ウィス→マナ 俺がこのシンヨーの国に迷い込んでから何日経ったのか…日付の感覚がこの国同様に緩やかに過ぎていく日々は、新鮮だ。
倒れていた俺に声を掛けたアサツキの図書館に今日も脚を運ぶ。国の伝承や歴史書の中に俺のように他国から迷い込んだ事例など手掛かりになるものがないか…ただ、その探す行為を連日続けていてもこれと言った収穫がない。となると途方もなく思えてくる。
「ウィスト!今日も来たんだね。調子はどう?」
図書館に入るとアサツキの快活な声が聞こえた。人当たりの良い青年だ。誰とでも仲を深めていく事ができるのだろう。
「ううん…全っ然…成果無し。今日は、何もしたくない。」
そう言って、机に突っ伏す俺を眺めて「そっかぁ〜」と苦笑しているだろう声のトーンと表情をしている事が見もせずとも分かる。
「そうだ、ウィスト。神殿の周辺は、散策した?」
「いいや、していない。そもそも部外者が君達の聖域をウロウロしていいものなのか?」
「大丈夫だよ!ここの地域に住んでる人達もよくこの神殿を憩いの場にしてるんだ。だから、ウィストも少しでも心を癒してきて?」
アサツキが笑顔を見せる、人懐こい。
「分かった…少し散策してみるよ。何か手掛かりがあるかもしれない。」
そう言って、腰を上げるとアサツキが思い付いたように言った。
「あ、そうだ!僕のオススメの場所は、この図書館から南にある花係のマナが管理してる広場。マナがいつも綺麗に花を咲かせてるから…ウィストも癒されると思う!」
俺がシンヨーに迷い込んでしまったと同時に姿を消してしまったマナという青年。
彼は、神殿専属の花係という係を担っているそうだ。
シンヨーは、常に花が咲き誇る国とされている。その言葉の通り、アサツキに勧められた広場には一層、色彩溢れる花々が零れんばかりに咲いていた。
「うわぁ…すごいな。色が溢れてる!」
そよぐ風に花の香りが混ざり合い、陽射しが俺を照らして行く。ニーゼでは、陽だまりも咲き誇る花々もその香りや雫でさえ、作られた箱の中でしか感じる事が出来なかった。
鬱々とした世界にいる俺には、考えも付かなかった。この世界には、こんなにも色で満ちた世界があったのかと。この色で満ちた世界を創り上げた彼は、今何をしているんだろう…まだ生きているのだろうか…?それともこの桃源郷が魅せていた幻覚なのか…
「どんな子だったんだろうな…」
そう呟き、深く深く呼吸をする。身体中に暖かさが巡って行く。広場の花々は、陽射しに照らされてキラキラと輝いていた。
広場の花々は、陽射しに照らされて鉱石のように煌めいている。その中でも豊富な水と太陽の陽射しに一際輝く花が広場の中央に植えられていた。
植えられていたというよりも…飾られているというべきか。
俺の身長よりも大きな球体のガラスドームの中に敷き詰められた花々は、活力を与える程に赤く光り、美しい。
「この花も彼が世話をしているんだろうな。」
まだ、名前しか聞いた事がない青年に想いを巡らせてしまう。彼に尋ねれば、ニーゼでもシンヨーのように街角で花があちらこちらで咲き誇る場所ができるだろうか…冷たく閉ざされた世界にもこの花の様な灯りが差すだろうか。
頬に暖かい花風がそよぎ、俺の頬を柔く撫でて行く。慣れない土地に自身でも気付かないうちに気を張っていたのだろう。心の重さがふと軽くなっていくのを感じる。
手を空に伸ばすと暖かい手のひらに触れた気がした。誰よりも暖かいその手は、俺の記憶のどこかに引っ掛かる。だが、思い出せない。
母だったのか、兄だったのか、夢の中の住人か…
空には、風に彩り美しい花びらが幾重にも舞っていた。