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    冷や酒🍶

    @hiyazakeumai

    カヲシンとか書いてる

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    冷や酒🍶

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    原稿
    2928一部2914あり

    魔法少女カヲシン①子供の頃……幼稚園児くらいの時の夢は、『正義のヒーローになりたい』だった。七夕の短冊にヨレヨレの字でそう書いたのを覚えている。あの頃は戦隊ものとか仮面を被ったヒーローが子供に大人気で、忙しい両親にねだってヒーローショーを観に行ったものだ。自分も大人になったら強くなって怪獣をやっつけたり、困ってる人を助けられるヒーローになりたい。そんな姿を純粋に夢見ていた。
    けれど、それは夢であって現実ではない。怪獣と戦うヒーローはテレビの中にしか存在しないものなのだと、小学生になる頃には理解していた。そこから先の将来の夢に『正義のヒーロー』が候補に上がらなくなったのは言うまでもない。僕は自分が特別な存在ではないことを知っていた。学力も運動神経も普通か、ちょっと良い程度の一般人。とてもじゃないけれどこの程度では、学校の人気者にはなれないし何よりも僕は目立つのが嫌いだったんだ。……それなのに。
    「……何やってるのかなぁ」
    正面から吹きつける熱風に身にまとった衣装のリボンが揺れる。先端に水晶のような透明な石の付いた長い棒を握りしめた僕はビルの屋上に立ち、目の前に立ちはだかる巨大な怪獣を見つめていた。怪獣、だなんて。とても現実とは思えない光景に頭が痛くなる。
    「シンジ君、戦いに集中しないと危険だよ」
    「あ、うん……」
    大きく翻る青いスカートの裾を気にする僕を窘める声に返事をすると、セーラー服みたいな衣装を着た僕の肩に小さな白いぬいぐるみがぶつかってきた。空飛ぶぬいぐるみなんて気味が悪い。しかも、これ喋るんだ。
    「今回の使徒は風を操る能力を持っているからね。遠距離から安全に攻撃してコアを破壊しよう」
    「遠距離って言われても……武器はこのステッキしかないのに」
    これでは直接殴ることしかできない。
    「大丈夫さ。その武器は特別なんだ。君の意志を読み取って変形することができる」
    「……そんな機能があるならもっと早く教えて欲しかったな……」
    もっと早く知っていれば変なステッキで敵のコアと呼ばれる急所をボコボコになるまで殴って戦うなんて真似をせずに済んだのではと思う。こんなの違う。
    「すまないね。魔法少女の武器についてきちんと把握していなくて」
    「あの……ま、魔法少女……っていうのやめてくれないかな……僕、二十八歳の男だし」
    「そうかい? その衣装、とても可憐でシンジ君によく似合っているけれど」
    「それは……変身してるからだよね!?」
    今の僕は、その『魔法少女』の名に相応しい姿形をしている。僕の隣てで喋っている変な生き物に渡されたステッキの能力で、僕の見た目は三十路近い男の姿から十四歳くらいの頃の体型に。
    今思えばこの頃ってかなり華奢だった。でも見た目が若返ろうが性別は男のままだし中身も二十八のままなのに一体どうして戦闘服として用意されたのが女性用のセーラー服なのか。似合ってる、と褒められた所で誤魔化される訳がない。そもそもどうして普通のサラリーマンの僕が謎の生命体と戦ってるんだ。残業の帰り道に、変な生き物を拾ってしまったばっかりに。
    「シンジ君、意識を集中するんだ」
    戦いたくなんてない。だけど、敵を倒さなければ元の姿には戻れないらしい。目の前の敵を速やかに葬り去り元の姿に戻る。その為だけに戦うのだ。ステッキが光を放ち、狙撃用のスナイパーライフルに変化する。スコープを覗くと敵の姿がハッキリと見えた。初めて手にした武器なのに、やけに手に馴染むのはなぜだろう。敵を観察する僕の耳元で声がした。
    「敵の急所は身体のどこかに必ず存在する核だ。そこを撃ち抜けば全ての機能が停止する」
    「核って、あの赤い玉みたいなやつだよね」
    「そうだよ」
    前回戦った時もそこを殴って破壊した。その瞬間、敵は奇声を上げながら粉々に砕け散って消えてしまったのだ。スコープを覗き込めば、敵の首の下辺りに赤い核が確認できた。命に関わる急所なのに、外から見える位置にあるのってどうなんだろう。僕としては狙いやすくて助かるけれど。
    「さぁ、シンジ君。ライフルを構えて」
    その言葉に従い、僕はライフルを握りスコープを覗き込んだ。目標が中心に来るように慎重に見極める。どくん、どくん……と心臓が強く鼓動する緊張感。目の前にいる生き物は敵だから必ず倒さなければいけない。そうでなければ人間が滅ぼされてしまうのだから。僕だって死ぬのは嫌だ。だから、やるしかないんだ。
    「目標を中心に入れて……」
    息を飲み込んで、引き金を引いた瞬間。遠くでガラス玉が弾けたような音がした。



    ◇◇◇



    最近の話題と言えば、世界中に突如現れた謎の怪物『使徒』とそれと戦うヒーローが現れたことだろう。それも複数人の少女たち。年齢は定かではないが、撮影された画像から少女であると推定されるヒーローは現在三名。
    一番初めに現れた使徒を巨大な槍を手にした第一の少女が仕留めてから、その報告件数が増えた。そして第一に続き、ユーロ全域を活動拠点とする二番目に現れた第二の少女と、最近日本を拠点に活動を始めた第三の少女。その三名がここ最近の新聞の一面を飾りニュースを賑わせていた。
    通常の武器が効かない怪物『使徒』を相手に戦う謎の彼女たちではあるが、概ね世間に受け入れられているらしい。率先して活躍する第二の少女のおかげかもしれないけれど、僕としては今日のように人知れず静かに戦う方が良かった。だってこんな姿、誰にも見られたくない。
    世間では少女なんて言っているが、実際戦っているのは二十八歳の成人男性なのだ。原理のよく分からない不思議な力で、見た目は十代の頃に戻っているけれど性別は変わってない。つまり、僕は正義のヒーローとして戦うために女装を強要されている身なのである。
    「今日はこのまま帰宅するのかい?」
    「うん。ベランダから飛び出して来ちゃったし」
    変身することで身体能力が大幅に上がり、普段ならできない動きができるようになった。ビルからビルに飛び移ったりなど、跳躍力も上がったおかげで敵が出現した場所にすぐに駆けつけられるようになった、が。そのせいで後先考えず行動してしまい、今日は自宅のベランダから飛び出してきてしまったのだ。
    本当だったら人気のない場所に移動して元の姿に戻ってから自宅に帰るはずだったんだ。けれど自宅のマンションはエントランスに防犯カメラが設置してあって、このまま帰ってしまうと自宅にいるはずの僕がまたエントランスから帰ってくるという不気味な現象が起きてしまう。なので、飛び出してきたベランダから帰るしかないのだ。
    人目を気にしながらコソコソと移動して、ようやく自宅の前まで戻ってこられた。僕が住んでいるのは五階だから隣のビルから飛び移った方がいいかな。もう一度確認して、飛んだ。本来ならビルから飛び移るなんて恐ろしくてできないことも、変身しているからできてしまう。
    「よっと」
    目標のベランダに華麗に着地すると、ひらりとスカートが揺れる。華奢に見られていた十代の身体にセミロングに伸びた髪。ベランダの窓に反射した姿にげんなりする。本当にもう、こんな格好なんてしたくない。セーラー服のような衣装と、首元に付いたチョーカー。そのチョーカーが変身解除のスイッチになっていた。物理的に脱ぎ着しなくて済むのは助かるけど、こんなに簡単に解除できて大丈夫なのだろうか。
    首の後ろにある小さなスイッチを押すと衣装がほのかに光を発して、キラキラと粒子を撒き散らす。その光が透けるように静かに消える頃には、ベランダのガラスにサラリーマンの姿が映っていた。本当はもっと派手に光るらしいんだけど、絶対にやめてとお願いしたらこんな感じになった。短めの髪に、少し幼く見られる顔。帰宅してすぐさま呼び出されたせいで着替え損ねたヨレヨレのスーツ。これが本来の自分の姿だ。
    「お疲れ様。僕はこれから今日の使徒のデータを仲間に伝えてくるよ。シンジ君はゆっくり休んでおいで」
    「うん、アダム君もお疲れ様」
    僕がひと月前に道端で拾った……保護した変な生き物。白くてふよふよした身体に赤くて丸い目が付いたぬいぐるみような姿のそれ。その正体は何と宇宙から飛来した生命体なのだという。保護した時は地球の大気に身体が馴染まず弱っていて、怪我をした野良猫かと思い抱きかかえた僕は「やあ」とか、いきなり話し出した変な生き物に心臓が口から飛び出るかと思った。
    そのまま道端に戻して帰っていれば、巻き込まれずに済んだのに。弱ってる生き物を放り出すことができず、自宅まで連れて帰ってしまったばかりに魔法少女なんて意味のわからない役割を押し付けられることになってしまった。
    アダム君が、僕が戦わないと地球が滅ぶとか言うから……。それで流されてしまう僕も悪いけど。隣で浮いていたアダム君が空気に溶けるように消える。彼は宇宙人だからそんなこともできてしまうのだと言っていた。彼のせいで魔法少女に変身している身からすれば疑う余地はない。アダム君が消えた場所を見つめながら、これからの行先を考えて頭を悩ませていると隣からガラガラと硝子窓が開く音がした。振り向くとベランダに姿を現した隣人と目が合う。
    「やぁ、こんばんは」
    「あっ……こ、んばんは……」
    僕を見つめて咲き誇る大輪の薔薇のような笑顔を浮かべた彼の名は渚カヲルさんと言う。ひと月前に僕の住む503号室の隣、505号室に引っ越してきたお隣さんだ。朝、僕が出勤する時間帯に廊下ですれ違う程度の顔見知りだったんだけど色々あって話をするようになった。隠すようなことじゃない。
    隣に引っ越してきた渚さんが挨拶に来た時に、良ければとおすそ分けしてくれた手作りの肉じゃががあまりにも……あまりにも独創的な味で。申し訳ないなと思いながら少しだけアドバイスをしたらすごく感謝された。それから少しづつ話すようになって。ちょくちょく話しかけられるうちに、気がついたら時々一緒に晩御飯を食べたりするような友人関係になっていた。
    「月が綺麗だね、碇シンジ君。今日は満月だと知って月を見ようと出てきたのだけれど、君はそんな格好で何をしているんだい?」
    「あ、えっと……洗濯物干たままだったの、取り込んでたんだ」
    嘘は言ってない。帰宅して洗濯物を取り込もうとベランダに出た時に呼び出されたのは本当だから。気まずさを感じながら洗濯物を回収していると渚さんが隣のベランダから少し身を乗り出し手招きした。落ちたらどうするんだよ、と慌てて近づくと彼の方から風に乗ってアルコールの匂いがする。
    そう言えば、朝すれ違う時もお酒の匂いがしていたような……。ビジネススーツを着てる所は見たことないし、根掘り葉掘り聞いたりするのも失礼かと思って避けていたけど彼も謎の多い人だ。
    「仕事から帰ったばかりなんだね。良ければ今晩夕食を一緒にどうかな。シンジ君に教わった料理を作ってみたんだ」
    「それは、もちろん構わないけど……でもいつもご馳走になってるし迷惑じゃないかな」
    「僕が君と話がしたいだけだから、気にしなくて良いよ」
    そんな言い方されると、同性だとわかっていてもドキッとしてしまう。お隣さんだし歳も近いから親しくしてくれるのは嬉しいんだけど。綺麗な顔で見つめられると断りづらいし、僕に向かって微笑んだりとかそういう顔は女の子とか、他の人に向けてあげた方が喜ばれると思う。いや、この顔だから周りが放っておかないだろうし。これが彼の標準なのかも。
    「じゃあ、着替えてから……」
    僕がそう言うと彼はすごく嬉しそうに笑うから、好かれてると勘違いしそうになる。出会ったばかりだけど、友人として急速に親しくなったとは思う。渚さんがどんな人なのか、まだそんなに知ってはいなくても友人として仲良くしていきたいと僕は思っている。彼と別れて部屋に戻った僕は部屋着に着替えてからキッチンに向かった。
    冷蔵庫を開けて、中に入れてあった作り置きを手に取る。簡単な作り置きのおかずだけど何も無いよりはいいよね。いつもご馳走になってるばかりじゃ渚さんに悪いし。それから自分用の缶ビールを二本袋にいれて家を出た。
    「こんばんは」
    「いらっしゃい、シンジ君。どうぞ中に入って」
    「お邪魔します。渚さんあの、これ僕が作ったおかずなんだけど」
    「そうなのかい? 嬉しいな、君の手料理を食べられるなんて」
    出迎えてくれた渚さんにおかずの入ったタッパーを差し出すと、彼は満面の笑みを浮かべてそれを受け取った。ただのポテトサラダだから、そんなに喜ぶようなものでもないと思うけど。持ってきて良かった。
    「疲れているだろう? すぐ用意するから座ってて」
    「そんな、僕も一緒にやるよ」
    「もうほとんど準備は出来ているから大丈夫だよ」
    招待されっぱなしじゃ申し訳ないから食器を運ぶくらいはしたかったのだが、上機嫌な渚さんに背中を押されてダイニングテーブルに着席させられてしまった。彼の言葉通り、テーブルの上には出来たての食事が並んでいる。ほかほかと湯気を立てるお皿を見つめると、デミグラスソースの良い匂いがした。彼が作ってくれたのは大きめにカットされた野菜がたくさん入ったビーフシチューのようだ。労働の後の身体は素直に空腹を訴えて、ぐぅぅと音を立てる。
    幸い渚さんはキッチンに向かっていたので聞かれずに済んだ。恥ずかしくなって、誤魔化すように周囲に視線を走らせた。隣同士だから間取りは同じのはずなのに置いてある家具が違うせいか、なんと言うか高級感がある。テレビもデカいし、映画とか観たりするのかな。
    「もうすぐ終わるからね」
    「ありがとう」
    渚さんがサラダの入ったお皿を運んできてくれる。そこにはポテトサラダが乗っていた。たぶん僕が持ってきたやつだ。早速使ってくれたみたいで何か嬉しい。お皿を置いた渚さんがまたキッチンに戻ったけど、すぐに帰ってきた。
    「待たせたね」
    「あ、すみません」
    「テレビを見ていたけれど何か観たい番組でもあるのかい?」
    「え、別にちょっと見てただけだから」
    振り向くとシャンパングラスとボトルをテーブルに置く渚さんと目が合った。グラスは二つ。僕の目の前に置かれたグラスにゴールドの液体が注がれていく。普段缶ビールかチューハイくらいしか飲まないせいで、お酒の値段をよく知らないけどこれは絶対高いやつだ。
    「そんな高価なお酒……。僕味とかわからないし、もったいないよ。自分用にビール持ってきたから」
    「ん? 貰い物だから気にしないで。僕一人で飲むのは寂しいし、二人で一緒に飲んだ方が美味しいからね。ビールは後で飲んでもいいだろう?」
    「……そういうことなら……いただこうかな」
    そんなふうに言われたら拒絶するのは難しい。今度はビールとかたくさん持ってこよう。値段は釣り合わないし、渚さんには似合わないけどね。世の中にこんなにもシャンパングラスが似合う人がいるだろうかって言うくらい様になってる。思わず見つめてしまうと、視線に気づいた渚さんが微笑んだ。
    それだけのことで、酔ってもないのに頬が熱くなる。胸がソワソワするような変な感じだ。落ち着かないけれど嫌な気分では無い。シャンパングラスを口に運ぶ仕草も洗練されていて美しかった。きっと、こういう場面に慣れているんだろう。
    「…………美味しい」
    「気に入ってくれたなら嬉しいな」
    シャンパンみたいなアルコール度数の高い高級そうなお酒なんて口にしたことなかった。けれど、口に含んだ瞬間。飲みにくいんだろなという先入観は取り払われる。アルコールの香りは強いし喉にくるけれど、舌触りがまろやかで飲みやすくほんのり甘味を感じた。高いお酒、だからかな? 最初は遠慮していたのに美味しくてついつい飲み進めてしまう。
    そんな僕を見て渚さんは笑っていた。印象的な赤い瞳に見つめられると落ち着かなくて顔が熱くなる。渚さん、顔が凄く良いから……。ただのお隣さんという関係なのに、あの顔でじっと見つめられたら同性だとわかっててもドキドキしちゃうよ。きっと気のせいだ、と誤魔化すようにグラスに残ったシャンパンを一気に飲み干した。流し込んだアルコールで喉が焼け、鼻から甘酸っぱい葡萄の香りが抜けていく。やっぱり美味しい。けど、視界がグラグラ揺れ始めた。そうだった、普段飲んでるビールとは度数が違うの忘れていた。まずいまずい。酔っ払って変なことしないように気をつけなきゃ、とグラスをテーブルに置いた。
    「もういいのかい?」
    「……うん。高いお酒なのに、遠慮なく飲んじゃってごめん」
    「そんなこと気にしないで、もっと飲んでいいのに」
    「「いや、飲みすぎて酔っ払ったらいけないし……」
    「酔っ払っても大丈夫だよ」
    そう言ってクスクスと笑いながら空になったグラスに液体を注いでくる。酔わないようにしたいって言ってるのに全然気にしてないようだ。でも美味しいお酒を勧めてくれる彼の厚意を断るなんて、できないし。ちょっとずつなら大丈夫だよね。初めてお酒を飲むわけじゃあるまいし、自分の限界はある程度把握している。
    今の所、酔って変な行動をしたとか言われたことない。たまに飲みに行く同僚からの情報だから間違いないはずだ。酔っててもちゃんと自分の部屋までは帰ってきてはいるから。羽目を外し過ぎないように夕食を楽しめばいいよね。最悪、寝落ちたりしたら玄関先に放り込んで置いてくれればそれでいいし。面倒かけちゃうけど。
    「シチュー美味しそうだね」
    「シンジ君に教えてもらったレシピで作ってみたんだ。今日は上手に出来たと思う。サラダにはシンジ君が持ってきてくれたポテトサラダをありがたく使わせてもらったよ」
    「役に立って良かった。それじゃ、いただきます」
    手を合わせてから美味しそうな匂いのするシチューをぱくり。彼の言葉は本当で、口の中に入れた瞬間にホロホロほどける柔らかい肉とバターの効いたコクのあるスープが絶妙にマッチして美味しかった。
    「すごい……! これ、すごく美味しいよ。渚さんって何でも上手に作れるんだね」
    「それは、シンジ君が教えてくれたからさ。最初の料理は食べられたものではなかっただろう?」
    「……た、確かに最初に食べた料理はびっくりしちゃうような味だったね」
    「君には悪いことをした。けれど、それがきっかけで君とこうやって食事ができるような関係になれたのだから下手で良かった、と言うべきなのかな」
    「ふふっ……そうかもしれないね」
    あんなことがなければ、時々廊下ですれ違う程度の付き合いになっていたと思う。僕はそれほど社交的な訳でもないから、活動時間が異なる渚さんと無理に関わろうとはしなかっただろう。それが今では一緒に夕飯を食べているのだから人生何があるか分からないって本当だ。
    そんなことを考えながら、お腹が減っていたのか無心でシチューを口に運んでいると視線を感じた。赤い瞳が僕を見ている。ドキドキするからじっと見ないで欲しいんだけどな……。でも、やめてと言いづらい。対面で座ってるんだから目が合うなんて良くあることだし、そんなこと言ったら僕だけが意識してるみたいで気まずい。視線が合ったからには無視する訳にもいかず、手を止めて渚さんに話しかけた。
    「な、なに? どうかしたの?」
    「気に入ってもらえたみたいで嬉しくて」
    僕が声をかけると彼は目を細め笑みを浮かべてみせる。そんなに夢中になってたかな。がっついて食べる姿を見られてたなんて恥ずかし過ぎるんだけど。お酒のせいで体温が上がるのが早い気がする。
    「……美味しいから、渚さんも冷めないうちに食べた方がいいと思うよ」
    「そうだね。そうしようかな」
    そうしてくれるとありがたいよ。じっと見られながらご飯食べるの嫌だし。スプーンを手にした彼が食べ始めたのを確認して僕も食事を再開した。会話のなくなった食卓にカチャカチャと食器の音だけが響く。無言。自分が言ったことなのだが。何だろう、ものすごく居心地が悪い。何でもいいから音が欲しい。そういえばアレがあったじゃないか。
    「あの、テレビ付けてもいいかな?」
    「うん? どうぞ」
    リモコンを手渡されたので、ありがたくスイッチを入れた。これで少しは居心地の悪さがなくなるだろうか。苦手という訳ではないんだけどと考えながら、僕の家にあるテレビよりも数倍巨大な画面を見ていた。今の時間だと何の番組があったかな。一人だとあまり観ないから分からないけど、とりあえず何でもいいや。そんなことを考えていた僕は、次の瞬間巨大な画面に映った見覚えのある映像に盛大にむせ込んでしまった。
    「ゲホッ」
    「シンジ君! 大丈夫かい?」
    「ぅ、ん……大丈夫……」
    駆けつけようと立ち上がった渚さんを制止して僕は改めてテレビを見た。ヒラヒラと舞う青いスカートと謎のステッキ。ビルの屋上に立つ、人生最大の汚点にもなりかねない少女らしきその姿を画面越しに見ることになろうとは。画面を凝視したまま固まる僕を見て、渚さんがその視線を追うようにテレビを見た。
    「エヴァサードがどうかしたのかい? 今日使徒が現れたから、その時撮影された映像みたいだ」
    「撮影!?」
    「たまたま近くにいた人が携帯のカメラで撮影したようだよ」
    言われてみれば、カメラで撮ったにしては手ブレや画質がかなり荒いようで、服装で何となく分かるものの肝心の顔はハッキリと映っていない。よ、よかった……と心底ホッとした。変身して身体は若返っているけれど、顔が変わる訳じゃない。
    二十八歳の僕の顔は十四歳の頃の顔をそのまま大人にした感じで、知り合いには顔つきはあまり変わってないと言われる。鏡を見た限りでは男らしくなっていると思うんだけど。まぁ、顔を見ただけで成人した男の僕と魔法少女なんて得体の知れないものを結びつけることは難しいだろうから。気づく人なんていないはず。
    でも目立たないように気をつけていたのに撮影されるなんて。次からはもっと注意しないと。絶対に、絶対にバレたくない。テレビの映像はまだ続いていて、各地で活躍する魔法少女について様々な戦闘シーンと正体について話している番組のようだった。こんな番組あったんだ……。
    僕だけじゃなくファーストやセカンドの映像も流れている。彼女達の方が撮影されているから僕はまだ目立ってない方だけど。……なんか、結構有名になっているのでは。背中に嫌な汗をかいて喉がカラカラと渇いた。いや、まだ、バレた訳じゃないし。心の中で否定しながらも不安で震えそうになる。












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