果たして叶うものならば「朔間くん、起きているかい」
控えめながら確固たる意図を以て宙に投げかけられた言葉が、互いの空間を隔てる間仕切り越しに聞こえたのは、今に意識が虚無に拭い去られようとしたまさにその瞬間だった。底なしの泥濘に沈みかかっていた四肢が小さく痙攣し、のろのろと目覚めへ向かう。あたかも重力に逆らおうとしているかのような重みが仰向けの胸にのしかかり、我ともなしに物憂い溜息を漏らした。それが向こう岸に届いたのか、微笑とも、衣擦れの音ともとれぬ微かな物音が遠く返る。気疎い呻き声で返事をすると、少し話をしてもいいかなと、まるで是非を問わぬ口ぶりが続けた。
「——映画を観たんだ。いや、あれは夢だったのかな。それとも、夢のなかで映画を観たのか、映画のなかで夢を見たのか……よく思い出せないのだけれど、とにかく奇妙な記憶でね。朔間くんは、『ファウスト』という話を知っているかい」
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