ドクターに彼氏の以下略! いくら未知なるウエストだろうと、そのサイズを知ることでマンスフィールドにぶち込まれゆくゆくはプリズンブレイク――などと考えたらそれを無理やり聞こうとはドクターだってなかなか思わない。いやそりゃ、聞きたいと思ったことがあるっていうのは話が別。
そうこんこんと話したものの、目の前の二人はじっとりと疑いの目を向け続けてきた。築き上げた信頼度は急激な低下に見舞われているし、自分自身に与えられたおやつ休憩の時間だって刻々と削られている。こちらにとっても不本意な状況だこれは。
はあ、と目の前に立つエリジウムのほうが息を吐いて、「……ドクターは何もしていないんだね」と冷え冷えとした声でつぶやいた。
「はい」
「じゃあ何さ『ウエストサイズを教えないと出られない部屋』って」
しかも彼氏の、とエリジウムはごく小さな声でつけ足す。彼氏。交際中のパートナー。エリジウムにその存在がいると公然と聞いたことはない。ただ、……
腕を組んで立つエリジウムは、ちらりと視線をもう一人に寄越す。ドクターではない。彼のほど近くで壁沿いを歩いているソーンズに対してだった。
「ドアもなければ換気口すらない。長時間ここにいるのは得策とは言えないだろうな」
「部屋自体もちっちゃいしねぇ……」
ちょうどドクターの執務室くらいだろうか。三人が歩き回れる広さはあるが、それだけ。白い壁に白い床、白い天井、立ちすくむ三人。突然未知なる空間に閉じ込められた、被害者、被害者、被害者。のはずだが、目の前の二人がこちらを若干敵視しているのには理由がある。
「ドクターに彼氏のウエストサイズを教えなければ出られない部屋」、その文字列が、天井にほど近い壁にある電光掲示板をぐるぐると回っているのだ。とかくこの「ドクターに」という部分がいけない。完全に巻き込まれなうえ結構悪どいほうの役回りをさせられている。願望がどうとかは置いといて。
「おふたりには悪いんですけど……そう……該当する方のウエストサイズを教えていただいても……」
「わかった」
即答がすぎる。ほらみろ隣で当の彼氏――友人が目を剥いているぞ。うそ、ほんとに言うの、と潜めきれていない小声が聞こえてくる。
「どうした? お前には関係ないだろう?」
「かん……あ、あぁ、そうだけどね……?」
まあ、彼氏のウエストサイズ知ってるならね、どうぞ、とエリジウムは平気そうだ。平気そうに取り繕っているのが目に見えて少しいたたまれない。
「あいつのウエストサイズなら78.2953……」
「オッケーイ! そこまで正確なら大丈夫もうほんと!」
何ならそれ彼氏本人も知らないレベルだよねと胸中でツッコミ入れつつ、もっと正確な方がいいんじゃないのかなどとぼやくソーンズに人差し指を立てる。最早楽しみ始めてきてるんじゃないかこいつ。
ソーンズは小さく不敵に笑んで、すでに口数少なくなってしまった哀れなリーベリに目を向けた。先に言ったのが歩く測定器まがいの男のほうだったのが尚のこと悪いのかもしれない。エリジウム、ウエストサイズ暴露への動揺と自分自身も相手のウエストサイズを言わなければならないことにすっかり混乱しきっている。
「ええと……ドクター、これちゃんと正確なほうがいいのかな……」
「え、っとこちらとしては詳しくは存じ上げないんだけど多分正確なほうが……小数点以下とかはいいと思いますけれど……」
「だよね……うーん……まってね……」
エリジウム、完全に額を押さえてしまった。あれこれ呟きながら必死に数値をはじき出そうとしているらしい。「僕のが78.2だから……」とか聞こえてくる。おいそれ言っちゃっていいのかけっこう声通るんだぞ君の声。
「わかった、70.1!」
ぱっと顔を上げたエリジウムの声が響く。部屋にはなんの変化もない。ふるふる、と近くでソーンズが首を振った。
「えっちがうの」
「全く」
「うわー。まあ勘だったしなぁ」
完全にもうこれは認めている会話な気がする。気がするけれどもプライバシー保護のためドクターはそっと聞かなかった気づかなかったふりをした。
「うーん……まいったぞ、全部当てずっぽうで言っていけばいつかあたるかな……」
「――数字にこだわらなくてもいいんじゃないか?」
「へ?」
ソーンズの言葉に、きょと、とエリジウムは口を開けている。
「この部屋からの提示課題は『ドクターにウエストサイズを教えること』だろう。そうであれば数値ではなくとも構わない可能性はある。教える、に相当するならな」
「教える……? 数じゃなく? ……手とか使って?」
言いながら、エリジウムは手でまるを作ってみせる。
「こんくらいの太さだよーって?」
「それがわかるならな」
「わかるわかる。えっ、それなら簡単だよ!」
なーんだ、とエリジウムはソーンズのほうへ一歩踏み出す。かわりに、ソーンズのほうは一歩後ずさった。
「何だ。俺には関係ないはずだろう?」
このエーギルは完全にこの状況を哀れな友人を楽しんでいるらしい。
「……、…………ないね。ないですとも。もちろん」
普段から賭け事や競い合いをして遊んでいるらしい二人だ、普段温厚そうなエリジウムもこうなれば意地を張りたくなるのだろう。ふん、とエリジウムはソーンズから顔をそむけて、いよいよ目を瞑ってしまった。
両手を前に出すように構えて、あれこれ動かしている。「一番最近の……」とつぶやく声。一番最近のなにを思い出しているのかについては思考をやらないことにした。
少しの間の試行錯誤ののち、ぎゅ、と位置を決めたらしいエリジウムが、目を開けて「ドクター!」と声高に呼ばわる。
「これくらい! わかったかな? これぐらいね!」
構えているエリジウム自身よりも少し細そうに見える、「相手」のウエストサイズを手で作って、エリジウムは輝かんばかりの笑顔でこちらに呼びかけてくる。
「な、なるほど。そのサイズね! うん、いいね! オッケーです!」
「いいねとはなんだ」
「はぁー。よし、これで出られるかな」
ウエストサイズを教える、という工程は確かに遂行できたはずだ。案の定、白い壁からかすかな煙とともに細い切り込みが現れて、それが扉へと変わった。
「あ、ドアだ! よかった。じゃあドクター、僕たちはこれで! 恥ずかしいからあんまり他の人にはバラさないでねー!」
「はい、はい……」
バラすも何も恥ずかしいも何も、教えてもらったサイズは君たち本人ではなくその交際相手のものだったはずだが、一応……。
もはや取り繕うのをやめたのか、それともどうしても隣にいると自然と取り繕えなくなってしまうのか、まあ微笑ましいなと生温い笑顔を残して、ドクターはドアから外へと出て行く二人を見送った。
本当なんだったんだこれ、と呟いたところで、ドクターは執務室のソファの上で目を覚ました。
「……夢じゃないと困る……」
疲労か理性値のなさ故か。とりあえず石でも割ろう、と体を起こしたところで、テーブルの上に置きっぱなしだった携帯通信端末に通知が入ってきたのが見えた。
なんとなく手に取って、それを確認する。エリジウムからのメッセージだった。
――ドクター、さっきのことのついでで相談しに行ってもいい? ソーンズと一緒に寝てる備品のベッドのことなんだけど、老朽化で――……