ターコイズブルーのネイルポリッシュ ミステリーショップで支払いを終え店を出ようとした監督生の目の端に、化粧品の棚が映る。
特に急いでオンボロ寮に帰る理由もないのでふらりと棚に寄り、陳列された煌びやかな商品をしげしげと眺めていると、あるものが目に留まり監督生は思わず手に取った。それは監督生が想いを寄せているジェイドの髪色と同じ、ターコイズブルーのネイルポリッシュだ。
手のひらに載せた小瓶の中で、店の明かりにとろりと輝く緑がかった青色の液体から監督生は目を離せずにいた。
普段はあまりこういったものを使っておしゃれはしないけれど、たとえば休みの日だけつけるとか…値段もお手頃だし…他にもネイルをしている生徒はいるし…と、購入する理由を頭の中であれこれ挙げるのに集中していた監督生は、後ろから近付いてくる足音に気付かず、
「こんにちは、監督生さん。」
と、突然耳に響いた声にびくっと肩を跳ねさせた。
「おや、驚かせてしまいましたね、申し訳ありません。」
「ジェイド先輩! こ、こんにちは。自分こそ、考え事をしていて気付かなくてすみません…!」
ぺこりと頭を下げる監督生に「お気になさらず」と返したジェイドは、その手に小さな瓶が収まっていることに気付いた。
「ネイルポリッシュを選んでいらっしゃったのですね。その色がお好きなのですか?」
ジェイドに問われ、監督生は自分の手に視線を落とす。
「はい、ジェイド先輩の髪と同じ色でとても綺麗だなと思って…。」
親指で優しく瓶をさすりながら、色に対して思っていたことをうっかり素直に口からこぼしてしまった監督生は、はっとしてジェイドを見上げた。ジェイドは少しだけ目を見開き、監督生を見つめている。
「あっ…こんなこと言われたら気持ち悪いですよね!? ごめんなさい!」
「まさか、気持ち悪いだなんて思いませんよ。むしろこの色に僕を思い浮かべて、しかもほめてくださったことが嬉しいです。」
再び頭を下げようとした監督生を静止しジェイドがにこりと笑う。監督生はそれを見てほっと胸を撫で下ろした。
実際のところジェイドは、監督生の「この色が好き」という言葉にお腹がむずむずするくらいどうしようもなく喜んでいた。自分には同じ髪色をしたきょうだいがいるが、監督生がこの色を見て思い浮かべたのはほかでもない自分なのだ。そして、その色が綺麗で好きだとも言う。これは監督生が自分に多少なりとも、少なくともきょうだいに対してよりも好感を抱いているということにならないだろうか?
都合の良い考えだとわかってはいるが、それでも緩みそうになる口端にきゅっと力を込めていつもの涼しげな笑顔を浮かべたジェイドは、言葉を続けた。
「監督生さん、僕の髪色をほめてくださったお礼に、よろしければこちらをプレゼントさせていただけませんか。」
ジェイドは先ほどからずっと監督生の手に収まっている小瓶を指して提案する。
しかし監督生は驚いて首を横に振った。
「そんな、自分が気になって手に取ったものなので自分で買います!」
「どうかそうおっしゃらずに。僕、本当に嬉しかったんですよ。」
「で、でも……。」
このままではずっと首を縦に振ってくれそうにない監督生に、それでは、とジェイドは一つ提案をすることにした。
「これをプレゼントする代わりに、僕のお願いをきいていただきたいのですがーー。」
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それから数日後のとある休日、NRCの正門前に私服のジェイドが立っている。そこへたたっと軽やかに駆けてくる姿があった。
「ジェイド先輩っ、おはようございます。」
「おはようございます、監督生さん。」
監督生は呼吸をととのえるために胸に手を当てる。その爪はターコイズブルーに染められ、さらにネイルパーツで飾り付けられていた。
「監督生さん、そのネイル、とても華やかで美しいですね。よくお似合いですよ。」
「本当ですか? ありがとうございます。」
ミステリーショップでネイルポリッシュを渡した時と同じように、監督生が頬を赤らめてにこっと笑う。
その可愛らしい表情をいま自分が独占していることにどうしようもなく愉悦を感じたジェイドだったが、しかしそれをだらしなく顔に出さないようにさりげなく表情筋をひきしめた。
「それでは、モストロ・ラウンジへのご協力、お願いしますね。」
「はい、お役に立つような意見を出せるように頑張ります。こちらこそよろしくお願いします!」
ネイルポリッシュを贈る代わりとしてジェイドが持ちかけた提案とは、「モストロ・ラウンジの新メニュー考案のために市場調査に協力する」、具体的には「賢者の島の飲食店に同行し、食事をした上で意見をきかせてほしい」というものだった。もちろん調査にかこつけたデートの誘いであり、ジェイドは「その際に、ぜひこのネイルポリッシュで監督生さんの爪を彩ってください」と付け加えるのも忘れなかった。
純粋な監督生は、その提案を言葉のままに受け取ったため「これはお仕事の一環」だと思っている。それでも、ジェイドと二人きりで、しかもこのようにおしゃれをして出かけられることにこの上なく心が浮き立っていた。
二人は他愛無い話をしながらお店を巡る。そのあいだ、ターコイズブルーに染まる監督生の爪は、お出かけ日和の眩い太陽やお店のあたたかな光に反射してつやつやと輝き、ジェイドの瞳は幾度もその光に惹きつけられた。まだこの手を握れる関係ではないけれど、いつかきっと…。ジェイドの隣で楽しそうにきらきらとした笑顔を浮かべる監督生を見つめながら、引き締めたはずのジェイドの口元はどうしても緩むのだった。