アツアツな、夏。暑い…。
とんでもなく暑い…。
魔界というのは、常にヒヤッとしている所ではないのか。
今日はとにかく、うだるように暑い。
俺は、泊まりに来たものの放置されっぱなしの部屋で暇を持て余し、シメオンのベッドでひたすらゴロゴロしていた。
その時、急に、俺の頬がキンキンに冷えた何かで挟まれた。
「つめたっ!」
振り向くと、両手にアイスを持ったシメオンが、ベッドの縁に腰かけてこちらを見ていた。
「えへへ。一緒に食べない?極寒アイス、期間限定ヘルコーヒー味」
「食べるっ!」
俺の大好きなコーヒー味をゲットしておいてくれるとは、さすが、オレの嫁シメオンである。
俺は、体を起こし、シメオンの手からアイスを受け取る。
二つ一緒に入っているシェイク状の吸うタイプのアイスを、シメオンとはんぶんこ。
でも、ヘルコーヒー味ということは…
「うわ、アイスとは思えぬ苦さ」
『あくまで、好きな人が淹れてくれた味のイメージです』とパッケージに書いてあるだけあって、かなり苦い。
「ホントだ。でも、冷たくておいしいね」
「うん、生き返るー」
二人で食べると、シメオンがヘルコーヒーを淹れてくれた時の味と錯覚する。
愛情たっぷりの苦い苦いヘルコーヒー。
俺はそんな想像をしながら、二人で向かい合って、極寒アイスを無言でチューチュー吸う。
他愛ない二人の時間が、何よりの幸せ。
ほぼ同時に食べ終わり、シメオンがゴミを集めて捨ててくれた。
すっかり汗の引いた俺は、シメオンの腕を掴んで引き寄せる。
「うわっ」
「苦いもの食べたら、甘い物食べたくなってきたなー…」
自然に抱き寄せて、そのまま顔を寄せてキスをする。
舌を入れると、さっき食べたアイスのコーヒー味がお互いの口の中に広がる。
でも、シメオンの舌からする味は、なんとなく甘い気がした。
「…ん…んん……また、そーやってすぐキスするんだからっ」
しばらくなすがままにされていたものの、流されてはいけないとシメオンが唇を離す。
苦言を呈するものの、頬は紅潮し、照れとは違う感情が見える。
「いーじゃん、ちょっとぐらい」
そう、今日は珍しく続きをしようとはしていない。
ただ、キスしたいなー、と思ったから、しただけ。
「ふぁぁ…眠くなってきちゃった。シメオン、お昼寝しよ?」
「えっ…うわぁ!」
天気の良い昼下がり。
おやつを食べて糖分を摂取したら眠くなってしまった。
俺は、欲望のままに生きるお子ちゃまなのだ。
シメオンを抱きしめたまま、ゴロンと横になる。
「…シメオン、いい匂いがする。甘い匂い…」
抱きしめたシメオンの首筋に顔を埋めると、いつもよりも甘い香りがする。
食べたくなるような、いい匂い。
「あぁ、バニラエッセンスかな?今、クッキー焼いてて、焼き上がるのに時間かかるから、休憩ついでにアイス持ってきたんだよ」
「そうだったんだ。うん、いい匂い。この匂い好きだなぁ」
今日は、シメオンが一人忙しなく動いているな、と思ったら、お菓子を作っていたらしい。
泊まりに来たのに、放っておかれた理由がわかった。
きっと、俺の本来のおやつは、その焼きたてのクッキーなのだろう。
嬉しくて、さらにギューッと抱きしめる。
「ちょっとっ、俺、オーブン見に行かないと。クッキー焦げちゃう」
シメオンが俺の腕から抜けようと胸を押しのけようとするが、俺が離すわけがない。
「いいからいいから。シメオンのことだから、タイマー通りでちゃんと焼き上がるって。それより、ちょっとだけ、お昼寝しよ?」
シメオンが、料理で失敗したと聞いたことはない。
だからたぶん、このまま放っておいてもおいしいクッキーが焼き上がるはずだ。
ただ、シメオンはどうしてもオーブンの様子が気になるらしい。
そんな時は、俺の伝家の宝刀、上目遣いで甘えた声を出す。
これをすれば、シメオンはどんな俺のわがままも聞いてくれる。
「…もう、しょうがないなぁ。ちょっとだけね?」
ほら、言った通り。
シメオンが俺の腰に手を回し、お互いギュッとくっついて目を閉じる。
クーラーのない部屋で、全開にした窓から入ってきた生ぬるい風が、レースのカーテンを揺らす。
そんな風さえ心地よいと感じるほどの猛暑の中、俺たちは、お互いの体温に包まれて眠る。
――――――――――
「おーい!シメオン、いるのか?クッキー焼きあがってるぞ…?」
どれくらい時間が経っていたのか、遠くでルークの声がする。
ぼんやりとした頭で目を開けようとした時、いきなり、シメオンに突き飛ばされて、ベッドから落ちそうになった。
「おわっ!!」
扉を開けて入ってきたルークの姿に飛び起きたシメオンが、くっついているのを見られたくなくて、とっさに俺を突き飛ばしたらしい。
照れ屋さんなシメオンの気持ちはわかる。
わかるが、もうちょっと優しくしてほしかった。
「ル、ルークっ!!ありがとう、ちょっと居眠りしちゃった」
「そうか、ならいいんだけど。オーブンかけたままでキッチンにいないから、探したぞ」
「う、うん、ごめんっ」
シメオンは、ルークと一緒に慌てて部屋を出ていった。
ちぇ、せっかくのラブラブタイムももう終わりかー。
俺はまた、ベッドでゴロゴロを再開する。
しばらくして、シメオンが、きれいにクッキーが並べられたお皿と紅茶を持って戻ってきた。
「持ってきてくれたの?」
てっきり、食堂でみんなと食べると思っていたので驚いた。
「うん。…二人で食べたくて焼いたから」
なんて可愛いことを言ってくれるんだ!
二人きりで過ごしたいと思っていたのは俺だけじゃないと知り、舞い上がるような気持ちになる。
「はい、どうぞ」
ポットから紅茶を注ぎ、シメオンが差し出してくれる。
今日は暑いので、氷をめいっぱい入れたグラスに注いでアイスティーにしてくれた。
「あー…生き返るー」
「よかった。クッキーも食べて?」
冷たい紅茶で喉を潤したあと、俺はシメオンに向かって口を開ける。
「あーん」
「…もう。あーん」
一言文句は言うくせに、ちゃんとあーんしてくれる。
星型のクッキーは、シメオンから香ったバニラエッセンスが効いていて、とてもおいしい。
「はい、シメオンもあーん」
「…あーん」
俺が同じ星型のクッキーを差し出すと、シメオンは素直に口を開けて食べてくれた。
二人して、もぐもぐしながら顔を見合わせて微笑む。
それからは、お皿の上のクッキーがなくなるまでお互い食べさせあった。
なんでもない夏のある日の、なんでもない出来事。
二人で過ごすなんでもない日が、俺にとってはかけがえのない時間だ。