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    ワンドロ
    kiis

    手紙一日のトレーニングが終わり、汗を流した後カイザーは潔の姿を探していた。
    潔がドイツに来てからまだ日が浅い。週に3日ほどは正式なドイツ語の教師のもとで授業を受け、残りは自習をするスタイルで潔はドイツ語の学習をしている。
    潔は勉強が苦手らしく、自宅で辞書を片手にテキストを開いていても長続きしないと言う理由で、オープンなミーティングルームやカフェなど、ある程度人の気配がある場所の隅で時間が許す限りテキストを開いていることが多かった。飛び交うドイツ語もまたヒアリングの一環になっているのかもしれない。
    そんな潔の学習状況をウォッチングしにいくのが、カイザーにとって最近の楽しみにもなっている。
    ドイツ語で話しかけて潔がちゃんと答えられるのかとか、ノートへの書き取り内容に誤りはないかなど、チェックするわけだ。
    そしていくつかの候補地を巡ったのち、潔の姿を漸く発見した。
    二人掛けのテーブルで潔はタブレットとノートを広げていた。向かいの席に無言で座ってやる。ノートにはまだ書きなれていないドイツ語のアルファベッドと日本語が並んでいた。
    「邪魔したら殺すぞXXX野郎」
    カイザーに視線もくれず飛んできた言葉は汚いスラングの混じったドイツ語だった。おもわず目を見開いた。
    「どこで覚えたんだ、そんな言葉」
    カイザーにとって潔が話すイメージは、ブルーロックにいたころの自動通訳を通したドイツ語だ。当時の潔が実際にどう日本語で話していたのかは、今となってはわからないが、機械翻訳を通した言葉は割とマイルドなドイツ語だった。なのでスラムで聞くような、他者を貶めるスラングが潔の口から飛び出したことにカイザーは頭痛がした。「俺の世一はそんなこと言わない」という解釈違いの言葉が脳裏をよぎる。
    嫌そうなカイザーの口調に、潔はしてやったりという笑みを浮かべてカイザーの方へと目を向けた。
    「先生に、他人には使わない方がいいドイツ語を、聞いた。ノアにも確認した。使うなって言われた」
    「クソ素晴らしい判断だ。俺相手だったからいいが、他人にはいうなよ。お前は試合中相手を煽ることがあるが、それは本当に使わない方がいい」
    割と真面目な警告なので、慣れない潔にも聞き取りやすいようにゆっくりと話した。潔は暫くカイザーの言葉の意味を考えたのち、うなずいた。
    「じゃあお前に使うよ」
    「ちがうそうじゃない」
    伝えた言葉が相手に意図通り伝わってるのか伝わってないのかがよくわからない。これが語学学習中の相手との会話が厄介なところだ。
    眉間にしわを寄せたカイザーの顔をみて潔は楽しそうにけらけらと笑った。これは伝わっている。
    「日常会話はそれなりに理解できるようになったようだな、世一」
    「難しい単語が続いてなくて、あと早口じゃなければな」
    潔は目がいいのはもちろんだったが耳もいい。割と早い段階でドイツ語の聞き取りはできるようになっていた。社交性があり、積極的にコミュニケーションを取る性格も相まって会話の上達は早いほうだろう。読み書きの方はまだまだではあるが。
    「なんだ世一。今日はよくしゃべるじゃないか」
    「……べつに、たまには良いだろ」
    そっぽを向いた反応にカイザーはおや?と違和感を覚えた。睨むか煽り言葉を発するか邪険にするかだと思えば素直に認めたからだ。
    だがその言葉を最後に、潔はまたタブレットの内容を見ながらノートへの筆記を始めた。これはいつも通りの姿にも見える。
    カイザーは暫く無言でそれを見守った。
    うつむき気味で、時折青味がかった短い黒いまつ毛がぱさぱさと揺れる。時折眉間に皺が寄ったり、納得がいったような顔をしたり、口元をへの字に曲げたり。その表情の変化を楽しんでいると、潔が顔を上げて睨んできた。
    「じろじろ見るなって。気が散る」
    「恋人の顔はいつでも見ていたいものだろ?」
    「こ……っ」
    「俺は世一の顔も好きなんだ」
    「か……っ」
    鶏のような声を上げて顔を赤くした潔の顔を頬杖をついて見守るも、その視線に耐えきれなかったのか潔はタブレットで顔を隠してしまった。
    「俺の反応で楽しみやがって……」
    そう言って、少しだけ顔を出して恨めしそうに睨んでくる。そういう可愛いことをするからいけないのだと潔は気づかない。
    潔は少し不貞腐れた後、顔をそらして口元をぼそぼそと動かした。
    「まぁお前のその、俺の事が大好きだって顔も、悪くはないけど……」
    小さくつぶやかれたそれを、カイザーの耳はしっかりキャッチした。
    「世一……」
    なお呼ばれて潔は口に出してたことを初めて気が付いたように慌てて手を振った。
    「いっ、いまのなし!!!なしだからな!!!」
    がたん、と椅子を思い切り押し出して勢いよく立ち上がる。
    「お、俺もう行く!」
    テーブルに広げいていたタブレットとペンをざざざっと集めて潔は逃げるように立ち去ってしまった。
    「世一!」
    カイザーはその背中を見送ったのち、やれやれと息をついてテーブルへと視線を戻すと、一枚の紙が残されていた。
    「片付け漏れか」
    ぺらりとめくると、そこには「カイザーへ」と拙いドイツ語で書かれていた。
    椅子に座り直し、書かれた内容に目を通していく。
    「練習がてら、お前に手紙を書く」の一文から開始されたそれ。さてどんな罵詈雑言が込められているのかと楽しみに読み始めた。

    そして。
    すべて読み終わると同時に、カイザーは思わずテーブルを拳で強く叩いていた。
    その大きな音に周囲の視線が集まるが、それを気にする余裕はない。
    潔の「忘れ物」。
    最後に愛してる、で締められたそれは間違いなくラブレターだった。
    ところどころ文法が間違っているところもまた愛嬌というものだろう。潔が辞書を片手に綴っている姿が目に浮かぶ。
    手で顔を覆ってうつむく。思わず笑みがこぼれた。
    「面と向かって渡さずに、こんな方法を取るなんてな……」
    カイザーは手紙を大切に折りたたみ、そっと懐にしまった。
    そして逃げて行った潔を改めて追いかけたのだった。
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