守ってあげたい 一時限目の始業まであと数分、授業への出席に乗り気でないフロイドは廊下を気怠げに歩いている。くわぁと大きなあくびをしたとき、壁にもたれかかる小さな背中がふと目に入った。それは監督生の背中だった。
つい最近監督生への恋心を自覚したフロイドは、その姿を目にした瞬間心臓をぴくりと跳ねさせたが、それが気恥ずかしくて頭の後ろに手をやり髪を撫でて気を紛らわす。
だが、監督生に会えたことは素直に嬉しかったのでフロイドは気を取り直して声をかけようと歩き出した。しかし、よくよく考えてみれば、真面目な監督生が授業開始間際にこのような場所にいるのも、いつも一緒のグリムやエース、デュースがそばにいないのもおかしなことだ。
フロイドは嫌な予感がして早足になった。その瞬間、監督生の体が壁を伝ってずり落ち、お腹を抱えるようにしゃがみ込んだ。
「小エビちゃん!?」
フロイドは監督生に駆け寄り、「どうしたの!?」と声をかける。監督生は苦しげに目だけをフロイドに向け、絞り出すような声で「おなかが……いたくて……」と告げた。
それを聞いたフロイドはすぐに監督生を抱え上げ、保健室へと走ったのだった。
ベッドに横たわっていた監督生がゆるゆると目を開ける。右側から「小エビちゃん?」と声が聞こえたので、顔をそちらに向けると、フロイドが心配そうにこちらを見つめていた。
「フロイド先輩…? ここは…保健室ですか…?」
「そ。小エビちゃんが具合悪そうだったから運んだんだぁ。小エビちゃんの授業のセンセーにはちゃんと連絡いってるから安心して。」
監督生は記憶をたどる。いつも通りグリム、エース、デュースと教室に向かっていたのだが、歩くのも辛いほどの生理痛に襲われ、三人に迷惑をかけたくないからと先に教室に向かうようお願いをしたのだ。
壁にもたれて少し休めば痛みは和らぐと思ったのだが逆に強くなるばかりで、痛みに意識が遠のいたその時、「どうしたの!?」という声が聞こえた。そしてフロイドの腕に抱え上げられ、揺られながら、助けられて安心した自分はそこで意識を手放してしまったようだ。
「先輩、ごめんなさい、自分のせいで授業を休ませてしまって……。」
「んーん、小エビちゃんのせいじゃないよ。オレがここにいるって自分で決めたの。……小エビちゃん、まだお腹いたい?」
眉を下げながらきいてくるフロイドに、監督生は遠慮がちに頷く。
「最近、その、貧血と腹痛で…。特にお腹が、すごく痛くなるときがあって。温めると少し楽になるので、たまにグリムを抱えて温めたりしてたのですが……。」
えへへ、と監督生が力なく笑う。その笑顔が痛々しくて、フロイドは思わず手を伸ばして監督生の頭を撫でた。
「辛いのに、頑張って我慢してたんだね、小エビちゃん。」
フロイドは訓練学校の座学で人間の体について学んだことを思い出していた。人間の女性には「月経(生理)」という現象が起き、それは体の痛みを伴うことがある、と。監督生ははっきりとは言わないが、きっとそれなのだろう。
「小エビちゃん、お腹あっためると少しは楽になる?」
フロイドの大きな手に頭を撫でられ、どぎまぎしながら監督生が「は、はい」と頷く。フロイドは「ちょっと上げるね」と断ると、胸元のマジカルペンを手に取り、掛け布団を少しだけ持ち上げて監督生のお腹あたりに向かって小さくペンを振った。
監督生は不思議そうにその様子を眺めていたが、段々と自分のお腹のあたりがぽかぽかと温かくなってきたことに気付いた。
「フロイド先輩っ、魔法…!?」
「うん、シャツにね。小エビちゃんに直接かけたわけじゃないから、体に負担とかないよ、ダイジョーブ。…小エビちゃんが痛くて辛いの、オレもヤだったから。ね、熱くない?」
「ううん、熱くなんて…。とても心地いいです。」
人肌のようなちょうど良い温かさに、監督生のお腹の痛みが少しずつやわらいでいき、それとともにとろとろと眠気がさしてまぶたを下げさせる。
「小エビちゃん、あんまり眠れてないんでしょ? このままゆっくり休みなよ。」
フロイドの優しい言葉に後押しされ、監督生は「…はい」と素直に返事をした。
監督生は眠りに落ちる前に、布団の上に置かれていたフロイドの手にそっと自分の手を重ねる。
「…フロイド先輩、自分を見つけてくれて、助けてくれて、ありがとうございます。」
監督生はフロイドにふにゃりと笑いかけた。その弱々しくも温かな笑顔に、フロイドの心がきゅっと締め付けられる。
この小さくてか弱い監督生を守ってあげたいのに、寮も学年も違う自分は常にはそばにいてあげられない。それが歯痒くて、悔しくて仕方ない。
フロイドは、自分の手の上の監督生の手に、さらにもう片方の手を重ねた。
「…うん。おやすみ、小エビちゃん。」
監督生は微笑んだあとにすぐにすぅすぅと寝息を立て始め、フロイドはそれを見て安堵のため息をもらした。
本当は、大事な人に、辛い、痛い、悲しい思いなどしてほしくない。だが、どうしたってそれらはふりかかるものなのだ。ならば、また監督生がそれらの思いを抱えることになった時、他の誰でもない自分が彼女を救い出してみせる。この役を、そして監督生自身を、絶対に誰にも渡したりしない。
フロイドは誓うように、監督生に重ねた手をきゅっと握った。