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    HERO_CCHAN

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    ボラロジ。いろいろ捏造。

    #ボラロジ
    boralogy

    ナンセンス・ナンセンス これは、俺たちがまだ探偵ではなく用心棒の仕事をしていた頃の話だ。
     アニキは時々、行き先を告げず出かけることがあって、それは決まって週末の午後9時40分頃だった。
    「野暮用だ。夜明けまでには戻る。お前らは順に充電しておけ」
     一番最初にそう告げただけで、以降は「出てくる」とか「頼む」と言葉を濁した。
    「いってらっしゃい。気をつけて……」
     もちろんこの頃も俺は、アニキの仕事や外出にはたいてい同行していたが、一度断られたきり何も言えず、ただただ見送るだけだった。アニキは振り返ることもせず、その後ろ姿はすぐに夜の黒に紛れた。
     俺たちが教団から宛てがわれ暮らしていたのは二階にある広いワンルームの客室で、小さなキッチンとシャワーブース、もちろん充電設備に加え、本来アンドロイドには必要のないベッドが人数分ついていた。個人の空間がないことを除けば、悔しいがかなり身の丈に合わない贅沢な環境と言える。
    「いい加減慣れなさいよ。ほら、先に充電しな」
    「……おう」
     俺はキオに促され、渋々服を脱ぎクレードルに横たわった。ボディに直接電源を繋げば、急速充電しながらコードの届く範囲で稼働することもできる。しかしスリープ状態で充電したほうが機体への負担も軽いし、何より速く終わる。(俺たちは用心棒として、三人が一気に充電やメンテナンス、休息を取ることはない。常に一人以上が、いつでも出られる状態でなければならない。)
    「おやすみロージー。いい夢を」
    「見れねぇよ……」
     いつものように冗談を言いながらキオがシャツを拾う姿を横目でぼんやりと感じながら、俺は眠りにつくのだった。
    「いつか、見られるかもしれないよ。人間みたいに」


     薄らと目覚めると、時刻はまだ月が降りかけている頃だった。シンと静かで、あまりに平和な夜、キオは自分のベッドに靴のまま寝そべり、テーブルランプの淡い光のなかゲームをしていた。俺は裸のままそこに近づき名前を呼ぼうとしたが、寝ぼけて声がままならないでいると、キオのほうから名前を呼ばれた。
    「ロージー。もういいの? 眠れない?」
    「ン……、少し眠いけど、なんか……もういい。七割くらいはできたし……」
    「怖い夢でも見た?」
    「わからない、忘れた」
    「……。……まあいいや、じゃあ交代」
     キオはゲーム機をスリープにすると、俺の肩をぽんと叩いてクレードルに入って行った。
     薄暗い照明が影を落とす、いつも朗らかなキオの無表情。俺は裸足のまま傍で数秒なんとなくその顔を見つめ、アニキを思った。
     彼も俺たちと同じように、こうやって眠ることもあるはずだ。でもあの人は、エンプティギリギリまで働いて、やっと充電したかと思えばいつも急速充電、しかもフルを待たずに終わらせてしまう。
    「あんまり見たことねえな……」
     寂しいような悲しいような、もやもやした気持ちが湧いたが、そういう繊細な感情は実はよくわからない。考えるのも得意じゃない。俺は頭を振り眠気を覚ますと、洗面室のチェストからシャツを引っ張り出し、いつもの出立ちに整えた。


    「夜、長えなあ……」
     月夜に目立つ赤毛の少年は、窓辺に腰かけ風に揺れる草木を眺めていた。
     午前四時。夏であればもう空が白み始めるだろうが、東京の夜はまだまだ明けてはくれない。
     ──夜明けまでには戻る。
     それは、約束だとかいう大それたものではない。一度言ったきりで、ボーラ自身も忘れてすらいるかもしれない。でも、ロージーはいつだってその不確かな言葉に縋り、こうして部屋にいるときも、仕事で出ているときも、ずっと男の帰りを待っていた。飛び出してとっ捕まえたいのにできない。張り込みの忍耐とはまた違う、弱気な心。
    「いっそ強盗でも来ねえかな。そしたら思い切り暴れてやるんだけど……」
     ロージーがそんな不謹慎な言葉を口にしたとき、ドアの向こうからカードで解錠する電子音が鳴った。
    「あっ!!」
     こんな時間にこのドアを開ける人は、(家主を除けば)ひとりしかいない。
    「アニキ!! おかえりなさい!!」
     ロージーは転がるようにドアへ走った。永遠のように感じたたった六時間が全部吹き飛んで、ロージーの顔には満面の笑みが浮かんだ。その盛大な出迎えと対照的に、ボーラは困ったように眉を寄せていた。
    「……ただいま」
    「アニキ!! おかえりなさい!!」
    「それはもう聞いた」
    「ウス!! おかえりなさいッ!!」
    「……」
     そして短い廊下を歩きながら、ボーラは首元からネクタイを引き抜き適当に投げ付け、上着とベルトも床に捨ててしまった。これは毎度あとで片付けると思いつつ、実際は先にキオが拾う。
    (……わ、)
     ロージーはボーラの裸体に一瞬たじろいだ。共同生活をしていて見慣れてはいるものの、ロージーにとってボーラは世界一いい男だ。服の下に隠していたネックレスや、滑らかで厚い胸板、背筋のカーブがスッと通る後ろ姿も、ときめかずにはいられない。ロージーの少なすぎる凡庸な語彙で言うなら、「さすがアニキ!」だ。
    「じゅ、じゅ、充電しますか?! キオはもう十分だし退かせ……、!」 
     動揺を隠す暇も与えず、ボーラは突然目の前の身体を抱きしめた。
    「ロージー」
    「っ、わ、わっ……」
    「うるせぇ……」
     そのまま二、三歩ふらつくと、ふたりはドスンと大きな音をたてベッドに倒れ込んだ。キオのベッドだ、ロージーは思ったが、そんなことは一瞬でどうでもよくなり飛んでいった。
    「あに……、」
    「少し黙れ」
     ボーラはロージーの長い前髪を分け、下に隠れた大きな碧眼を見つけた。そこにあるのは、びっしりと濃いまつ毛に縁取られた、ガラス玉の瞳。目を逸らせず見つめ合う、カメラとセンサが内蔵された見てくれだけのふたつの眼差し。そのボーラの視線がどうにもたまらなくなり、ロージーがぎゅっと目を瞑ると、次に襲ってきた感覚は首元への熱さだった。
     ボーラのキスは唇ではない。ロージーの首元に彫られた揃いの黒いタトゥーだ。細い首を横に裂く墨を、薄い唇はゆっくりと舐りなぞった。 
    「……、ん……」
     黙れ。その命令を守りたくて、ロージーは声を抑えた。名前を呼びたいのも息を吐きたいのも我慢して、ゆっくりとした愛撫に耐え続ける。しかし同時に、ボーラの髪が揺れるたび立つ香りも薄らと感じ取っていた。
     アンドロイド自身に体臭はない。あるのは、外的要因により髪や服に付着するにおいだ。ボーラはいつも、夜更けにひとりでどこかへ出かけて、いつも同じ匂いを纏って、……こうして少し怖い顔で帰宅する。
     そして気まぐれに、ロージーを捕まえてこういう“意味のない”ことをする。
     ロージーは外見こそ少年だが、それは製品仕様に過ぎず総稼働年数は、二人に比べて短いものの、人間よりはそれなりに長い。知識として、人間の恋だの愛だの、──セックスだのがどんなものかは知っている。
     しかし、人間との恋愛や生殖行動を行わないアンドロイド──少なくとも自身にとっては、人間の真似事に過ぎない。
     でも、ボーラにこうして触れられることは嫌でも不快でもないし、無意味だとも思わない。触れ合った部分が熱くなって、ボーラへの尊敬や憧憬がぐるぐると混ざり合う。わけがわからなくなって、考えることも放棄して、熟れた思考で思う。ちゃんと正面からキスしろよ、抱けよ、なあ。
    「アニキ、す……、っ」
     ボーラの唇は耳の下から首筋を擦り、湿った舌先が鎖骨を撫でた。銀髪が頬をくすぐり、ロージーの唇の端から小さな声が漏れる。そして惜しむように真白な肌から離れると、指輪だらけの指先はもう一度だけタトゥーをなぞった。
     その眼差しは、
    「……悪い」
     まるで、何かを憎んでいるようだった。
    「忘れろ」
     ボーラはベッドから逃げ頭を振り捌くと、低い声で言った。
    「……」
    「二度は言わん」
     ロージーは唇を噛み、今度の命令には返事をしなかった。そしてボーラがシャワーブースの方へ消えていくのを見送ると、ぐるぐると毛布に包まり、キオのベッドを塞いでしまった。
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