1月のクリスマスプディング1年に1度の生まれた日、誕生日なんてただの形式的なものだった。他人にわざわざ誕生日だということは言わないし、知っていても会いに来て祝うなんて、相当親しい仲ではないとしない印象があった。
自分が誕生日という日に対してそう特別な感情を持たないのもあって、他人の誕生日もそう気にする様子もなく、自分の利益になる場合のみプレゼントや食事の機会を設けていた。1年、365日の中のたった1日。それがなんだと言うのだろうか、別にその一日前、1日後と世界はなんら変わることはない。そう思っていた。
「零今日誕生日やろ?盧笙の家で呑みするから来いや〜、とりあえず20時集合な!遅刻すんなや!」
メッセージアプリに打ち込まれた言葉。天谷奴はスマートフォンのカレンダーを見返す。特に予定もなく、丁度酒が飲みたい気分だったので快く、
「いいぜ、遅刻するかしねぇかは俺の気分次第だなぁ」
と送信する。
いつものように躑躅森から勝手に決めるなと不満の声が返ってくるがそんなことは気にしないと言ったように白膠木から糸目のマスコットキャラクターが待っとるで〜、と言っているスタンプが送られてきた。
約束の20時まであと2時間程、酒を数本持っていこうと寝食の為に使っている古びた館に戻る。どうやら躑躅森は学校が創立記念日で休みだったようでずっと家に居たらしい。それだったらもっと早く行っていたのに、と少し残念そうに溜息を吐きながら天谷奴は紙袋に酒の瓶を入れていく。
19時、少し早いが躑躅森の家に行っても別に構わないだろうとタクシーに乗り込み住所を運転手に教える。15分ほどの躑躅森の家への道のりの間に窓の外を眺める。未だに寒さが残る1月に外を歩く人々はマフラーを首元に巻いたりコートを着たり、手袋を嵌めたりしていた。肩に掛けたファーコートの端を掴み指先を温める。代金を支払い、多少のチップを余分に払った後、躑躅森の部屋の前で立ち止まる。インターホンを押すとばたばたと忙しない音が聞こえ、勢いよく白膠木が扉を開けた。
「ぃよぉ、遅刻しなかったぜ。」
「いや早いねんっ!なんで今日に限ってはよ来んねんっ!あー、外おって、って後1時間か…寒いやんな……ろしょー!零来てもた!中入れてええー!?」
少しばかり焦った様子の白膠木が部屋の中にいる躑躅森に声を掛ける。遠くから「いや無理やん!お前もうちょい遅れてこいや!」などと聞こえる。天谷奴は苦笑しながら首を傾げる。なにか焦ることでもあっただろうか?そう考えながら白膠木に中に招かれ、靴を脱ぐ。
酒の入った袋を床に置いてリビングへ入ると先に行っていた白膠木と躑躅森がクラッカーを鳴らした。
「誕生日!おめでとう!」
2人の声が重なり聞こえる。髪にクラッカーのテープを付けたまま天谷奴はきょとんと目を丸くする。すっかり誕生日だということを忘れていた天谷奴は漸くそれを思い出したようでテープを取りながら少し眉を下げた。
「…あー、完全に忘れてたな。あんがとよ2人とも。」
「いやオッサン反応うっす!盧笙の作るカルピスくらい薄いわ!」
「俺の作るカルピスそない薄ないやろが!…せやけど、簓の言う通りやで。オッサン誕生日やっちゅーのに反応薄すぎんか?」
「あー、まぁ40云々繰り返してきたらなぁ…反応も薄れるわな。」
「いや強めろやっ!ほんま祝い甲斐のないオッサンやなぁ…ろしょ!ちょっと早いけどもうケーキ出してまお!」
「お前食いたいだけやないか?まぁええけど…零、とりあえずそこ大人しぃ座っとけ。」
躑躅森に炬燵を指さされ、白膠木に腕を引かれる。足を炬燵に入れながらにこにこと笑みを浮かべる白膠木を不思議そうに眺めていた。しばらくすると躑躅森がホールケーキにロウソク三本刺して持ってきた。天板の真ん中に置くと火をつけ、電気を消す。
「ほな俺からのイケボハッピーバースデー贈ったるわ!」
「求めてへん、要らん。普通に歌え。」
2人のノリツッコミを眺めながら天谷奴は心地よい音色のバースデーソングを聞く。歌い終わった後、吹き消せと言われたので蝋が垂れるロウソクの炎を消す。ゆらゆらと煙が舞ったかと思えば電気がついて一瞬で光に隠れてしまう。
躑躅森がケーキを切り分け、1ピースずつ皿に置いていく。フォークとケーキを受け取り、3人で手を合わせ口へ運ぶ。
天谷奴が数口ケーキを食べ甘ったるさに少し嫌気が刺してきたところ、がちりと硬いものが歯に触れる。首を傾げては舌を出し、触れたものを手に取る。
指輪のようなものだと分かればティッシュでクリームやらを拭き取った。白膠木と躑躅森は驚いたようにその指輪を見る。
「えっ、嘘やん、零が当たったん?」
「偶然過ぎるやろ…誕生日早々運ええなオッサン」
なんのことか天谷奴が混乱していると、どうやらケーキの中にリングを入れていたらしい。まるでクリスマスプディングのようなことをするな、と天谷奴が思っていると白膠木がチェーンを取り出しリングを通す。そしてそれを天谷奴の首に掛けてみせる。
「おん!ばっちりや!」
「俺らが当たったら入れやんかったやつ渡そ思ってたんやけど…普通に当たったな…」
「…おー…けどよぉ、これおいちゃん口ん中に入れたやつ首から掛けんのかぁ?」
「うっ、そ、れはしゃあないやろ…嫌やったら入れとらんやつあげるし…」
あからさまに落ち込んだ様子をみせる白膠木に天谷奴がふは、と笑みをこぼす。付けてもらったリングを見ては掌ににぎりこむ。
「で?指輪が出てきたってことはおいちゃん近々結婚すんのかぁ?」
「えっ、そんな意味あるんか!?…結婚はいやや…お前離れてまうし……ほな!どついたれ本舗と結婚しようや!」
「概念〜、それならおいちゃんお前らと結婚してやんよ」
くすりと冗談のように笑ってみせる。驚いた2人の表情を見ながらチェーンの金属音を軽く鳴らしては指輪へ口付けを落とす。銀仕上がりのシンプルな指輪。裏側には小さくDH、と掘ってあるのが見えた。
最初から縛り付ける気満々だったのかと肩を竦める。不思議と悪い気はせず、素直にそれを受け止めることが出来た。
「おまっ、冗談でも言うなや…気色悪い…」
「まーでも俺は零がどついたれ本舗抜けへんのやったらそれでもええかなぁ…」
「血迷ったんか簓、零やぞ!?オッサンやぞ!?」
「やって結婚せんかったら抜けてまうかもしれへんのやで!?」
「いやおいちゃんそんなこと一言も言ってねぇしー…」
勝手に話が進んで行く様子に眉を下げながら天谷奴はその会話を目を細め、微笑ましく眺める。
「まぁそれは置いといてよぉ、おいちゃんラーメン食いてぇから食いに行こうぜ。誕生日プレゼントそれでいいからよ、安上がりだろ?」
「誕生日でもラーメンかいな…ほな俺煮卵トッピングプレゼントしたるわ。簓零の分のラーメン奢りな」
「俺ぇ!?えぇ、っかまへんけどぉ…ほな俺チャーシュートッピングプレゼントな!」
「あっはは!太っ腹だなぁ。そんじゃ行こーぜ。」
3人で既に日が暮れた街を歩く。
明日からの日常が少しだけ惜しく感じた。