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    きたまお

    @kitamao_aot
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    きたまお

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    初冬の北陸の湖で白鳥を見ているだけのイズホク(CPではない)

    ##進化

    ——イメージちがったなあ。
     速杉ホクトはジャンパーのポケットに手を突っ込んで首をすくめた。視線の先には風でさざ波のたつ濃い青の湖。水面には無数の白い鳥がうごめいている。こんなにたくさんの白鳥を見たのは初めてだ。まとめて見ると、白鳥という生きものは身体がおおきくてぼってりしている。水面を移動しながら、長い首を縮めたり伸ばしたり、朝日を浴びてオレンジ色に染まった羽根を黄色のくちばしでつついたりと忙しい。そして、思っていたよりもやかましい。
    「先輩、これ、どうぞ」
     いつのまにか横に戻ってきた出水が、コートのポケットから取り出した缶をこちらに渡してくれた。受け取るとまだ温かい。缶コーヒーだ。サンキューと言って、さっそくホクトはプルトップを開ける。
     まだ十一月の頭だというのに、えらく寒い。どう考えても、もっと冬の装備でくるべきだった。移動の荷物を軽くすることにこだわりすぎた。東京駅で会ったときにも出水はずいぶんな大荷物だなと笑ったのだが、たぶん、出水のほうが正解だ。
    「さっき、あっちのふたりにも渡してきたんですけれどね、なんだか逆に迷惑そうな顔をされてしまいましたよ」
     出水が目線だけでさした先には、手すりに持たれてぴたりと寄り添っているひと組の男女がいる。同じサークルの三年生と一年生のカップルだ。夏休み明けに付き合い始めたらしい二人は、昨日の日中こそ距離を保っていたが、飲み会からはあたりはばかることなくくっつくようになった。今朝の六時の集合時間にも一緒に現れ、いっそのこと俺らは遠慮しておくか、と出水に小声で問うてみたが、なにを言ってるんですか、車をだしてあげないと恨まれます、と答えが返ってきた。カップルはふたりとも運転免許をもっていない。起きた中で免許を持っているのは出水とホクトだけだった。ほかのものはまだアルコールの楽しい眠りから覚めていない。運転は出水に任せて俺は朝風呂に、という声はメガネの輝きとともに黙殺された。
    「白鳥ってさ、もっと優雅なもんだと思っていたなあ」
     やかましく騒いでいた白い鳥が、大きな翼をその場で横に広げる。伸び上がってばたばたと翼をはためかせた。脂肪がつまっていそうな腹があらわれ、首を上下に振ったかと思うと水面を黒い足で蹴って走り始める。文字通り、水面を走っている。二、三十メートルも翼の上下運動と、必死な水面の助走を行うと、巨体がやっと浮き上がる。
    「テイクオフ」
     ホクトが言うと、横で出水が笑った。
    「たしかに、これはまるでジャンボジェット機の離陸ですね」
    「なあ。優雅じゃないんだよな」
     見ていると、他の白鳥が飛び立つ際に踏まれそうになって、首をかがめて避けているものもいる。
    「白鳥は泳いでいるとき水面下で必死に足をかいているといいますし、見えているほど優雅ではないの代名詞なのかもしれませんねえ」
    「それいいな。『白鳥みたいにきれいだね』って言った意味が全然違っちゃうのな」
     缶コーヒーをあおったホクトを、出水がちらりと見た。
    「そんなことを、女性に言ったら絶対にだめですからね」
    「言わないよ」
     ホクトにはサークル内にずっと気になっている人がいる。ひとつ下の出水にはそれを良く知られている。さっさと当たって砕ければいいんですよ、めんどうくさい、と冗談めかして言われるが、彼が応援してくれていることはわかっている。彼女は、今回の旅行は日程があわないと不参加だった。
    「心配だなあ、速杉先輩は口が滑っちゃうから」
    「白鳥みたいって言ったって、出水がネタばらししなけりゃいいんだよ」
    「……僕がいつまでも速杉先輩のいい後輩の地位に甘んじているとは思わないでください」
     思いがけない真面目な声に、ホクトは視線を湖の白鳥の群れから横に移した。
    「僕は先輩が思っているよりも実は腹黒いんです」
     朝日にレンズを光らせて、出水がメガネのブリッジを指で押し上げた。
     本当に腹黒ければ、朝の運転手役を務めるために、飲み会で酒量をセーブしたり、寒い中に配るために朝早くから缶コーヒーを調達してきたりしないだろう。
    「早く旅館に戻ってさ、朝飯前に風呂行こうぜ。寒いよ」
    「速杉先輩が、彼らにそう伝えてきてくれるならいいですよ」
     手すりの前で湖の白鳥を見つめるカップルはすっかり二人の世界に入っている。誰の車で来ているのか、完全に忘れているんじゃないか。
    「腹黒い後輩が行けよ」
    「いやです」
    「じゃあ、白鳥みたいに華麗に俺が言ってくるさ」
     ホクトは飲みきったコーヒーの空き缶を、近くのゴミ箱にむけて放った。缶はゴミ箱の縁に当たって、派手に跳ね、二メートルも横に落ちた。金属のぶつかりあう音に驚いたのか、岸近くにいた白鳥たちがわたわたと飛ぶ準備を始める。釣られたように湖の鳥たちが、大きな羽を広げて騒ぎ始めた。白鳥の騒ぎに、手すりそばのカップルたちも慌ててこちらをふりかえる。
    「なにが、華麗にですか! 先輩!」
    「おふたりさん、そろそろ帰ろうぜ!」
     カップルがおずおずとうなずく。視界のはしで出水が落ちた缶を拾い上げて、ゴミ箱にそっと落とすのが見えた。
     おまえこそ白鳥じゃないか。
     ひとつ年下の後輩の心配りを、ホクトはよく知っている。
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    きたまお

    TRAINING特殊清掃員のりばいさん2今日の現場も一人で死亡した老人の住まいだった。大きな庭のある戸建ての二階で老人は死んでいた。老人には内縁の妻がいたが、折り悪くその妻は姪と一緒に十日間の海外旅行に出かけていた。家の状況から見て、老人は内縁の妻が旅行にでかけた初日の夜に倒れたようだった。さらに悪いことに、寒がりの老人は自室の暖房を全開にしていた。
     年齢のわりに老人は身体が大きかったようだ。ベッドに残された痕跡でそれを知ることができた。おそらく老人はリヴァイよりも二十センチ以上は背が高い。二階の部屋は天井が傾斜していて、ベッドは天井が低い方の壁にぴたりとくっつけておかれていた。
     リヴァイが最初にやることは、遺体のあった場所に手をあわせることだ。神も仏も信じてはいないが、これだけは行う。手をあわせているあいだはなにも考えていない。一緒に仕事に入ったことのある同僚には経を唱えたり、安らかに、などいうものもいたが、リヴァイは頭をからっぽにしてただ手をあわせる。これはもう習慣だった。
     後輩と一緒に、まずマットレスを外す作業をした。いくらかはまだ生きている虫がいる可能性があるので、殺虫剤を全面に散布する。動くものがなくなったこ 1271

    きたまお

    TRAINING特殊清掃員のりばいさん「先輩はどうしてこの仕事についたんですか」
     行きの車の中で無邪気に後輩が聞いてきた。最近入ったこの後輩は、始めは短期アルバイトの大学生だったはずが、気がつけば正社員として登用されていた。なんか、これがオレの天職だって気がついちゃったんですよね、と大声で事務員に話しているのを聞いたことがある。
     リヴァイはウィンカーを一瞬出して隣の車線に割り込みながら、ぼんやりと答えた。
    「別にやりたくてやったわけじゃねえよ。たまたま、クソみたいな伯父が便利屋をやっていて、そのクソが仕事だけ受けて逃げ出した尻拭いであばらやの清掃に入ることになって、そこからまあたまたまだ」
     母の兄である伯父には、昔からいろいろ迷惑をかけられてきた。便利屋の仕事を借金とともに押しつけられたのが、最たるものだった。
     最初から特殊清掃だったわけではない。ゴミ屋敷の片付けなどを行っているうちに、割のいい仕事として特殊清掃ももちかけられた。六月にベッドで死亡して、一週間発見されなかった老人の部屋の清掃だった。遺体はすでに警察が持ち出していたがベッドには遺体のあとが文字通り染みついていた。床や壁にこびりついている虫を片付けると 674

    きたまお

    TRAININGエルリワンライの没軽くブラシをまわすと、面白いように泡が立った。その泡をブラシの先端にとり、リヴァイが無言であごをしゃくった。上を向けということだろう。
     もみあげから下、あごの先に向けてブラシが小さな円を描くように動いていく。なめらかな動きの中で、ブラシと肌の間に泡が立っていくのがわかった。すこしこそばゆく、しかし気持ちがいい。
     カミソリの扱いは慣れたもの、あっというまに泡をぬぐうように刃があてられて、エルヴィンの無精ひげは姿を消した。最後にぬるま湯の入った桶を寄せられ、身体をうつ伏せに倒せと言われた。
    「すすぐくらいは左手だけでも可能だとおもうんだが」
    「おまえにやらせたら、ベッドが水浸しになりそうだ」
     顔をすすぎ終わり、乾いた布で水分を拭き取るまでリヴァイの世話になった。
    「自分であたるよりも、ずっといいな」
     エルヴィンはすべすべになった自分のあごに手を触れる。
    「以前から、おまえのそり残しは気にはなっていた」
     ひげそりの準備は、エルヴィンが目を覚ます前からやっていたらしい。目を開けたらちょうど、至近距離にリヴァイがいて、手にしていた石けんを取り落としそうになっていた。すぐに医師が呼ばれ、 1958

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    きたまお

    TRAINING特殊清掃員のりばいさん2今日の現場も一人で死亡した老人の住まいだった。大きな庭のある戸建ての二階で老人は死んでいた。老人には内縁の妻がいたが、折り悪くその妻は姪と一緒に十日間の海外旅行に出かけていた。家の状況から見て、老人は内縁の妻が旅行にでかけた初日の夜に倒れたようだった。さらに悪いことに、寒がりの老人は自室の暖房を全開にしていた。
     年齢のわりに老人は身体が大きかったようだ。ベッドに残された痕跡でそれを知ることができた。おそらく老人はリヴァイよりも二十センチ以上は背が高い。二階の部屋は天井が傾斜していて、ベッドは天井が低い方の壁にぴたりとくっつけておかれていた。
     リヴァイが最初にやることは、遺体のあった場所に手をあわせることだ。神も仏も信じてはいないが、これだけは行う。手をあわせているあいだはなにも考えていない。一緒に仕事に入ったことのある同僚には経を唱えたり、安らかに、などいうものもいたが、リヴァイは頭をからっぽにしてただ手をあわせる。これはもう習慣だった。
     後輩と一緒に、まずマットレスを外す作業をした。いくらかはまだ生きている虫がいる可能性があるので、殺虫剤を全面に散布する。動くものがなくなったこ 1271