答えはとうに知っていた まるで人形のようだと思う。なまじ端正であるがゆえ、感情の起伏に乏しい顔はよけいに無機物めいて見えるのだ。凪いだ海の色を宿す瞳はどこまでも底知れず、覗き込んだこちらの方が見透かされている想像にかられる。人のかたちをとりながら、人ならざるものの気配がする。
短く刈り揃えられた芝生が、ちくちくと靴裏を苛んだ。ヒューベルトはどうもこの"先生"とやらが苦手だった。
「ヒューベルト、どうして君はそんなに自信がないのかな」
ヒューベルトはにわかに眉を寄せた。
白鷺杯にむけての練習だと庭に呼び出され、仕方なく一通り踊って見せた第一声がこれである。だったら悪ふざけなどせずに―――悪ふざけ以外に真っ当な理由があれば是非教示を願いたいと思うのだが―――初めから適任者を抜擢するべきだろう。
わざわざ自分など選ばなくたって、この学級には歌姫のドロテアや誰よりも美しい我が主エーデルガルトがいたというのに。認めることは癪ではあるが、あのやたら噛み付く出来の悪い犬のようなフェルディナントだって、黙っていれば見目は華やかで人目をひくのだ。尚のこと自分を選んだ先生のせいではと、喉元まで競り上がった正論を飲み込んだ。
選ばれたのは酔狂か、はたまたいつか敵意を見せた意趣返しか。まあ、なんだっていい。多少不服に思わないでもないが、ここで不平を口にしたところで、自分が代表という事実は変わらないということも重々承知している。正論を口にすることが、正しいとは限らないのだ。
そうしてヘソを曲げる暇があるならば、少しでも見られる踊りになるよう努力をせねばなるまい。出るからには学級もとい主の顔に泥に塗るわけにはいかないのだ。もっと建設的な時間の使い道を検討すべきである。そういう意味ではヒューベルトは徹底した合理主義で、自信がないの言葉に似合わぬ前向きな男でもあった。
「そのように見えますかな。であれば次はそう見えるよう踊って見せましょう」
「そうじゃないよ、ヒューベルト。君自身のことだ」
どこまでも続く空の色の瞳で、どこまでも透き通った視線で、ヒューベルトを真っ直ぐ見つめている。
「はぁ、私自身ですか」
「ヒューベルトは背も高くて細身だから、身体を逸らすとラインが映えるし、踊りのスジもいいし、色気があるね。魅力的だ。結構いい線いってると思うよ。なのに君、絶対に優勝できないと思ってるんじゃないかな」
「……貴殿は戦場を見通す目をお持ちでも、審美眼は備わらなかったようですな」
流石のヒューベルトも、つい嫌味がこぼれた。それは自信がないのではなく、自己分析に基づき導き出された答えである。自己評価が低いのではない。単に向き不向きの話だ。
例えばエーデルガルトは誰よりも優れた人物ではあるが、彼女でも弓術と信仰に基づく魔法だけは使いこなすことはできない。―――女神への信仰を求められる治癒魔法はともかく、彼女が弓を苦手とするのは照準を絞って当てる行為が不得手というより、お伽話のお姫様がごとく自分だけ安全地帯にとどまり守られることが性に合わないだけのような気もするが。
それと同じ話ではなかろうか。己の容貌が特別醜いとは思わないが、特別秀でているというわけでもない。己の性格や容姿というのは、薔薇のように鮮やかに人を魅了し惹きつけるよりも、棘のように花の影で人を威圧し遠ざける方が向いている。
「自信がないのではありませんよ、私の判断を下したまでです。無論、従者たる私がエーデルガルト様の威厳を傷つけるわけにはいきませんから、諦めるつもりなど毛頭もありません。しかし、他学級は舞踊に長じる選りすぐりの代表が踊る以上、現実問題、優勝は厳しいでしょうな」
「私が太鼓判を押しているのに?」
「赤の他人の見識よりも、私は私の目を信じます。……世の中覆せるものばかりではない」
「どうかな」
先生は悪戯っぽく笑った。
「何事もやってみないとわからないよ」
何もかもわかったように言ってくれる。
ああやはり、この人は苦手だ。こちらが正体を掴もうとすれば、いつのまにかこちらが喉元を掴まれている。先生への牽制と調査を兼ねて二つ返事で代表を引き受けたのは、失敗だったのかもしれない。
ヒューベルトは苦々しい表情を隠さず、言葉なく首を左右に振った。先生は笑みを浮かべているはずなのに、感情が全く見えやしない。底知れぬ青が広がっている。二人の合間をしばし沈黙が漂った。
雲ひとつない澄み切った空の下、姿を消した垣根の赤。冬の凍てつくフォドラで薔薇は眠りについている。冬枯れの庭の垣牆の、剣戟じみた長い分枝が、木枯らしに揺れてぶつかり合い、からからと音を立てていた。もう三節も過ぎれば真紅の花がそこに加わるのだろう。血のように、燃えるように、赤い、花弁が。
ヒューベルトは合理主義者なのだ。蓋然性を見極めて、分の悪い賭けや期待などしない。だから結末を見届けるまでもなく、きっとそうなるに決まっている。
そう、答えなど、とうに知っている。