眉を顰めても効果はないどころか、むしろ快楽の火に油を注ぐだけであった。深いターコイズブルーに染まった爪先は鱗のようでもあり、羽根のようでもある。柔軟に蠢く長い指は、するすると肌の面を好き勝手に撫でて、不可解な据わりの悪さが増してゆく。
     渉は不敵な笑みで口唇を歪めたまま、絡みついた片手を強く引いた。つられて、姿勢が前屈みに崩れる。咄嗟にカウチの背凭れへ縋らせた空手へ、垂れかかる薄氷の長髪が懐かしげに寄り添う。
     ──零。今あなたが触れている私の羽根が、本当はどんな色をしているか、あなたは知らないどころか、知りたいとすらお思いにならないのでしょうね。
     ──……知るも知らぬも同じこと。
     それは、うすらいの、誰も知らぬ森閑たる秘密の湖の、面に張る怜悧な氷の色の。何もかもを映し、何をも映さぬ鏡の色の。夜毎に天へかかる羽衣の、手の届かぬ無数の星の、仄かに烟る乳色の。
     ──それに、青い鳥など本当はどこにもいなかったのじゃよ。
     カウチの背に乗せていた方の手も捉えられ、もはやどこへも預けられぬ体重を双腕のうちに搦め取られて、冷ややかな真新しい衣装の、見知らぬ排他的な香りに包まれる。次はどこへ隠したものか、先刻までコートの内を膨らませていた、熱く小さなけむくじゃらの生命は影も形もない。言い知れぬ不安が咽喉を塞いだその時、耳朶へ、柔く熱を帯びた唇が押し当てられる。
     ──いいえ、零。いたんですよ、本当は、ずっと。ここに。





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