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    冷や酒🍶

    @hiyazakeumai

    カヲシンとか書いてる

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    9月の新刊になるはずの1528カヲシン

    #1528

    1528①「初めまして、碇シンジさん。僕はカヲル。渚カヲルです。今日からお世話になります」
    サングラスを外しながら彼が微笑む。初めて彼を見た時、なんて美しい人なんだろうと僕は思った。周囲には様々な人種の人が行き交っているのに、そこだけ時が止まってしまったみたいだった。
    サングラスの下に隠れていた瞳が僕を写してゆっくりと弧を描いた瞬間、胸の奥が奇妙な感覚にざわついた気がした。今までこんな目の醒めるような鮮やかな赤を見たことがあっだろうか。不躾だと理解していながらも、視線を向けずにはいられない美しさがそこにはあった。同性の、子供を相手に何をと思う。
    「……碇さん?」
    「あっ……ごめ、ごめんなさい……! その、君の、目が……とても綺麗だったから……」
    初対面の相手に何言ってるんだろ。下手な口説き文句のような言葉が自分の口から出たものだと、信じたくない。キョトンとした表情で僕を見つめる視線に、余計に恥ずかしさが増した。顔から火を噴きそうだ。沈黙と視線が痛い。綺麗だと褒めた赤い目が僕を観察するように見てくる。
    「……あぅ……ごめ、違うんだ……あの、綺麗だって言うのは本当なんだけどね……」
    焦るほどに墓穴を掘る。ドツボにはまる。恥の上塗り。もう何が何だか。全然収まらない顔の熱に困り果てた僕は最終手段として顔を隠した。めちゃくちゃカッコ悪いけど、こうでもして一旦切り替えないといつまでも変なこと言いそうだった。
    これから彼の保護者になるのに、全然頼りにならないと思われるのは嫌だし。深呼吸してもう一度、と僕がngs君の方へ視線を向ける。彼はさっきよりも近くに立っていて、僕を見て笑みを深めた。
    「あの……」
    「ありがとう」
    「え?」
    「君の言葉、とても嬉しかったよ。僕の目は他人には異質に見られることが多くてね。こんなふうに真っ直ぐに褒めてもらったのは初めてかもしれない」
    サングラスを外した彼の瞳は鮮血のような赤。滅多に見られるものではなく、それを異質だと避ける人もいるだろう。けれど僕の目にはとても美しく見えた。
    光を取り込んで奥底から輝きを放つ宝石のような瞳に魅入られたと言っても良いほどに。鮮明に脳裏に焼き付く。しかしながら何となく、その美しさの底が知れなくて畏怖を感じ僕はそっと視線を床に向けた。
    「僕は思ったことを言っただけで…………う、わっ!?」
    背後からドンッと何かがぶつかってきた。不意打ちの衝撃に僕は膝から床に倒れ込んでしまった。幸いにも片膝をつく程度で済んだ僕が確認しようと顔を上げると「very sorry」と大声を発しながら大荷物を抱えて大慌てで走っていく外国人の姿が見えた。ペコペコと僕を見て頭を下げている。人が混雑している空港ロビーの真ん中で立ち話をしていた僕にも非があるわけで。申し訳なく思いながら手を振った。
    「大丈夫かい?」
    「あ……大丈夫だよ」
    目の前に差し出された手をありがたく掴むと軽く引っ張られて立ち上がる。彼の白くて細い腕は予想していたよりも力があるみたいで、ちょっと驚いた。
    「ケガはないかい?」
    立ち上がった僕の顔を覗き込みながら彼が聞いてくる。僕よりも少しだけ小さな手は僕の手をしっかりと掴んだままだ。赤い瞳が目の前で柔らかく弧を描く。その微笑みに胸が騒いだ。
    「ちょっとぶつかっただけだから、平気。みっともない所見せちゃってごめんね」
    「謝る必要はないよ。ケガがなくて良かった」
    優しい子だなと感心する。これから彼が生活する為の手伝いを色々としなきゃいけないことに多少なりともプレッシャーを感じていた。彼は父の務める会社のさらに親会社であるゼーレの会長のお孫さんだと言うのだから粗相があってはいけないのだ。
    どうしてこんな重要な役割を僕なんかにさせたりするのかと、父さんに文句を言ったけれど聞き入れて貰えなかった。彼がドイツからやってくると聞いてドイツ語なんて話せないし! とますます自信をなくしていたんだけど「問題ない」の一言。通訳機能を駆使するしか……と憂鬱な気持ちで迎えに来ていたのだ。
    それがさっきまでの話。実際に蓋を開けてみれば、彼は日本語が堪能で話しやすくとても感じの良い子だった。これなら大丈夫そうだと内心ホッとする。「碇さん」名前を呼ばれて視線を合わせると繋がれたままの手に力が籠った。
    「改めて、これから宜しくお願いします」
    「……力になれるように頑張るよ。困ったことがあったら何でも言ってね」
    僕が任されているのは、彼が日本での生活に馴染むまで面倒を見ること。言葉の壁がなくなったのなら、意外とスムーズに終わるかもしれない。今年十五歳の彼は日本でいう所の中学三年生だから、一から十までお世話されなくても大丈夫だろうし。必要最低限手を貸せば……なんて、思ってた僕が浅はかだった。



    ◇◇◇



    渚君はとても頭が良い。一度教えたことはきちんと覚えているし、一般常識もほとんど知っていた。教えることなんてほとんどないんじゃないかってくらい。僕が面倒を見る必要なんてなさそうなんだけど、中学生に一人暮らしさせるのはやはり心配なのだろうか。確かに治安が良いと言っても、絶対に安全とは言えないし。
    それと一つ問題が発覚した。何でも出来ると思っていた渚君は、実は自炊や掃除が全く出来なかった。大企業の会長のお孫さんだから日常生活における家事などは全て何人もいる家政婦さんがやってくれていたらしい。そっか、それなら仕方ない。住む世界が違えばそういうこともあるんだろう。
    初めは食事の面倒まで見ろとは言われなくて気づけなかったんだけど、ゴミ箱にコンビニ弁当やカップ麺の容器が大量に入っているのを見つけて発覚した。こんなの、身体に悪すぎるよ! 最初に確認しとけば良かったとめちゃくちゃ後悔した。
    恥ずかしそうに「やったことがない」と教えてもらって、なら出来るようになるまで僕が教えればいいんだと思った。渚君は器用だし、とても賢いからすぐに出来るようになるはず。そう思って僕は仕事終わりに材料を買って、渚君の住むマンションに通うようになった。もちろん彼の食事を作るためだ。
    そして今日、試しに一緒にカレーを作ろうと誘ってみたら、興味があるようですぐに来てくれた。どれくらい出来るのかな。
    「包丁は使ったことあるよね?」
    「それくらいなら」
    近づいて顔を覗き込むと渚君は自信ありげに赤い目をキラキラさせながら笑みを浮かべた。初めて会った時、彼の瞳の色を褒めたからかはわからないけどそれ以降、渚君はサングラスを付けなくなった。ジロジロ見られるのが嫌なのかと思ったけど、そうではないらしい。
    そのことについて聞いてみたら渚君はにっこりと笑って「もう隠す理由がなくなったから」とだけ答えた。何のことなのかさっぱりだけど、彼の綺麗な瞳は隠しておくには勿体ないと思っていたから隠さなくなったのは嬉しい。
    「今日はカレーにしようと思うから、にんじん切ってもらえるかな?」
    「どんな形でもいいのかい?」
    「食べやすい一口サイズだったら適当でいいと思うよ。渚君が大きい方がいいならそれでも……」
    言い終わらないうちに、ダンッと硬いものが叩き付けられる音がした。おおよそ包丁で野菜を切っている音ではない。続けざまにダンッダンッと音がする。
    「……ちょ、渚君!?」
    慌てて確認すれば、音の正体は渚君だった。手にした包丁でまな板の上に転がっているにんじんを叩き切っている。真上から真っ二つにダンッと切られる度に支えのないニンジンが飛び跳ね、転がり、踊り狂う様子に僕の血の気が引いた。
    「待って! 待ってよ、渚君! 危ないからストップ!」
    「え?」
    「え? じゃないよ!」
    包丁を握りながら首を傾げる姿を見て、あ、これはダメなやつだと一瞬で理解した。何がいけないのか全くわかってない。一番初めから丁寧に教えていかないといけないやつ。
    「渚君。まず野菜を切る時は左手でちゃんと野菜を持たなきゃ、滑って危ないでしょ?」
    「……そうだね。通りで切りにくいと思ったよ」
    うんうん、そうだよね。料理なんてしてことないから知らないだけで、教えてあげれば上手くできるようになるはず……って。
    「ちょっと待って渚君!」
    「今度はなんだい? 言われた通りににんじんは固定しているけれど」
    「うん、それなんだけど。そのまま切ったら、渚君の指まで切れちゃわないかな?」
    渚君がじっとまな板を見つめる。その視線の先ににんじんを固定する真っ直ぐに伸びた指があった。包丁を振り下ろす前で本当に良かった。血の味がするカレーなんて食べたくないよ。
    「にんじんを持つ方の手は指先を丸めて、ネコの手にするんだよ」
    「ねこ?」
    「ネコの手だよ」
    外国暮らしだった渚君にネコの手の説明は分かりにくいらしい。言うよりやって見せた方が早いからと、僕は胸の辺りに丸めた両手を掲げて見せた。ちょっと恥ずかしくもあるけれど、教えるにはこれが一番分かりやすいはずだから。
    「ね? こうやって丸めたら指先が包丁に当たらないでしょ?」
    「…………」
    「渚君?」
    じっと見つめてくる視線に少しばかり不安を覚える。この格好が気になるのかな。それしかないよね。いい歳した大人がネコの手~!なんて……頭大丈夫?とか思われてそう。渚君には変な所ばっかり見られてる気がする。もっと頼り甲斐のある大人でいたいのに。
    「あ、あの……」
    「可愛いらしいね」
    「は……?」
    視線に耐えきれず下ろそうとした手を握られる。ギュッと閉じていた指をゆっくりと開かれて掌を撫でられる。その感触の擽ったさに肩がビクッと反応したけれど、お構い無しに触られた。手に触れられた時、彼の手が僕のものとあまり大差がないことを意識する。
    渚君が格好良く成長するのは分かってるけど、もうすでに負けそうな所を見つけてしまった。指先が掌を滑るように撫で、二つの手がぴとりと重なる。人肌の感触に胸がドキッと震えた。渚君の手は少し冷たくて、思っていたよりもガッシリしていた。趣味でヴァイオリンを演奏すると言っていたからだろうか。
    「……もう、何してるの。ちゃんとしないと晩御飯食べられないよ」
    渚君の指が僕の指の間を擦るように絡んでくる。さすがに焦って、パッと手を引くとあっさりと解放された。手を握られただけなのに心臓がバクバク煩く騒ぐのはどうして……。変だよ。変。おかしい。何でこんなに落ち着かないんだろ。
    「な、渚君。やっぱり今日は僕が作るから、作り方見ててよ」
    動揺を悟られたくなくて早口で捲し立てるように言った。包丁の使い方を見る限り、いきなり実践してもらうより先に見てもらった方が絶対に良さそうだと思ったのは本当だし。
    「そのようだね。まずは見て覚えるとするよ。……しっかりとね」
    僕の提案に頷いてくれた渚君と交代してキッチンに立つ。渚君は斜め後ろに立って、熱心に僕の手元を見ているようだ。意欲があるのは良いことだよね。ササッと野菜を切っていくと渚君が嬉しそうに言った。
    「ネコの手だね」
    「うん、こうしたら危なくないでしょ?」
    丸めた手を見せると渚君はにっこり微笑んだ。……好きなのかな、ネコ。
    結局一人で作り終えたカレーを食べて、教えるって難しいなと改めて思う。渚君は次も頑張ると言ってくれたから、ちょこちょこ一緒に作ってみようかな。作ったご飯、美味しいって喜んでくれるのは普通に嬉しいし。
    「明日は何を作るんだい?」
    「明日かぁ……渚君が食べたいもの作るよ。何がいい?」
    「シンジ君が得意な料理が食べたいな」
    「……あ、うん。……得意なのはハンバーグかなぁ」
    『シンジ君』と名前を呼ばれてドキッとする。いつの間にか、本当にさらっと、苗字の『碇』から名前の『シンジ』呼びに変化していた。歳下に君付けで呼ばれる日が来るなんて、と最初は不安になったけど海外で暮らしていた渚君は、普段から家族や友達をファーストネームで呼ぶ習慣があったのだと聞いて納得した。
    海外ドラマとかでもよく見る光景だし、名前で呼ばれるということは少しは心を開いてくれてるってことだから。それに不思議と、渚君に名前で呼ばれるの嫌じゃなかった。『シンジ君』なんて呼ばれるのはいつ以来だろう。最初はとっても照れくさかったけど、僕の名前を呼ぶ渚君の声は心地良い調べのように優しく響くのだ。
    「そろそろ帰らなきゃ」
    視界に入ったリビングの時計を見て僕はハッとした。次の電車を逃すと終電になる時間だ。いつの間に話し込んでいたんだろう。渚君が住むマンションから駅までは徒歩三分だけど駅から僕の自宅の最寄り駅までは八つ離れていた。仕事終わりに買い物して渚君の所に来て、晩御飯を一緒に食べて、他愛もないお喋りをする。渚君の世話を見るように言われた時は面倒だと思っていたのに。「遅くまでごめんね、渚君。早く寝るんだよ」
    「シンジ君が謝る必要なんてないさ。僕がシンジ君を引き留めたんだよ。……やはり、一人暮らしは心細く感じてしまってね」
    「……戸締りはきちんとするんだよ」
    海外から一人で日本に来たのだから、ホームシックになったり寂しいと思うのは当たり前だ。僕だって実家から出て一人暮らしを始めた時は寂しかった。今は一人でいるのにも慣れて寂しいと感じることはなくなったけれど、渚君と一緒に過ごすようになって新しい変化に楽しさを感じている。
    彼は家族でも、同僚でも、友達でもない、強いて言えば年の離れた親戚の子みたいな存在だけど。僕達は興味を持つ物の傾向が似ているのか会話が弾む。少し似ている所があるのかもしれない。それに中学生とは思えないくらいに渚君は何でも知っているから会話のネタが尽きることはなかった。だから、つい時間を忘れて話し込んでしまって……本当に申し訳ないと思うのになかなか止められない。
    「じゃあ、また明日」
    「……気をつけて帰るんだよ」
    「大丈夫だよ」
    玄関まで見送りにきてくれた渚君が心配そうな顔をする。彼が靴を履こうとするのを手で制止した。何が心配なのか彼は毎回一階まで見送ろうとするのだ。毎度のことになってるけど、心配し過ぎだと思う。
    僕は渚君より大人で、しかも男なんだからそこまで心配しなくてもいいのに。まるで、か弱い恋人を見送るような様子で心配されると何とも言えない変な気分になる。いや、それはただの例えで、そんなわけないんだけど。ドアが閉まる直前まで何か言いたげな瞳に見つめられ、落ち着かない心地になりながら自宅へと帰るのだった。


    ◇◇◇

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